感じたぬくもりと彼の秘密
…昨日の事が夢だったのではないかと思う。
仕事中も彼の事が頭から離れない。
人を好きになるというのは、こんな感情なの?
自分のこの気持ちが恥ずかしい。
どうやら私は恋の病にかかってしまった様だ。
「佐藤さん何かいい事あった?」
「えっ?」
「何かニヤニヤしてるから。」
「何にもないですよ!」
そんなにニヤニヤしてた?
気をつけなきゃな。私は両手で真っ赤な顔を隠した。
会社でも誰かに話しかけられる事なんてなかったのに。彼に出会った事で私の人生が大きく変わり始めていた。
「日菜子ちゃんよく笑う様になったね!」
「そ、そうかな…。」
それはたぶん啓介くんのおかげ。
今まで興味のなかったオシャレや、お化粧もするようになった。
啓介くんはどんな服が好きなんだろう?
好きな髪型は?
そんな事を考えてしまう。
恋をしている女の子たちはみんなこうなのだろうか?
何度デートしても、彼と一緒にいる事に慣れない。心臓がいつも壊れてしまいそう。
彼をもっと好きになっていく…。
もっと一緒に居たい。
もっと手を繋ぎたい。
もっと笑顔を見ていたい。
恋とはこんなに欲張りになるものなんだ。
啓介くんと付き合って半年。
明日はどこに行こうか?と悩んだ結果、私の家で本を読もうという事になった。
朝から片付けや掃除に忙しい。
啓介くんが初めて家に来る…どうしよう…。
深呼吸を一つ。「ふぅ〜」
落ち着かないまま、アパートの前で彼を待つ。
「日菜子ー!」
片手を振りながら私を呼ぶ彼が見える。
その姿を見るだけで顔が熱くなる。
毎回緊張するのは私だけなんだろうな…。
「ど、どうぞ。」
「お邪魔します。」
「適当に座ってね。何か飲む?コーヒー?」
「うん。」
彼がソファへと腰を掛ける。
「どうぞ。」
コーヒーを持つ手が震えたまま、机へと置く。
「ありがと。」
あぁ緊張しすぎる…体が固まる。
「日菜子もこっち座れば?」
「えっ?だ、大丈夫。」
こんな緊張してると啓介くん変に思うよね?
「男の人が家に来るの初めてで…ごめんなさい…。」
彼は笑って優しく頭を撫でてくれた。
顔が赤いまま、「本でも読もう!」と私は本棚へ向かった。
「こういう本読むんだ。」
「この曲凄くいいんだよー。」
誰にも邪魔されない二人だけの時間。二人だけの空間。とても楽しく、幸せに感じる。
こうやってのんびり家で過ごすのもいいな。
気が付くと、本を持ったまま啓介くんがウトウトしている。
「眠い?ベッドで寝る?」
「うん…ごめん。昨日残業で眠くて…。」
「ふぁ〜」
彼がベッドへと横になる。
…眠そう。疲れてるんだね。
「向こうにいるね。」
「ん…待って…」
腕を引っ張られ…そのままベッドへ倒れ込んでしまった。
えっ?ちょっと…
彼の顔がスッと近付き…二人の唇が重なり合う。そして腕にぎゅうっと包まれる。
…ドキドキドキ…
「まだ、俺のぬくもり感じない?」
「うん…ごめんなさい…。」
「日菜子に見せたいものがある。」
そう言って彼はベッドに座り、Tシャツを脱いだ。
「きゃっ!啓介くん?」
彼の上半身には、たくさんのアザがあった。
青黒いアザ。自分の目を疑った。
「え…どうしたの?このアザ…。」
「俺も母も父親に暴力を振るわれてた。」
「暴力…?」
「俺が大きくなってからも暴力は続いて、母を助けようとしても余計に酷くなって…離婚も逃げる事さえ出来なかった。そんなある日、突然父が倒れて死んでしまった。」
「日菜子はいやに思うかもしれないけど、父が死んで俺たちはやっと解放されて…良かったと思った。」
…いやだなんて思わないよ。私の母もひどい人だったから。
涙が溢れて止まらない。
「ずっと隠しててごめん。」
彼の傷付いた体を抱き締める。背中にもたくさんのアザ。
