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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
港町での生活
9/58

演奏会の準備

 それからの一週間は、読書の時間がほとんど取れなかった。

 だが、なにしろ全ては身から出た錆なので受け入れるしかない。

 爺ちゃんと婆ちゃんにも、かなり迷惑をかけてしまった。


 爺ちゃんの宣言どおり、次の日は朝から仕立て屋に連れて行かれた。

 店は山の中腹に位置していて、店内から海を見渡すことができた。外壁は町の他の建物と同じく白を基調にまとめられていたが、内装は高級感のあるライトブラウンで統一されている。

 

 店の壁面の棚には様々な種類の生地が何枚も重ねられ、襟やカフス、そのボタンの見本がディスプレイされていた。

 中央にはマネキンがあり、その奥には商談用の机と椅子が配置されている。

 店内はそれほど広くないし、働いている人間の数も少ない。けれど、店員はみな隙なくスーツを着こなしていて、店の格にふさわしい雰囲気をかもしだしていた。


 爺ちゃんは、ここの店主らしき老人と知り合いらしく、店に入るなり気さくな挨拶を交わした。


「やあ、フレッド、久しぶりだな」

「何だ、トニオ=モーリアか! ついに自分の死に装束でも仕立てに来たのか?」

「バカなことを言うな、もう若くはないが、まだ生きる希望はあるさ。それに、お前より先に死んで、死後に好き勝手言われるのも癪だからな」

「まったく口のへらない奴だ。なら、ご隠居がこんなところへ何をしに来た」

「こいつにスーツを一式仕立ててやりたい。貴族様のパーティーに招待されたんでね」

「ほう」

 

 フレッドと呼ばれた店主が、顎をさすりながら俺を眺める。頭のてっぺんから爪先まで、品定めするような視線に、俺はたじろいだ。


「こいつはなかなかの素材じゃないか」

「だろう? パーティーは六日後、できるか?」

「あれから何十年たったか知らんが、相変わらず無茶をふっかけるのが好きだなトニオ?」

「だがお前さんは、その無茶をやり通してきた。だから今日はここへ来たのさ」

「調子のいい奴め」

 

 そう言いながらもフレッドさんは嬉しそうに、爺ちゃんの背中をバンバンと叩いた。


「そこまで言われちゃあ無理とはいえない。坊主、こっちに来な。採寸だ」


 俺は量販店でしか服を買ったことがない。勝手が分からないので、生地や装飾品選びは爺ちゃんに全て任せてしまった。


 メジャーを首からかけたおじさん達に採寸されている横で、爺ちゃんとフレッドさんは打ち合わせをしている。昔話に花でも咲いているのか、どこか楽しそうだ。


「爺ちゃん、安い生地でいいよ、安い生地で。一回しか着ないのに、もったいないから」

 

 前世では、どうせすぐ大きくなるんだからと、子供の頃はいつもぶかぶかの服を着ていた気がする。育ち盛りに採寸どおりの服なんて、もったいないと思うのが普通だと思うのだが、俺の言葉を聞いたフレッドさんは爆笑していた。

 爺ちゃんにはまたため息をつかせてしまった。


「カディナ、お前はそんなことを気にしなくていい……申し訳ないという気持ちがあるなら、問題を起こさず帰ってくることだ。まあ、貴族とのコネの一つでも作ってくれば合格点か」

 

 無茶を言わないでくれ。


 家に帰ると休む間もなくマナー口座の開講だった。

 具体的な所作の一つ一つはもとより、爺ちゃんは受け答えの際の心構えみたいなものまで語り始めてしまった。たった一週間では、そんなもの付け焼刃にしかならない。

 しかし、すでに多大な迷惑をかけてしまっている俺は、神妙な顔をして聞き入るしかなかった。

 

 挨拶の文言は爺ちゃんと婆ちゃんで考えてくれたが、その場のやりとりを全て用意していくわけにはいかない。

 自然体でも正しい言葉遣いができるよう、本番までの間、家にいる時はずっと敬語で話すことになった。所作も逐一チェックされ、おかしいところがあればその都度指摘された。

 おかげで、例えばお使いを頼まれたときに、近所の八百屋のおっちゃんにバカ丁寧な喋り方をして笑われたりした。


「なんでぇ、そのみょうちきりんな喋り方は」ってなもんである。

 

