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どうした?

作者: 天川 榎

 急転直下のことで、頭が真っ白になった。

 別に誰かが横から囁いてきている訳では無い。戦いで負けてお金を半分取られたとか、そんなチンケなものではない。

 あるはずのものが「無い」のだ。

 田舎暮らしだからしょうがないとかいう話ではない。昨日まであったものが「存在しない」のだ。

 いつもの駅があるはずの場所に辿り着いたのだが、そこに広がっていたのは単なる空き地だった。何の建物も存在しない、完全なる無であった。

 電車どころか、バス、飛行機、自動車など、ありとあらゆる交通手段がこの世界から抹消されたのだ。

 

 今日も社畜よろしく満員電車に押し込まれてヒビ割れた煎餅状態になって職場に飛び込む予定だったが、電車が存在しないことにはどうしようも無い。職場は一日で歩ける距離には位置してないのだ。

 遅刻なんてしたら、一日中怒鳴られて、椅子に座る権利なんて与えられないだろうな。最悪お仕置き部屋に閉じ込められて反省文を書き綴る毎日だ。

 ああ、どうしよう。とりあえず会社に連絡しなきゃ。・・・・・・ってあれ?

 スーツやズボンのポケットを弄ってみても、携帯電話が無い。持ってきていたハズなのに、いつの間にか携帯電話も「なくなった」のか?

 まさか歩いている途中で無くしたのか?来た道を戻り、携帯電話が落ちていないか確認するが、何処にも落ちては居ない。自宅も当然確認しようとしたが、今度は自宅が無くなっていた。

 帰る家も消失した。一体これはどういうことだ?夢の中にでも居るのか?頬をつねっても世界は元に戻らない。それどころか瞬きをする度にモノが消えていっている。

 電柱や家、コンビニや道路など、都市を彩るありとあらゆる文化的オブジェが眼前から去って行った。

 

 気がつけば、草むらに一人立たされていた。

 スーツの一張羅、片手に通勤鞄。他は何も無い。財布も無い。

 財布にお金があったところで、店や自販機が無いから意味が無い。 

 さて、これからどう生きようか・・・・・・

 仕事なんかしている場合ではない。今は生きることを続けなければならない。

 とりあえず食べ物と飲み物は必要だ。近くの川を探して魚でも捕って暮らそう。

 川は家があった場所からそう遠くない場所にあったはずだ。まずはそこに行って、腹を満たそう。朝ご飯も食べて無かったし。


 川の側まで来たが、川では無くなっていた。

 正確に言うと、川の水は干上がり、土埃が立っている有様だった。

 生物どころか、水すら無い。これでどう生きればいいというのだ。

 ここでうなだれて、干からびて死んでいくのを待つしかないのだろうか。

 俺の人生はただ社会に時間を消費されて、その挙げ句それに見放されて朽ちるのか。一体なんの為に生まれたのだろうか。多分意味なんて無かったんだろうな。神の気まぐれで存在を与えられたに過ぎない、吹いては消えるような存在だ。

 嗚呼、もうこの蒼空をジイッと眺めて、眠るように逝くんだ。

 

 そう覚悟を決めたのも束の間、辺りを異様な空気が包んだ。

 赤紫色の煙が地面から体に纏わり付く。見るからに毒ガス色だ。ここまで分かりやすいものがあるのか?まあ、でもこのまま死んでも同じだしな。

 そのまま寝転んで安らかに逝くのを待っていると、今度は無数の足音が地面を震わせた。

 さっきから一体何なんだ?と思わず上体を起こすと、無数の得体の知れない物体に囲まれていた。

 これらには見覚えがある。現実世界ではないが、ゲームの世界でなら見飽きた奴らだ。そう、RPGとかで出てくる『モンスター』という奴だ。ゴブリン、スライム、骸骨剣士など、本当に現実世界なのかと見間違うくらいにリアルだ。もう何が起こっても信じてしまう気がする。

 「どうも」

 『モンスター』の中の1体が話しかけてきた。

 「何ですか?こんな寄って集って」

 話をしてきたのは、スライムとかそういう類いのモノではなく、いわゆる『魔法使い』のような出で立ちのような者だった。そんな格好していて恥ずかしくないのか?

