1話 100連ガチャ
今一番人気の女性向けソーシャルゲーム、ネバーエンディングドリーム――
通称ネバドリは、主人公の女勇者がギルドのイケメンキャラクターとパーティーを組み、魔法とモンスターの世界を冒険するゲームだ。
ネバドリの人気はやはり個性豊かなキャラクター達の存在が大きい。
私がストアに「神作です。全人類やってください!」なんてレビューまで書いちゃったのも、待ち望んでいたキャラのSSRがついに実装されたから。
そう、このゲームには運命の推し、ヒカルくんがいる……!!
「神様、どうかお願いします! ヒカルくんをこの手に!!」
深夜0時ぴったり教が私の信奉するガチャ宗教だ。日付が変わる瞬間を見計らい「10連召喚」を力強く押した。
6枚目低レア武器、7枚目低レア武器……被りの低レア武器が次々とアイテムに変わっていく。大丈夫。まだ大丈夫。
今日のためにテストもバイトも頑張って、出来る限りの徳を積んできた。
ヒカルくんの好物のポテトチップスだって用意しているのだ。出ないはずがない。
10枚目、SR以上確定の演出が入った――
『きっと僕は、君と出会うために生まれてきたんだよ』
聞き飽きた召喚セリフ。次の瞬間、氷の見習い魔道士ルカのSRカードが排出された。
雪の結晶のような白銀色の髪に、碧色の瞳。画面の中のルカはその美しい目を細めて、照れくさそうに微笑んでいる。
惚れ惚れする美少年だ。絵のアドバンテージは抜群に高い。高い……けど、使い道ゼロの被りキャラクターだ。
それに何よりも、
「ああもう! 何でヒカルくんじゃないの……っ」
石はすっからかんだった。0時ぴったり教の教えを無視してお昼に引き、既に60連も爆死している。
絶望的な結果に、ついポテチへと手が伸びる。ヒカルくんのために買った物だし深夜だけど知るもんか。
『この時間に食べるポテチって美味しいよね。前にヒカルくんのポテチをこっそり食べたら怒られたよ』
ガチャ結果のスクリーンショットを撮ることすら放棄してホーム画面に戻ると、聞き覚えのないボイスが流れてきた。
『でも、もう怒られることはないから食べよう……わっ、罪の味がする』
美麗イラストそのままで動くライブ2Dの立ち絵はネバドリの売りの一つだ。
初期衣装の白いローブに身を包んだルカが、口元に手を当てて悪戯っぽく笑う。
魔道士としてはまだまだ未熟だけど真面目で努力家なルカ。
情に厚く、剣士としての才能に恵まれているが無鉄砲なところもあるヒカルくん。
二人とも私と同い年の17歳。メインストーリーでも絡みが多い仲良しコンビだ。
ヒカルくんの新たな情報を知ることができて嬉しい。けど、前からこんなホームボイスあっただろうか?
それにホームの設定キャラは推しのヒカルくんで固定していたはずなのに、いつルカに変更してしまったんだろう。
不思議に思いながらも久しぶりにルカの立ち絵をタップすると、次のボイスが流れ出す。
『次の街が楽しみだね。君と一緒にいるためなら、僕はどこにだって行けるよ』
また、初めて聞くセリフ。次の街と言われて少し寂しい気持ちになる。
ルカはチュートリアルの「始まりの街に誰と行きますか?」という選択肢で選んでSRをもらった思い出深いキャラクターだ。
ただ、悲しいことにルカの性能はSRの中でも断トツに弱い。手持ちの少なかった序盤こそ活躍してくれたが、今ではすっかり出番がなくなっていた。
『僕頑張るから、これからもずっとずっと一緒に冒険しようね?』
ごめんね。連れていってあげられないんだ。
ただでさえ私のネバドリはメインストーリー8章のボス戦で詰んでいる。戦力が足りないのにルカを入れることはできない。
『あっ、そ、そんなに触られたらくすぐったいからやめて!……でも、みんな寝ちゃったから君を独り占めできるね』
このセリフは何度も画面をつっつくと喋るのだが、後半は初めて見る。
懐かしいな。ネバドリを始めたばかりの頃はルカの恥ずかしそうな仕草も声も大好きで、よくつっつき回していたっけ。
元はルカ推しだったのに今では追加ボイスの存在にも気付かずプレイしている……なんだかバツが悪くて、私の手は自然とホームキャラの設定画面を開いていた。
「あー……やっぱりヒカルくんかっこいい……」
ツンツン立っている燃えるような赤色の髪。琥珀色の勝ち気なつり目は、タレ目のルカとは対照的だ。
ヒカルくんをホームに設定してみて、ふと違和感に気付く。
『…………』
「あれ……?」
立ち絵に触ってもヒカルくんが反応してくれない。棒立ちの状態でこちらを無感情に見つめている。
単にフリーズしただけだ。大したことじゃないはずなのに、妙に胸がざわついていた。
あと30連引けばSSR確定の100連目にたどり着ける。
友達から「10連でヒカルくん引いちゃったー」なんてメッセージが届いたら私の魔法の力ってもんを見せてやりたくもなる。
善は急げと深夜のコンビニに魔法のカードを買いに走ったのもヒカルくんへの愛ゆえに。
私はどうしてもメインストーリーの9章に進みたかった。だって、ヒカルくんピックアップガチャと同日に追加された9章の主役はヒカルくんらしいのだ。
私のパーティーで不動のレギュラーのSRヒカルくんをSSRヒカルくんに変えれば8章のボスを倒すのも夢じゃないはずだ。
『魔法の力ってすごいんだよ。君にも教えてあげる』
「ルカかあ……」
ゲーム内の日付の切り替わり時刻である深夜4時、ログインボーナスで画面に表示されたキャラクターはルカだ。幸先の悪いスタートになってしまった。
がっかりしながら「召喚の間」というガチャページに進むと、白い光を放つ魔法陣が出迎えてくれた。画面上部にはSSRヒカルくんの華々しいバナーが表示されている。
ヒカルくんが欲しいと改めて決意を固めて、私は初課金石をぶん投げた。
『きっと僕は、君と出会うために生まれてきたんだよ』
最初の10連はSRルカだけでなく、現環境最強の武器である"大賢者の両手杖"が出たからまずまずの結果。
続く20連目、いきなりのSR以上確定演出で魔法陣が金色に光り出した。思うことは一つだけ。
「ルカ以外の子来て!」
『きっと僕は、』
またSRルカだ。もう完全に覚えてしまっている演出を飛ばすと、再び同じセリフが流れて、また飛ばして……20連目の結果はSRルカが8枚と、低レアの武器が2枚だった。
SRが8枚も?しかもこのガチャでピックアップされていないルカだけが8枚も?
