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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
魔術学院
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魔術学院の大図書館

 寮の部屋に戻ると、トリスさんはクッキーをつまみながら紅茶を飲んでいた。

 

「戻りました」

「はい、おかえりなさい。カディナ君も飲みますか?」

「結構です。それより、トリスさんは図書館はよく利用しますか?」

「ええと……在学中は入り浸ってましたね。さすがにメイドとして働くようになってからは行ってませんけど」

「なら、図書館を軽く案内してくれませんか?」


 教科書の入った鞄をベッドの上に置き、トリスさんの手をとった。


「わ、ちょ! そんなに急がなくてもいいじゃないですかぁ」


 図書館の位置はすでに頭に入っている。迷うことはないはずだ。

 一分一秒も無駄にしたくない。全力疾走で行こうしたが、それはさすがに止められてしまった。

 寮のエントランスでお小言をもらう。


「うん、ご主人様が本のことになると、おかしくなってしまうのは理解しました。ですが、まずは落ち着きましょう。図書館は逃げません」

「はい……すみません。でも、時間を無駄にはできませんから、常識的な範囲で可及的速やかに移動しましょう」

「はいはい、手をつないでくださいね。わたしの歩く速度に合わせるんですよ~」


 子供に言い聞かせるような口調が気になったが、今回は自分が悪いという自覚もあったから黙って従うことにした。

 

 少し歩いて冷静さを取り戻すと、メイドさんに手を引かれて歩くのは、ちょっと気恥ずかしかった。ただ、それと同時に不思議ななつかしさも感じた。前世でも、小さな頃は、よくこんな風に誰かと手をつないで歩いていた気がする。


 五分ほどで図書館についた。

 本校舎ほどではないにしろ、こちらもなかなか古い建物だ。柱や外壁からは装飾が廃され、その外観はほとんど直線と平面で構成されている。図書館というより、パッと見は堅牢な城砦のようだ。


 木製の門をくぐって中へ入ると、すぐ正面に円形のカウンターがあった。通り過ぎて先へ進めば、両脇には恐ろしく背の高い本棚がフロアの奥へ向かってずらりと並んでいた。

 三メートル以上あるだろうか? 一番上の棚は大人が手を伸ばしても届かないので、本棚には梯子が立てかけられている。


 左右の本棚の間には、書見台や閲覧席が設けられていた。図書館は三階建て、フロアの中央部分は吹き抜けになっているので、閲覧席から見上げれば二階と三階にも同じように棚が並んでいるのが見て取れる。

 アーチ型の天井は頭上はるか遠い。物言わぬ無数の書棚と、そこに収められた背表紙たちが、高みからこちらを見下ろしていた。


「すごい……」

「わたしも、初めてここに来たときは似たようなリアクションでしたね」


 呆然としていると、ふいに聞き覚えのある声に話しかけられた。


「おや、君はカディナ=モーリアくんではないですか」


 声のした方を見れば、そこにいたのは担任のサー先生だった。


「先生、こんにちは」

「はい、こんにちは……一緒にいるのは、もしかしてトリス=ネイロールさんですか?」

「ご無沙汰してます……」

 

 そういえば彼女もここの卒業生だっけ。トリスさんは短く頭を下げると、俺の背中に隠れるように一歩移動した。まあ、家が没落して仕方なくここでメイドをやっているって話しだったし、昔の知り合いにはあまり会いたくないだろう。


「いえいえ、私こそ、あなたが寮で働いているという話は小耳に挟んでいたのですが、授業が忙しくてご挨拶もできませんでした。ところで、カディナくんは何か本をお探しですか?」

「いや、それが……」


 特に決まった本を探しているわけではないと言うと、サー先生は深く深く頷いた。心なしか笑みが深くなったような気がする。


「ご主人様、そろそろ行きましょうか」


 トリスさんが俺の手を握った。なぜか、こちらはとても嫌そうな顔をしている。だが、先生の方はトリスさんのそんな表情を意にも介さない。


「いやあ、それは何というグッドタイミングでしょう! 実は新入生の君におススメの一冊があるのですが、興味はおありで?」

「ええ、もちろん。そんなにいい本なんですか?」


 基本的に自分で読む本は自分で決めた方がいい、というのが俺の持論だ。だが、先生にそこまで言われてしまえば、当然、どんな本なのかは気になった。


「素晴らしい本ですとも! 文章は簡潔にして、内容は充実! そして何よりお手ごろ価格!」

「え、買わないとダメなんですか? この図書館で借りれないんですか?」

「いや、蔵書しておりますとも。ですが、貸し出し期間の二週間では、この本を味わいつくすにはとても足りないかと」

「へえ、そんなに凄いんですか」


 サー先生は懐から分厚いペーパーバックを取り出して、俺の目の前に差し出した。

 条件反射的に受け取って、タイトルをあらためれば――


『サー・ヴィダル自叙伝』


 自分で書いた本だった。自伝……


「先生、それまだ売れ残ってたんですね」


 トリスさんのうんざりしたような声。だが、サー先生の笑顔は崩れなかった。


「ははは、初版が調子よく完売して図に乗ってしまったんですね。増刷をかけたら、これが見事にそっぽを向かれてしまいまして。実はトリスさんにも一冊ご購入いただいてます。どうでしょう? 通常十五シリカのところ、今なら半額以下の七シリカで結構ですので……」

「ください」

「えっ!? ご主人様、いいんですか?」


 一シリカがおおよそ前世での百円くらい。七百円ならそう高い買い物じゃないし、内容にも興味がないわけじゃない。そして何より、俺は半額という言葉にとても弱い。

 前世で大量にポチッた電子書籍、結局ぜんぶは読めなかったな……


「ありがとうございます! よければサインも入れますが?」

「じゃあ、お願いします。今は持ち合わせがないので、代金は明日でもいいですか?」

「もちろんですとも、本は今お渡ししますね。さらさらさらっと……」


 慣れた手つきで筆を走らせると、先生は俺に本を手渡して去っていった。彼は一体なんのために図書館にいたんだろうと思ったが、深くは追求しないことにした。


 表紙をめくれば、一ページ目に達筆なサインが入れられていた。


――サー・ヴィダル―― カディナ君へ


 これよく見るとサー先生、めっちゃサインの練習してるな……そのことに気付いて、俺は何とも言えない気分になった。

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