 「失礼しました。名乗らずに。我々は彷徨う怪物です。秘匿された存在でしたが、世界が裏返ってしまったようです」

 「はあ、世界が裏返った?」

 「元々現実界にあったものが秘匿され、秘匿されるべき我々の世界が現実となったのです」

 なるほど、良く分からないが、とりあえず俺の居た世界はどこか隅に追いやられたということか。何も良くはない、良くはないはずだが、どこか喜んでいる自分が居た。

 現実世界に居たって良い事なんて一つも無い。生きるために稼ぐ仕事も、朝から晩まで会社からお客さんから罵倒され続けて、家に帰った頃には屍だ。

 最早「生きていない」のだ。生きているように見えて、事実上人間として死んでいるのだ。

 そんな世界に戻って、自分に果たして何の利があるというのだ?この世界にはそんな束縛はない。自分をがんじがらめに縛り付ける世間の目は一切無い。

 自分を自分たらしめるもの・・・・・・人とのコミニュケーションによって産まれる虚像。鏡のように見えてそれはいつも歪んでいる。自己と離れ、人格が一人歩きを始める。

 その虚像から、今日離れることが出来るのだ。

「それで、俺に何の用だ?」

「この世界に人間が居る事自体がとても神聖なことなのです。本来相容れない存在なのですから、この世界に入れたこと自体、奇跡を起こしているのです」

「なるほど、俺に神様になれとでも?」

「それに近いかもしれませんね。この世界の魔王になって欲しいのです」

「魔王?」

 魔王というと、いわゆる魔物を引き連れて勇者を滅ぼさんとする、あの悪の親玉のことか?いやいや、この世界に勇者のような人間は居ないし、第一、魔王を名乗れる程の魔法を使えるワケでも無い。

「魔王になって、どうするの?」

「この世界をよりよいものにしてください」

 純粋無垢な目で、魔物達が俺を見つめてくる。そんなに俺に期待してくれているのか。今までこんなに誰かに期待されたことは一度も無かった。嗚呼、そんな目で見つめられたら、期待の眼差しで注目されてしまったら、断るものも断れないじゃないですか・・・・・・

「分かったよ、やるよ。やるけど、何すれば良いの?」

「ありがとうございます!ではこちらへ」

 案内されるがままに導かれ、全く知らない建物へ連れられていった。


 歩いて数分すると、目の前に西洋の貴族が住んでいるような立派なお屋敷が現れた。人の背丈の3倍程の塀に囲まれ、さらに屋敷の周りには堀が取り囲み、跳ね橋を渡さなければ屋敷に入ることは出来ない。

「どうぞ、お入りください」

 従者とみられる者が、その建物の中へ招き入れてくれた。風貌は草原のような色をしたゴブリン、といったところだ。

 屋敷にはテンプレート通りの無数の部屋があった。何人暮らせるんだと言わんばかりの寝室に、大量の本が収められた書庫。金銀財宝をごまんとため込んだ宝物庫まであった。

 こんなに贅の限りを尽くした魔王とやらは、一体何処へ行ってしまったのだろうか?

 簡単な内見を済ませ、いよいよ最奥の謁見の間に辿り着いた。

「では、魔王様早速指揮を」

 そう言われて、従者から体の長さ程の大きな杖を渡され、数万と居る魔物の前に立たされた。

 これ程の魔物がいたら、どんな所でも征服出来そうな気がする。でも、現実世界に侵攻したところで、重火器ぶっ放されて全員焼却処分だろうな。なら少しでも生き長らえたいので、もうここで大人しくしたい。

「魔王様!この世界に人間共が攻めてきているというのは本当ですか?」

 魔物の一人が叫びだした。その言葉を聞き、怒号のような声が空間を埋め尽くした。

「どういうことだ!この世界に入って来れないんじゃなかったのか?」

「魔王様も代替わりになったようだし、来るべき時が来たのか・・・・・・」

 不安がこの部屋に充満している。ここは何とかしなければ。

「まだそれは分からないだろ。何か情報は入っているのか?」

 従者に問い質す。

「確かにまだ何も情報は入って来ていませんが・・・・・・仲間の何人かが失踪しているという話は耳にしております」

 俺がこの良く分からない世界に飛ばされてきているのだから、逆もまたしかりだろう。人間の世界に飛ばされたモンスターは、今頃どうなっているのだろうか。

「とりあえず、状況が分からない事には何も動けない。まずは徹底して情報収集しろ。あとは、念のため警備の強化だな。俺みたいに人間の世界から飛んできている奴らが、お前達を襲って来ないとは限らない。今のうちから備えておけ」

「ははっ」

 従者はすぐに魔物達に指示を下し、魔物達は各自の持ち場へ四散した。

 まあ、上に立つこと自体は悪くない。気分が良い。

 自分は今日から魔王だ。現実に蔓延る社畜共を魔物を使って駆逐し、世の中を平和にする仕事を成し遂げるのだ。そうなれば、もう毎日ノルマを気にする必要はない。何も俺を止める者は居ない。自由だ。


