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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
魔術学院
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大図書館の魔術書

 サー先生と別れた後は、トリスさんに館内をざっと案内してもらった。

 

 書架はたしかにとても広かったが、どのフロアも、本棚や閲覧席のレイアウトはシンプルなので迷う心配はなさそうだった。本の分類もサルティの図書館と変わらない。次からは一人で来ても問題はないだろう。

 

 本を借りるには名前と学籍番号があればいいらしい。

 図書館カードはなし。ナイフも使わないようだ。


 せっかくだから一冊借りて帰ろうかとも思ったが、さっき先生の自伝を買ってしまったので、まずはこれを読むことに決めた。学生の身分になった以上、サルティにいた頃と同じ感覚でいたら、間違いなく積ん読の沼にはまる。

 

 欲張って沢山借りてしまうと、図書館で借りた本から読むことになり、お金を払って買った本がどんどん後回しになっていく。しかも、返却期限ギリギリになって義務感で読むと、本の内容がなかなか頭に入ってこなかったり、ろくなことがない。

 そう、俺は前世ですでに学習済みなのだ。

 

 一通り見て回ると喉が渇いた。地下には談話室があって、そこでお茶が飲めるらしいので二人して向かう。

 四十人くらいが入れる談話室には、すでに先客がいた。上級生たちの授業も、もう終わったようだ。ノートや資料をつき合わせて真面目な顔で議論しているグレープもいれば、リラックスしてにこやかに会話を交わす友達同士もいる。

 

 席に座って待っていると、トリスさんが紅茶を運んでくれた。


「ご主人様、どうぞ」

「ありがとう、トリス」


 カップを受け取ると、トリスさんがグッと親指を立てた。外ではご主人様らしく振舞ったほうがいいと言われていたが、どうやらこれで正解らしい。


「それにしてもサー先生が自伝とは意外だったな。トリスも読んだんだろう? どうだった?」

「本人の生い立ちがメインで、魔術についてはほとんど書かれてないですけど、面白く読みましたよ。貴族なら共感できることも多いと思いますし」

「ああ、そういう感じなんだ。初版ははけたって言ってたから、それなりに売れたみたいだね」

「まあ、ああ見えてサー先生は最年少で宮廷魔術師まで登り詰めた規格外の天才ですからね。それまであまり自分について語らなかった彼が、自伝を出版するってことで当時はそれなりに話題になったんです」


 なるほど、それでサインがこなれていたのか。

 宮廷魔術師というのがどのレベルにあるのかは分からないが、名前からして王家に仕えていたのだろうし、だとすれば間違いなくトップレベルだったはずだ。それが、どういう曲折を経てエリグールの教師に納まったのかは……本を読めば分かるのかな?


 少し無駄話をしてから、帰ることになった。

 本を小脇に抱えて席を立ったとき、一つの疑問が浮かんだ。


「トリス、最後に一つ聞きたいんだけど」

「なんでしょう?」

「この図書館に魔術書って、一冊くらい置いてないのかな?」


 俺の質問に、トリスさんは虚をつかれたような顔をした。二秒くらい無言で見つめ合ってしまう。


「やっぱり、魔術書なんてそうそう置いてないか……」

「いえいえ、ありますよ、魔術書。一番大事なものなのに、案内し忘れていました。申し訳ありません……」


 

 それは入り口から入ってすぐの場所にあった。

 司書その他のスタッフが詰めている円形のカウンターの一部がせり出して台座になっている。その上は、美術館で展示品を飾るようなガラスケースで覆われていた。

 中に入っていたのは、革に似た材質で装丁された黒い表紙の本だ。大きな文字らしきものが白く刻印されているが、読めない。俺の知らない国か、時代の文字のようだった。


「手をかざしてみてください」


 言われたとおりにすると、俺の手に呼応するかのように、魔術書が自ずからページを開いた。


「すごい、ジェムもないのに」

「この本はジェムが発明されるずっと前の時代に発明されたものみたいです」


 手をかざして発動するのはジェムと一緒だ。だが、この本には魔力を備蓄しておく部分が見当たらない。

 考えられるのは、空気中から魔力を取り出している可能性だが……ページはどれも空白で、複雑な術式が書かれている様子はない。


「この本って、とてつもないオーバーテクノロジーなんじゃない?」

「そうですよ? 今まで幾人もの魔術師たちが解析を試みてきましたが、成功した人はいません。製作者も不明。製本の技術からも、また発見されたときの保存状態の良さからも、製作されたのはここ数百年内だとされていますね」

「そんなに最近なら、これだけのものを作った人の名前が残らないなんてありえるのかな?」

「そうなんですよねぇ、でも見つかってないものは見つかってないんですよ。もともと魔術師たちには自分の研究成果を秘匿する傾向がありましたからね。魔術師狩り以降も、秘密主義をつらぬく人たちは少なくなかったでしょう。例えばその中に不世出の魔術師がいたのかもしれません」


 そして誰にも知られぬまま、その彼だか彼女だかは成果だけを残してこの世を去った。

 まあ、それはいいとして、これだけの魔術書がどうして図書館の誰でも扱える場所に置いてあるのだろう?


 パラパラと捲られてたいたページが止まり、真っ白なページに文字が浮かび上がる。


――何をお探しかな?――


「これは?」

「それがこの魔術書が図書館に展示されている理由です。この子には、この図書館内にあるすべての本のタイトルと内容が記憶されているんです」


――現在 総蔵書数は 三万五千二百二十七冊 すごい でしょう えっへん――


「僕らの話していることを理解してる!?」

「全部じゃないようですけどね。本に関することなら、大体理解してくれますし、答えてくれますよ」


 やっていることは検索機だな……いや、この世界の感覚なら検索機も驚くべき技術ではあるのか。三万五千冊の内容を記憶する容量も、簡単な音声認識も前世ではありふれたものだった。

 だが、この魔術書はその名のとおり魔術の力でそれを成し遂げているのだ。


「盗まれる心配はないの?」

「ここ以外ではあまり役に立ちそうもない機能ですからね……一応、特注の防護ケースらしいですいし、衆人環視の環境なんで問題ないんじゃないですか?」


 緩いなあ。確かに、現在の技術でこの魔術書を解析できる可能性はそう高くない上、その機能も限定的となれば盗もうとする輩はそういないだろうけど。


 俺は魔術書に「ごめん、今は探している本はないんだ」そう声をかけると、トリスさんを促して寮へ戻ることにした。去り際に振り返ってみると、文字が浮かび上がっていた。ご丁寧に絵文字みたいなものまで付いている。


――じゃあな また 来いよ ノシ――

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