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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
港町での生活
7/58

料理と魔術

「……ディナ! カディナ!」

 

 読書中に突然耳元で叫ばれて、俺は椅子から転げ落ちそうになるくらい驚いた。


「わあ」


 人間、あんまり驚くと大したリアクションは出来ない。


「わあ、ではありません! さっきからわたくしが何度も呼んでいるのに!」

「アリア? それにリリアも」

「ずっと前からいましたわ。それにしてもどれだけ本が好きなんですの? ちょっと度が過ぎましてよ」

「ごめん、考え事しながら読んでたんだ。二人はもう帰るの?」

「ええ、ご挨拶だけでもと思いまして。でもそんなに集中なさっていたなら、お邪魔だったかもしれませんね。ちょっとムキになってしまいました」

「いや、いいよ。僕も婆ちゃんの家事手伝わないといけないから」

「そう言っていただけると安心しますわ。さあ、リリア」

「ええ、カディナさん、ごきげんよう」

 

 リリアが頭を下げる。その手に握られていたのは、いつもの絵本じゃなくて、それより少し判型の小さいものだった。


「またね、リリア……その本、絵本じゃなくて小説?」

「は、はい。あの……まだちょっと難しいですけど、頑張ってみようかと」

「リリアは最近、急に勉強熱心になりましたものね? 誰の影響かしら?」

「ちょっとお姉さま! そんなことを言ったらお姉さまだって」

「ふふ、図書館内では静かに、よ。リリア」

「あ……申し訳ありません……」


 リリアが少しだけ不服そうに頬を膨らませるのが可愛い。二人とも姉妹だけあって仲がいいんだな。


「アリアは今どんな本を読んでるの?」

「わたくし? ええと……いえ、やっぱり教えません。カディナと同じくらい難しい本が読めるようになったら内容をしっかりと解説して差し上げますわ」

「へえ、そりゃあ楽しみだ」

「ええ、だから後にとっておいてくださいな」

「そうするよ、じゃあね」

 

 姉妹と手を振って別れる。最初はずいぶん刺々しかったのに、単純接触効果というやつか、最近はふつうに世間話するようになってしまった。

 まあ、睨まれるよりはずっといい。

 

 時計を見れば、婆ちゃんのレッスンまでもう何分もなかった。遅刻したらスパルタコースだ。

 うちの二人は時間に厳しい。それでも、領主の娘さんたちと世間話をしていたとなれば情状酌量の余地はあるかもしれない。


 図書館からの下り坂を、一息に駆け下りたおかげでレッスンにはギリギリ間に合い、お小言も貰わずに済んだ。

 婆ちゃんのレッスン、俺も一種類だけなら料理なら任せてもらえるようになっていた。

 スパゲティをシンプルなソースに絡めるだけのものだが、これ一つ教わるのもなかなか大変だった。

 

 婆ちゃん本人は、わりと目分量で塩を振ったりするのだが、俺が深く考えずに同じことをしようとすると、かなり本気で叱られた。

 理不尽な気もしたが、料理の手順や分量には、一つ一つに明確な理由があり、どれか一つおろそかにしても味が変わってしまう。そのことを説明されれば、俺は納得するしかなかった。


「今回のソースの材料は?」

 

 婆ちゃんに聞かれたので、俺は素直に答える。


「オリーブオイル、ニンニク、鷹の爪」

「そう、でも普段作ってるトマトや生クリームのソースに比べて、これだけだとちょっと味気ない気がしないかい? 具も少ないしね」

「うん、まあ、そう言われれば」

 

 煮え切らない俺の回答に、婆ちゃんは苦笑する。


「だろう? だから今回は茹でるときの塩の量を多めにするんだ。そうすれば麺に塩の味がつく。実際に食べて比べてみれば分かるけど、それだけで全然印象が違ってくるんだよ。

 それにしっかり計量すれば、毎回、大体同じ味に仕上がるだろう? これは凄く大事なことさ。自分のイメージどおりの味に仕上がれば、自信もつくしね。

 こうやって作業の意味を理解しないと、正しい調理はできない。正しい調理の積み重ねがないと、本当に美味しい料理は作れない。

 だからカディナ、面倒臭がって近道しようとしたって、それは逆効果ってものさ」

 

 婆ちゃんの話しを聞いていると、料理は愛情という言葉の意味がよく分かる気がした。

 愛情がなければ、料理の工程、その理由まで突き詰めて考え、それを実践するなんて面倒くさくて仕方ないだろう。

 こんなシンプルな料理ですら、ニンニクをみじん切りにするか、輪切りにするかで味が違い、茹で汁を加えるタイミング次第で水っぽくなってしまうのだ。

 

 俺はふと、『魔術史』の第一巻で読んだ音楽の話を思い出した。

 魔術的な魅力を持った音楽というのは、数学者たちが作った理論先行の曲ではなく、音楽に対して情熱をもち、情熱によって理論を操った音楽家たちの曲だった。

 

 そういう意味では、料理も魔術も同じようなものだ。

 技術や理論だけでは物足りなくて、情熱だけではどこか滑稽に見えてしまう。本当に優れたものを生み出したいのなら、その両方が要求されるのだ。

ブクマありがとうございます! 嬉しいです!

キリが悪かったので短く区切って二話同時に更新しました。次は姉妹からのお誘いです。

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