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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
魔術学院
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待ち合わせ

 昼過ぎにたどり着いた王都は、うだるような暑さだった。

 夏の日差しが容赦なく突き刺さり、石畳の路面は焼け石のように熱せられていた。

 駅の周辺には背の高いビルや商店が密集しているので、逃げ場を失った熱気は街路に淀んでいる。そこへきて息苦しくなりそうな人いきれだ。


 土地勘があるからとトリスさんに道案内を頼んだのだが、彼女はすでにグロッキー状態だった。

 さっきからしきりと汗を拭っては、「あつい……人がおおい……」と呟き続けている。


「たぶんもうすぐですよね? トリスさん、あとちょっと我慢してください」

「ええ、あそこの花屋さんを右に曲がったとこです……」


 ふらふらしているトリスさんの背中を押していく。彼女もさすがに今日はメイド服は着ていない。淡い青の半袖のワンピースと、頭にはつばの広い白い帽子をかぶっている。


 待ち合わせ場所は噴水のある広場だった。待ち合わせスポットは王都中に何箇所かあり、ここもその一つ。

 中央の噴水からは絶え間なく水が吹き上がり、昼の陽を受けてきらきらと輝く。散った飛沫が霧のように漂っているおかげか、広場ではいくらか暑さが和らぐように感じた。


 それにしても人の入りは大変なものだ。どうやって皆を探そうか思案していると、突然大きな声で名前を呼ばれた。


「カディナ!」


 やたらと元気なその声と、近づいてくる足音の落ち着きのなさで、振り向くまでもなく声の主が誰か分かった。


「ビスカ!」


 そう応えたときには、ビスカはすでに俺の目の前までせまっていた。挨拶する間もなく飛び込んできたその体を受け止める。


「いきなり飛びついてきたら危ないだろ?」


 注意したにも関わらず、ビスカは「えへへ」と悪びれる様子もない。満面の笑みだ。半年振りだがまるで変わった様子はなく、そういう意味では安心した。


「ちょっとビスカさん、しつけの悪い犬じゃないんですから一人で走っていかないでください!」


 アリアが辛辣なことを言いながら追いついてくるのが、ビスカの肩越しに見えた。意外なことにリリアも一緒だ。


「二人とも、久しぶり」


 ビスカを引き剥がしながら挨拶をすると、二人は行儀よく頭を下げた。


「ええ、お久しぶりです。カディナも元気そうで何より」

「お久しぶりです……あの、カディナさん……後ろの方は?」


 俺の背後ではトリスさんが呆然とした顔で立ちすくんでいた。何かもごもごと呟いていると思ったら、「かわいい子ばっか……うらやま……天国か……」と下らないことばかりでため息が出た。


「ええと……こちらは学院で僕のメイドさんをやってもらってるトリスさん。ほら、トリスさんもぶつぶつ言ってないで自己紹介してください」

「へっ!? ええと……あの、その……トリス=ネイロールでしゅ」

 

 噛んだ。トリスさんの顔がみるみる赤くなっていく。隠そうとしてガバと大袈裟に頭を下げるのだが、恥ずかしさに肩が震えているのが丸分かりだった。


「うん、よろしくね! トリスさん!」


 場の空気と言うものに頓着しないビスカが明るく返事をすると、リリアとアリアもホッとしたようにそれに続いた。


「あの……カディナさんのメイドさんということは、い、一緒に住んでるんですか? カディナさんは何でトリスさんを雇うことにしたんですか?」

「トリスさんには、僕が授業が出ている間に部屋の掃除をしてもらっているんだ。あとは放課後に魔術の練習に付き合ってもらったりとか。それと、彼女は正確には僕じゃなくて、エリグールの寮のメイドさん。平民の僕に気をつかって学院側が斡旋してくれたみたい」

「そうなんですか……でも、じゃあ何で今日は一緒に来たんですか?」


 リリアの追求が止まない。

 人見知りモードを発動したトリスさんは、うつむいたまま、さっきからチラチラと三人の様子をうかがっているが、まだ直視は出来ないようだ。ああ見えて意外と神経はずぶといから、そのうち慣れるとは思うけど。


「トリスさん、実家が王都にあるらしくて」


 俺の説明に、ビスカが喰いついた。


「へえ、メイドさんってことはトリスさんも平民なんだよね? 実家は何をやってるの?」

「うぅ……家業というほどのものはないんですが……父が亡くなったあとは、母親が作家の真似事をしていて……それで食いつないでいるというか……」

「そうなんですか!? 初耳ですよ」


 よく考えたら、トリスさんの家庭の事情はあまり聞いたことがなかった。父親が亡くなった後で家が没落したという話だったから、深くつっこむのもためらわれたのだが、初対面のビスカに話すということは、本人はそれほど気にしてはいないのかもしれない。


「それはそうですよ、カディナ君に話したら読みたいって言い出すに決まってますもん」

「ふふふ、カディナのそういうところはやっぱり変わってないんですね」


 アリアが口を押さえて笑うと、トリスさんも釣られたように口元をほころばせた。


「やっぱりずっと前からこうなんですか? 入学式の次の日、いきなり図書館に行くって言い出してびっくりしましたし、そこでサー先生に会った時も……」


 俺がサー先生の自伝を買ったときの話をトリスさんが語ると、それを聞いたリリアとアリア、それにビスカまでもがクスクスと笑った。まあ、共通の知人の話題ってのは鉄板なのかもしれないけどさ……なんだか釈然としなかった。

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