10話 限界突破
神様がこの世界の歪みを少しでも修復するために死んだキャラクター達のデータを復元させたんだろうね。
そんなことをさらっと言われても、理解が追いつかない。
「ね、ねぇ! 復元ってみんなは生き返ったってことでいいんだよね? どうして様子が変なんだろう……」
「さあ……生きてるとも言えるし、死んでるとも言えるんじゃないかな。少なくともゲームの登場人物としては機能してるみたいだね。でも、安心したよ。やっぱりマイがいる限りは勇者の復元まではできないみたいだね」
「機能してるって……」
ヒカルくんにイズナ、団長は三人並んだ状態で動かない。
後ろに一つで結ばれたイズナの長い黒髪がかすかに揺れている。本来のイズナは好奇心旺盛で、くるくる表情が変わる小動物系の可愛い男の子だ。
大柄で、腰に大剣を差した団長は立っているだけで迫力がある。元から厳格な人で仏頂面をしていたが、それでもこんな無感情ではなかった。
「ルカの前ではみんな普段からこうだったの?」
三人の目に光はなく、虚空を見つめている。私が知っている三人とは別人に思えて、どうしても落ち着かない。
「違うよ。マイがこの世界を見ていないとき……ログインしてない時間っていうのかな? 僕達は僕達の時間を生きてるんだ。みんな意思があるし、自分の考えで自由に動いてるんだよ。自分達がゲームのキャラクターだなんて聞いたらみんな笑うんじゃないかな。でも――」
復元された彼らにはもう意思がない。
ネバドリに実装されているセリフしか喋らないし、自発的な行動も取らない。
朝のホームボイスや、賑やかな食事のムービーはネバドリに存在している。だからみんな動いていた。
ところが、ネバドリで召喚の間はガチャを引く画面でしか登場しない。この場所でのセリフや行動が存在しないから、彼らは亡霊のように佇んでいる。
「マイの分身の勇者も、マイが動かしてない時間はずっとこんな調子だよ。生きてるけど無反応なんだ。この世界の成り立ちを知らないみんなにはどういうわけか違和感なく見えてたみたいだけどね」
ルカが話しながら頭上に手をかざすと、金色の宝箱がルカの手元に吸い寄せられていった。
中にはくすんだ金色の石の欠片が詰まっている。ルカの手の動きに合わせて空中に舞い上がった小さな欠片達が磁石のように集まっていく。
それはやがて、まばゆい輝きを放つ虹色の宝石へと形を変えた。
「あっ、限界突破のアイテム……!」
ネバドリのガチャはキャラ被りで限界突破をしていき、最大まで強化されると限界突破用の宝石に変わる。
SSRの限界突破は虹色の宝石1個で可能だがSSRが被ることなんてめったにない。そのため、私はSRとRが被った際に手に入る金色の石の欠片をこつこつ集めてきた。
金色の石の欠片100個で虹色の宝石1個分だ。
「嘘!? 虹色の宝石4個もある! こないだのガチャで完凸分貯まってたんだぁ!」
100連でルカが数え切れないくらい被ったのだ。最悪だと思っていたけれど、まさかこんなに限界突破用の石が集まっていたとは。
頭上できらめく虹色の宝石に思わず感嘆の声が漏れる。
性能の良い他キャラに使おうか迷った日もあった。でも、いつかSSRのヒカルくんを引いたら最強のヒカルくんにしてあげたい。その一心でずっと貯めてきたのだ。
ああ……これでSSRのヒカルくんさえ来てくれてたら完璧だったのにな……。
「マイが向こうの世界でガチャを引くとね、当たったキャラは召喚の間に呼び出されるんだよ。ここに来ると新たな力をもらえるから、この場所は神聖な場所だ。神様からのギフトだ。ってみんな喜んで祈ってたよ」
「へー……そういう風になってるん……だっ!?」