啓介くんにも心に傷があった。消えない傷。
悲しい過去。
私に何が出来るのか分からない。
でも…啓介くんの傷を少しでも治してあげたい。
「大好きだよ、啓介くん。私が傷を治してあげたい。」
「ありがとう…日菜子。」
今までにない悲しい顔で彼は微笑む。
その顔を両手で包み込み、自らの唇を彼の唇へと押し付けた。
「日菜子からしてくれるなんて初めてだね。嬉しい。」
頬を少し赤らめた彼を愛しく思う。
そのままベッドに倒され…また唇を重ねる。
もうドキドキしすぎて、心臓が飛び出してしまいそう。
啓介くんの体も震えていた。
素肌で抱き締め合うと…昔のいやな記憶が蘇る。あの狭い空間…苦しい…吐き気がする。
怖い…体が震える。
「…大丈夫?」
「怖い…でも啓介くんとなら…大丈夫。」
「日菜子、愛してるよ。」
その瞬間に彼の体温や、脈拍が、だんだんと伝わってくる…ドクドクドクドク…
温かいぬくもりを感じる。
「あったかい、啓介くん。」
「良かった。」
私も愛してる…啓介くんとなら大丈夫。
そのまま静かに目を閉じた。
熱い体温が伝わって…自分の体も熱くなる。
心臓が飛び出そうなぐらい…早い。
この世界が二人だけの世界になったみたいだった…。
「ねぇ、日菜子。」
「うん?」
「今更言うの恥ずかしいんだけど…」
「なぁに?」
「図書館で半年間ずっと日菜子を見てた。あの時ようやく声を掛ける事が出来て嬉しかった。」
…え?半年も?
「たぶん…一目惚れだったんだ。」
そう言って彼は恥ずかしそうに顔を背けた。
耳まで真っ赤だ。
…信じられない。こんな私に一目惚れ?
でも凄く凄く嬉しい…。
「だから、こうやって一緒に居れる事が凄く幸せなんだ。ありがとう。」
「私の方こそ幸せだよ。ぬくもりも感じれるようになったし、啓介くんありがとう。」
ぎゅっと手を握ると…やっぱり温かい。
本当に啓介くんが大好き。
このままずっとずっと一緒に居たい。
啓介くんと付き合って一年が経った頃。
「日菜子もうすぐ誕生日だよね?何が欲しい?」
「う〜ん。別にないかな。」
啓介くんと一緒に居れるだけでいいよ。
「指輪とかいらない?」
買い物の途中でジュエリーショップでリングのサイズを測ったり、色々見たりしたけど…結局買わなかった。
「啓介くんそれより、花火大会にまた行きたい。私たちが付き合い始めたあの花火大会。だめ?」
「いいよ。思い出深い場所だし。確か誕生日の日だったよね?」
「うん。」
「今度は家までバイクで迎えに行くから。」
去年の記憶が蘇る。もう一年も経つんだね。
楽しかった時間。私たちが付き合うようになったあの場所。
また行けるのが嬉しい。楽しみだな。
花火大会当日(誕生日当日)
バイクに乗りにくいけど、思い切って浴衣を着てみた。落ち着いた紺色にあじさい柄の浴衣。自分で頑張って着付けてみたけど、可愛く出来たかな?髪もアップにしてかんざしも付けてみた。
浴衣を着て花火大会に行く事も、ずっと憧れていた事。啓介くんに出会ってから、そんな私の小さな夢がたくさん叶っていった。
本当にびっくりするぐらい幸せなのだ。
…でも約束の時間を過ぎても来ない。
…おかしい。何か胸騒ぎがする…。
その時ケータイが鳴った。
「啓介くん!どうしたの?」
聞こえてきたのは知らない女の人の声だ。
「あ、あなたが…日菜子さん?」
「は、はい!そうです。」
「私は啓介の母です。あの…啓介が…事故にあって…」
…えっ?事故?
啓介くんのお母さんは泣いてるようだった。
全身の血の気が引いていく…
慣れないサンダルと浴衣で病院へと向かう。
「お願い!無事でいて!」
そう願いながら…。
かんざしを落としたことすら気付かない。
それだけ必死に走っていた。
…もう涙が溢れて…前が見えない…。