夏休みまで
アリアの手紙に返事をかえし、帰省の日程を決めた。
結果的にラッシュの時期から一週間くらいズレることになって都合がいい。
善は急げと外出届をだし、休日に駅まで汽車の席を予約しに行くことにした。
勝手が分からないのでトリスさんに付き添いを頼んだら、彼女はえらくショックを受けたようだった。
「ええ……カディナ君、実家帰っちゃうんですか?」
「そりゃまあ……トリスさんはどうするんですか?」
「生徒さんたちの休暇中は寮も暇なんですけどねぇ……どうしよう、実家に帰るのも、ここに残るのも気が進まないんですよね」
「いっそサルティに来ますか?」
「えっ!? いいんですか?」
「いや、冗談のつもりだったんですけど。マジですか……」
「あー、わたしも人見知りが激しいですが、話を聞いている限りカディナ君のお爺さんお婆さん優しそうですし」
優しいのは間違いない。家には空き部屋もあったから、トリスさんを泊めるのも多分問題はないだろう。ただあの二人、家事にはちょっとうるさいからなぁ……
だが逆に考えれば、怠けきったトリスさんに家事を叩き込むチャンスなのでは?
いやいや、せっかくの休暇にそんな過ごし方は可哀想か……
しばらく考え込んでいると、トリスさんが苦い笑みを浮かべた。
「あの、わたしもダメ元で言っただけなのでお気遣いなく」
「いえ、今決めました。トリスさんにもサルティまで来てもらいます。その代わりというか、汽車のチケット代も、向こうでの部屋と食事も用意しますから、向こうでもある程度僕の身の回りの世話をしてもらっていいですか?」
「そ、そんなことでいいんですか? ぜひ! ぜひ! やった!」
オデラさんから生活費として渡されたお金は、ほとんど手付かずのまま残っている。トリスさんの分のチケットを買ってもまだ七割がた残るのだから、まあいいだろう。
というわけで予定は決まった。爺ちゃん婆ちゃんにもスケジュールを伝え、一人知り合いを泊めてもいいかと聞いてみたら、すぐに承諾の返事が来た。
トリスさんの実家は王都らしく、剣術大会の一日だけはトリスさんも実家に帰ることになった。
ちなみに、カロは夏休みが始まると同時に帰省するらしい。家業の手伝いだそうだ。
マルカスは俺たちと同じく王都に寄ってからの帰省だが、彼は俺たちより先に王都入りするようだから、大会まで顔を合わせることはなさそうだ。
汽車の席を手配し終えると、あとは前世でいうところの中間テストを乗り越えるばかりだった。
座学はおおむね楽勝だと分かっていたので、直前の勉強は実技のみに絞った。
正直、実技はセンスがものを言う科目だから努力がどれほど実を結ぶかは神のみぞ知るといった感じだったが、トリスさんにも手伝ってもらって根気よく続けたかいもあって、徐々に魔法の発動は安定してきた。
それでも、実技の試験は合格ラインギリギリだったのだから、俺のセンスのなさには呆れるばかりだ。
内容は火球を生み出して、離れた場所にある的に当てるというだけのものだった。
他の生徒たちが楽々と合格していく中、俺の放った火の玉は酔っ払いみたいにふらふらと飛んで、的に当たると同時に炸裂した……と書けば聞こえはいいが、実際のところは力尽きるように消える間際、木製の的に燃えうつっただけだ。
とはいえ、何とか合格はもらえて補講はなしだ。少し前まではライター程度の火しか出せなかったことを思えば大した進歩だと思うことにしよう。
試験が終わればすぐに夏休みだ。
初日の朝から、学院の校門前には大量の馬車が列をなしていた。実家に帰るのか、それとも旅行にでも行くのか知らないが寮に残る生徒はごく少数のようだ。
カロとマルカスが同じ日に学院を出るというので、なんとなく見送りに出た。
「二人とも気をつけて」
「休みとは名ばかりで、実家でこき使われるんだから気が重いよ」
試験の後でその仕打ちなのだから、カロの心労は察してあまりある。
それに対してマルカスの方は余裕がありそうだ。
「ま、せいぜい頑張るんだな。地位ばかり気にして実のない貴族に比べれば、俺たちのように家業がある貴族の方がまだ未来があるんだからな」
「そりゃそうかもしれないけどさ……」
「まあまあ、せめて汽車ではゆっくり休んでよ」
「そうするつもりだよ。そのために人気のない朝一番の汽車を選んで個室を予約したんだから」
「カディナの出発は一週間後だったか、それでは王都でな。鍛錬は怠るなよ、大会でつまらん試合をしたら許さないからな」
「わかったよ、マルカスの方は無理をし過ぎないように気をつけなよ?」
「誰にものを言っているんだ。もう前のような失敗はしないさ」
「それを聞いて安心したよ。じゃあ、カロとは夏休みが終わったらだね」
「一ヶ月くらいか……ま、意外とあっという間かもな」
「そうだね……一ヶ月なんてすぐだよ」
それからの一週間、俺は部屋と図書館を往復しながら読書にいそしんだ。
寮もそうだが、図書館も利用者が少ないせいで、いつになく静かだった。他に人がいないからか、トリスさんも珍しく本を手にとって書見台で開いていた。何を読んでいるのかと気になって見てみれば、それはサルティの旅行案内だった。
そんなに楽しみにしているのなら、トリスさんが観光できる時間もつくろうと俺は心に決めたのだった。
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