 早速魔物達の集めた情報を元に、人間界への侵攻を始めた。最初はUMAなんて言われて揶揄われていたが、実害が出始めると途端に態度を一変させ、銃弾や爆弾が飛び交う物騒な事態に発展した。

 都市部のビル群や地下街を破壊するために、炎を操る魔物を多く派遣した。効果は抜群で、瞬く間に人間界の都市の80%は3日も持たずに陥落した。

 ただ、やみくもに物理的な攻撃をし続けていても効率が悪いので、人間に化ける魔物を利用して、嘘の情報を拡散させ、混乱に陥れた。お互いに猜疑心を持った方が、お互いを潰し合い始めて自滅してくれる。

 案の定思惑通りとなり、勝手に残った都市同士で戦争となり、残った都市も全て焼け野原となった。

 生き残った人間達は、救世主として魔物達を崇めるよう仕向けられ、隷属した。


 俺と言えば、人間界を支配した後は悠々自適に暮らそうと思っていたが、そうは行かなかった。

 人間界を征服した後、魔王の座から引きずり下ろされた。当然と言えば当然だろう。元々人間を敵視していたのに、そんな奴に支配されたくはないだろう。

 いきなり身に覚えの無い罪を被せられ、殺されそうになったので命からがら人間界に逃げ落ちた。

 帰ってきたはいいものの、魔物ばかりが街中をうろつき、人間達は猿ぐつわと足枷を付けられ強制労働を強いられていた。名前で呼ばれることは無く、全員番号で呼ばれている。

「364849番、早くしろ!日が暮れちまうぞ」

「んんー」

 魔物達にムチを打たれ、歩くことも制限されている。人類皆社畜といったところだろうか。こんな現実は別に俺は望んでいなかったのに。


 魔物達の監視を掻い潜り、地下にあるアジトに戻った。

 ここには魔物達の支配から逃れた人間達が群れを成して暮らしている。俺はここの仕切り屋として活躍している。魔物達のやり口やクセをよく知っている立場から、どのように監視の目を掻い潜るか、どのように魔物達を倒すかを指南し続けている。

 幸いなことに、逃亡する際魔物達を操る杖をそのまま持ち去る事に成功したため、いざとなった時はそれを使えば楽勝なのだ。俺の見える範囲だけだが。

 いよいよ俺達の立てた計画が実行に移される時が来たのだ。

 まずは地表でのさばっている魔物達を手中に収める。これは簡単だ。杖の力を使えば一瞬で終わる。

 魔物達が寝静まっている夜に、その作戦は実行された。


 あっさりと魔物という手駒を手にした我々は全国を巡り、魔物達を配下にした。さながら桃太郎のような気分だ。

 あとは世界に蔓延る奴らを片付ければ、元の平和な日常が戻ってくる。

 元の日常は、どうなるんだろう。きっと今と立場が逆転し、魔物達が奴隷のように扱われるのだろう。これでは我々の気が済むだけで、根本的な解決にはならない。また魔物達が人間を襲い、支配下に置こうとするだろう。

 であれば、元の世界に戻して二度と立ち入れなくすれば良いのではないか?

 どうすれば世界の隔たりを元に戻せるのだろうか。この魔王の杖でなんとか出来たりしないかな。


 魔物を全て手中に収め、魔物がこの世界に入ってきた進入口を開き、元の世界へ追い返した。

 世界の隔たりは杖で元通りになり、その瞬間杖は消え失せた。

 一通り終わった後俺の居た街に帰ったが、魔物達によって粉々に砕け散っていた。

 そこに新しい政府を築く事を決めた。

 なんで俺が政府をどうするとか話をしているというのも、世界全体で政府が崩壊し、今統べられるとしたら、魔物という世界の脅威を滅し、もはや神格化されている俺しか居なくなってしまったのだ。

 かつて毎日寝に来るだけの街だった俺の住まいは、世界の中心となった。結構田舎だけど。

 こんな現実が少し前だったら信じられないだろう。「どうした?お前」って笑われるだろう。

 魔王だった俺は、いつの間にか世界政府の大統領になり、世界の再建という重責を担わされた。

 

 その後はアジアやヨーロッパなど各地区のリーダーが選出され、俺はいわゆる世界統合のためのお飾りという立場になった。

 世界が平和になるための、人柱みたいなもんだろう。居立ち振る舞いはいちいち言われるが、一昔の仕事から比べれば全然楽だし、やりがいがある。

 この世界では俺の存在がある限り、争わなくて済むのだ。

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