とんでもなく声が裏返った。だって、だって、空中に浮かんだ虹色の宝石がルカの元に集まっていく。
今のルカはSSRだ。本当はまだ実装されていないはずなのにSSRになって、私をこの世界に引きずり込んだ。信じられないキャラクターだ。
ネバドリを一年間遊んで貯めてきた私の努力と我慢の結晶が、ルカの胸へと吸い寄せられて、虹色の光が弾ける。
「眩し……っ」
ぎゅっと目を閉じた私の両頬を、冷たい手の平が包み込んだ。次に、吐息が顔をくすぐる。
「祈りは届かないんだよ。運命は自分の手で掴み取らなくちゃ」
「っ!!」
ふに、と唇に柔らかいものが触れた。
反射的に目を開けば、眼前に綺麗な顔が広がっている。伏せられた長いまつ毛が揺れて、薄く開かれたまぶたから碧色が覗いていた。
すぐに角度を変え、唇と唇が隙間なくくっつけられる。
ほんの数秒の出来事だった。それでも私には何倍にも感じる時間。抵抗するのも忘れて、目を閉じていた。
「嬉しい……ほしくてほしくてたまらなかったものに手が届いた」
ルカは愛おしそうに目を細める。
頬を撫でる指先は宝物に触れるみたいに優しかった。
こんな感情を持つべきじゃない。背後にはルカのせいで心が失われた私の大好きな男の子がいる。
だから、駄目なのに。許せないのに。私の胸は痛いくらいに高鳴っていた。
▽
寄り道をしたけれど、当初の予定通りの目的地に着いた。
「わっ、すっごい……!!」
見渡す限りの本、本、本。天井が吹き抜けになった広大な空間に本棚が並び、その全てに本がぎっしり詰まっている。
本が苦手な人がここに来たら泡を吹いて倒れるだろうな。もしかしたら本が大好きな人もあまりの量に卒倒するかもしれない。
「ゲームで見るのとは迫力が違うね!」
「そうなの?」
「そうだよ! すごいなぁ……」
ヒカルくん用に貯めていた限界突破アイテムを横取りし、自らを最大まで強化したルカは機嫌が良さそうだ。
私を守るためには力が必要だからと言っていたけれど。
私はまだ全然納得いかない気持ちを抱えながらも天井を見上げて、三度目の「すごい」を呟いていた。
本棚の上に本棚が何段も積み上げられて、高い天井にまで到達している。
十階立てのビルくらいの高さがあるだろうか。あんな上の方の本取れないんじゃ……? と疑問に思うまでもなく、私の頭上をほうきや絨毯に乗った魔法使い達が飛び交っている。
ここはルカの師匠である大賢者アサギが作った魔法使いの図書館――
アサギ様がこの世界や異世界を飛び回り集めてきた本が蔵書されている。
アサギ様はここにある全ての本の内容を頭に入れているそうだ。
アサギ様が知らないことは他の誰も知らないというルカの言葉は間違っていないのだろう。
コンパスで移動してきたのは召喚の間と同じメンバーで、私、ルカ、ヒカルくん、イズナ、団長の五人。
「ここの本を全部読み切るのに何百年かかるんだろうな? ルカのお師匠さんはほんとすげーよな!」
「僕こんなにたくさんの本初めて見ました! わくわくしちゃいますっ!」
「本はいいな。知識は己の糧になる。アサギ様までとはいかなくとも多くの本を読みたいものだな」
これらは図書館のマップ用に用意されているセリフのうちの一つだ。さっきから何度も順番に喋っている。
同じセリフの繰り返しだけど、抜け殻のような状態でいられるよりはまだいいかもしれない。
『待ちくたびれたぞ。すぐに来なさい』
「「!!」」
突然頭の中に響いた声に、脳みそを揺らされる。周囲には私達以外いない。それでも、ルカも同じタイミングで肩を震わせたから聞こえたのだろう。
ルカは「それやめてっていつも言ってるのに」とぼやきながら深いため息をついた。