私の心臓は嫌な鼓動を打っていた。
おかしい。よく考えてみたら合計で90連も引いたのにルカしかキャラクターカードが出ていない。
私のネバドリはバグっているのだ。
頭ではサポートに問い合わせた方がいいとわかっていても「90/100」というガチャカウントの誘惑は強い。
あと10連引けば必ずSSRが手に入る。そして、SSRがまだ実装されていないルカが確定枠から排出されることはない――
私は衝動のままに最後の召喚に臨んだ。
1枚目から9枚目まで全てが氷の見習い魔道士のルカ。大切なのは最後の一枚だから、異常な結果は飛ばしていく。
10枚目、SSR確定演出の虹色の光が魔法陣に浮かび上がる。
――神様、ヒカルくんをお願いします。そのために毎日頑張ってきたんです。
『俺は……ぐっ!』
一瞬だけ聞こえたキャラクターの声は、実装当時から最強の座を守り続けているギルドの団長……だった。恐らくは。
すぐに画面が暗転する。
『マイ……僕は神様に祈ってるだけじゃ手に入らないこと知ってるんだ。だからね、』
知っている声に、知らないセリフ。
"マイ"……? 私の本名であり、ネバドリのプレイヤーネームだ。名前を呼んでくれる機能なんてない、よね?
混乱している間に、きらびやかな演出で「SSRルカ」が召喚された。画面の中のルカは最強の両手杖を抱きしめている。
待って。おかしい。絶対に変だ。SSRルカの情報なんて見たことがない。
まだ実装されていないキャラがどうして――
「えっ?」
突然、ルカのイラストにドット抜けのような黒い点々が生まれる。その点々は凄まじい速さで増えて、画面全体に広がっていく。
すぐに画面は真っ暗になって、
「迎えに来たよ。マイ」
どこからか、でもすごく近くで声がした。
次の瞬間、画面から伸びてきた白い手。私の意識はそこで途切れた。
ふと目を開ければ、足元に見覚えのある魔法陣が見えた。ネバドリのガチャ召喚画面に描かれているものと同じだ。
私はその魔法陣の中央に立っているらしい。ぼんやりと周囲を見回す。
「っ!!」
部屋を彩る豪華な装飾もゲームの画面と同じ。でも、致命的に違うところがある。
魔法陣の周りをぐるりと取り囲んでいる、人の……キャラクターの大量の亡骸。剣士、聖騎士、弓使い、僧侶。折り重なり、山になっている馴染みあるキャラクター達。
その中には最愛の剣士、ヒカルくんの姿もあった。
「……ヒカルくんには最初に死んでもらったんだ。ここまで戦うの大変だったんだよ? 特に団長なんか最後の最後まで倒せなくって。だからさっき、マイに強い武器を引かせて装備させてもらったけどね」
みんなの亡骸の隣に立つルカが口元に手を当てて、見知った笑みを作ってみせる。
その動作と表情はゲームで見るよりずっと自然で、滑らかで。自由に動き回る目の前のルカは確かに生きていた。
それは同時に、足元に倒れたままピクリとも動かないヒカルくんがもう死んでいるという絶望を私に思い知らせた。
「こ、ここ本当にネバドリの中なの? どうやって私を連れてきたの!? な、何でみんなを……っヒカルくんを殺したの……!!」
「マイをこの世界に召喚するためには必要な犠牲だったんだよ。僕は弱くて未熟な魔道士だけど……マイとずっと一緒にいたいと願う僕の魔法は誰にも負けない」
「そんな……」
ネバドリの世界に行ってみたいと妄想を膨らませたことはいくらでもある。
でも、それはゲームの中で生き生きと動くキャラクター達が好きだったから。ヒカルくんに会いたかったから。
みんながいない世界なんて――
「ああ……マイの体あったかい。すごいよ。マイがいる。本物のマイが、僕のこんな近くで息をしてる……」
力が抜けて座り込んだ体はいつの間にかルカの腕に包まれていた。
本当だ。温かい。ルカの体温と脈打つ鼓動を感じながらそっと目を閉じる。
これは夢で、次に目を開けた時、ルカもヒカルくんもいつもの画面越しに笑っていてくれないかな。
カチャ――
私の思いは無機質な音ともに砕けた。首に違和感を覚えて目を開けると、
「この首輪、マイの白い肌によく似合うね。さあ、冒険を始めようか。今度は僕とマイの二人きりで」
熱を孕んだ眼差しが、この現実を夢だなんて願うことを許さなかった。