 そんなでも、本番で失礼を働くよりはマシだ。四五日もすれば俺も使い分けに慣れてきたし、間違いを指摘される回数も激減していた。


 演奏会の前日は、散髪に連れて行かれた。

 今日髪を切ってもらい、明日、演奏会へ行く直前にもう一度ここでセットしてもらう。

 前世では美容院苦手だったなぁ……美容師に話しかけられるのが嫌で仕方がなくて、スマホや雑誌とにらめっこしていた記憶しかない。

 そんな俺の心配をよそに、この美容室では気難しそうなおじさんが黙々と切ってくれた。どうやら職人気質な人のようだ、ありがたい。


 前世で死ぬ直前はもう鏡を見る気力もなかったし、おっさんになってから俺はほとんど鏡を見ていなかった。皺が増えたり、白髪が増えたり、禿げてきたりと見ても碌なことなかったからだ。

 別にイケメンでもないんだし、見苦しいものは視界に入れないに限ると思っていた。

 

 しかし今、会話もなく雑誌もない状態で鏡の前に座らされたら、直視せざるを得ない。

 朝の洗面でチラと見る以外ではほとんど容姿について気にしていなかったが、あらためて見ると俺、というかカディナは、目が覚めるような美少年だった。


「マジか」


 呆然とそう呟いているその顔はマヌケだったが、それを差し引いても、まるでハリウッドの子役のように気品と華やかさが両立した顔立ちだ。

 フレッドさんが「なかなかの素材」と太鼓判を押してくれたのも今なら理解できる。


 幸いというか、美少年になったからといって突然ファッションに目覚めたり、ナルシストになったりということはなかった。


 悲しい話だが、日陰の生き方が染み付いていたのもあるし、自分が美形であるという事実にまるで現実感がなかったというのもある。だから俺は相変わらず「よし、演奏会が終わったら、読みかけだった本を一気読みするぞ」とそんなことばっかり考えていた。


 そして演奏会当日。その日は、朝から大忙しだった。


 始まるのは昼過ぎだから、お昼少し前に美容院へ行けばいいや、くらいに考えていたら、早朝にたたき起こされて今までの作法のおさらいをさせられた。


 簡単な朝食を終えると、風呂に入れられ、全身をまるで拾ってきたばかりの野良犬か何かみたいにゴシゴシと洗われた。


 それが終われば今度は着替えだ。やれ着こなしがどうの、やれネクタイの太さがどうのと注意されながら何とか着替える。

 ダークブルーのスーツは生地がしっかりしていながら、体にすいつくようにぴったりとしたサイズ感だった。

 秋が終わり、冬の兆しが見え始めたこの季節、スーツだけでは寒いが、体は歩いているうちに温まってくるだろう。革靴を履いて外へ踏み出せば、嫌でも前世の記憶がよみがえってくる。


 ろくでもない思い出に浸っているうちに美容院に着いて、すぐにもう一度髪を洗われた。

 昨日も会った美容師のおじさんは、ジェムのドライヤーで乾かしながら手櫛で髪を整えてくれる。ギトギトした整髪料で撫で付けることはせず、かなり自然な仕上がりだ。最後に柑橘系の香りのする香料をつけておしまい。

 爺ちゃんは物足りなそうだったけど、俺はいい仕事だと思う。

 ヤンキーの子供みたいに凝った髪型にしたり、ごてごて飾り付けて格好つけるのは正直あまり好きじゃない。


 やっとこさ外見を取り繕って「どこに出しても恥ずかしくない」状態に完成した俺は、ぼろが出ないうちにとばかりにコンサートの会場へ送り出された。

 時間にはまだ少し早かったけれど、出席者の中でも一番身分が低いのだから、早く着いておいた方がいいのかもしれない。

会話文、詰めることにしました。投稿済みのものも順に修正していきます。

二転三転して申し訳ありません。

次回は、演奏会です。


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