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21話 夢から覚める

 魔法使いの図書館では多くの魔法使いが集まり、本の修復作業が行われていた。

 ほとんどがドラゴンの攻撃で損傷したものだが、私とヒカルくんが図書館に突っ込んできた際に台無しにしてしまった本もある。

 アサギ様の分身は鏡の錬成のための材料を探しに出ている。帰りを待つ間、私達も修復作業に参加することにした。


「ありがとなー。お前らが助けてくれなかったら俺もマイも死んでたよ」


 ヒカルくんは新たな本を手に取るたびにお礼を言いながら破れたページを手作業で張り合わせ、綴じ直す。

 私とヒカルくんを本のクッションで受け止めてくれたのはアサギ様かルカの魔法だと思っていたが、二人とも知らないという。


「本にも意思がある……か」


 ルカに視線を向ける。

 ルカはアサギ様の弟子としてこの図書館で暮らしてきた。率先して他の魔法使い達の指揮を執っている。

 私が一冊に苦戦している間に、大量の破れたページを空中で仕分けて、正しい本の形に戻していくルカの横顔は頼もしい。


「ルカは真面目で努力家だもんね」


 全ての本の内容を頭に入れているアサギ様までとはいかないが、ルカも図書館内の膨大な量の魔法書を読み尽くしているらしい。

 ルカがいっぱい努力してきた証拠だ。この図書館の本達はそれを知っている。

 だからルカが子供の頃、全ての本が本棚から飛び出して浮かび上がるという奇跡の魔法は起こったのかもしれない。


 やっぱり、ルカなら大丈夫。元の世界に帰っても必ずまた会える。



「あーっ、間違えた! さっきのページはこの本のやつだったか。やり直しだなぁ」


 ヒカルくんは強い剣士だ。戦闘時に頼りになるだけでなく、彼の発言はいつも勇者の道を切り開いてくれる。

 でも、彼も決して万能なわけじゃない。お父様との間に問題を抱えているようだし、飛行魔法はひどいものだった。

 お得意の炎魔法も図書館ではご法度だから、私の横でこうして頭を抱えている。


「ヒカルくん、本当に星の砂使わせてもらってもいいの? あれだけ集めるの大変だったでしょ?」


 ヒカルくんが実家に着くなり「これこれ!」と見せてくれた瓶の中には、金平糖に似た形をした金色の砂粒がぎっしり詰まっていた。

 こんな量の星の砂を見るのは初めてだと団長も驚いていた。

 おかげで必要数が集まったが、瓶はヒカルくんの部屋の目立つ場所に飾られていた。子供の頃から何度もダンジョンに行き、かき集めてきた努力の結晶に違いないのだ。


「……いいんだよ。俺さ、長い夢を見てたんだ。あの日、ルカを止めてやれなかったこと、マイを守れなかったこと……ずっと悔やんでた。夢から覚めることができたのは神様が俺にチャンスをくれたんだと思ってる」


 召喚の間でルカが言っていた。ヒカルくんには最初に死んでもらったと。信じていた親友に裏切られるなんてどれだけ無念だったことだろう。

 それでも、ルカを止められなかったと後悔するのがヒカルくんらしいな。


「ヒカルくん、ありがとう……」


 もしもヒカルくんが心を取り戻さなかったら、私はルカの元に駆け付けるのが遅れていただろう。そうしたらアサギ様を助けることも叶わなかった。


「ははっ、俺は今度こそマイを助けたい。だから、そんなんでよかったら使ってくれよ!」

「……うん。ヒカルくんには助けられてばっかりだね。で、でも! 私もね、9章に進んでお父さんとのこと必ず解決するからね!」

「9章?……なんかよくわかんないけど、期待してるよ」


 ヒカルくんが豪快に笑うから、炎のような赤い髪が揺れている。感極まってヒカルくんの手を握ると、彼もぎゅうっと力強く握り返してくれた。

 ヒカルくんとももうすぐお別れだ。

 でも、これからも彼が私の推しであることに変わりはない。この手のあたたかさを覚えていようと思った。



『勇者マイ、ルカ。ワシの部屋に来てくれ。二人に話しておきたいことがある』

「っ!!」


 アサギ様の声が脳内に直接響く。本当に唐突だから、隠れていた誰かに「わっ!」と驚かされるより心臓に悪い。

 ルカはどういう反応をしただろうかと視線を向けると、ルカと目が合う。そして、お師匠様には困ったねという風に首を横に振る。





「ワシの分身はもうじき帰ってくる。みなの協力のおかげで材料は揃ったぞ。早速明日から鏡の錬成に入るが、三日ほどで完成するだろう」

「本当ですか!」


 あと三日……寂しい。だけど、この世界にまた異常が起こり始める前に帰ることができるなら喜ばしいことだ。

 私の隣に腰掛けているルカも、複雑そうな思いを抱えながらも「よかったね」と呟いてくれた。


「しかし――このままだとマイ、お前は元の世界に帰れない」

「えっ!?」


 急に告げられた言葉に頭が真っ白になる。私を見上げるアサギ様は額に深いシワを刻み、険しい顔をしていた。

 鋭い視線が突き刺さる。でも、アサギ様の視線はある一点に向けられていた。私の、首元に。


「その首輪はルカの魂と深く結びついている。同時にマイの肉体をルカに縛りつけるものでもあるんじゃ。その首輪を嵌めたままではマイの肉体はこの世界から出られない」

「っ!」


 反射的に首へ手をやると、硬くて冷たい感触が伝わる。

 この首輪が邪魔をして帰れないと言うなら、外さなければならない。

 でも、ルカはこの首輪は永遠の誓いだと言っていた。もうルカでも外せないのだと。首輪を外す唯一の方法。

 それは――



「ルカ、お前には死んでもらう」


 嫌な汗が額をツーと流れ落ちた。アサギ様の視線はルカへと移っている。

 ルカが殺される! とっさにそう思って、私は立ち上がった。


「なっ、何を言ってるんですか!! ルカはあなたの弟子でしょ!? 死んでもらうってそんな……っ」


 座っていた椅子が倒れ、大きな音を立てる。そのまま目を見開き固まっているルカを庇うように、アサギ様との間に割って入った。


「落ち着きなさい。マイ、元の世界に帰る理由を覚えているな? この世界で起こった異常の全てを神様に報告し、正してもらうためじゃ。ドラゴンの呪いで既に命を落とした者達同様に、本来死ぬ運命ではなかったルカも生き返ることができる。そうすることでやっとこの世界に平和が訪れるんじゃ」


 私を安心させる穏やかな声だ。興奮が収まってきて、ほっと息を吐く。

 ……それもそうか。ルカだってネバドリの登場キャラクターなのだ。

 ルカだけがこの世界からいなくなってしまうなんて、あるわけがない。


「……お師匠様。一度死んで、目覚めたとき、僕は……僕のままでいられるのでしょうか? 今抱いている僕の気持ちは、マイへの思いはどうなるんですか?」


 ルカにとって、死そのものよりずっとずっと恐ろしいこと。だから、それを確かめるルカの声は酷く震えていた。


「……全て消えるだろうな。この世界で本来生まれるはずのなかった思いじゃ。認められることはないだろう」

「っ!」


 ルカに芽生えた思いはバグとして処理されて、なかったことになる。

 ルカの恋は神様に許されないんだ――

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