初日の授業(3)
昼食は校舎にある学食でとることになっている。
寮の食堂とは違って、ここは全校生徒が同じタイミングで利用するので、とにかく広い。
調理場と直結したカウンターの奥では、料理がつぎつぎに皿へよそわれている。それを受け取る生徒たちも長蛇の列だ。
二種類あるメニューから一つ選んで受け取ると、三人で席についた。
入学式の後のバールとジャンみたいに、難癖をつけてくる上級生がいないかと警戒していたが、誰も俺の方を見ていないようだったのでホッとした。
少し離れた場所に人だかりができていて、よく見ればロレッタ様が他の学年やクラスの生徒たちに囲まれて迷惑そうな顔をしていた。王族とのコネをつくっておこうと考える貴族たちが、蜜に集まる昆虫のように群がっている。
寮は男女別、授業はクラス別だから、確かに他の学年やクラスの生徒がロレッタ様と同じ空間にいられるのはこの昼休みだけだ。だからこそ彼らも目の色を変えて距離を縮めようとする。
とはいえ、初対面の人間からあんなふうに詰め寄られていい気分になる人間はいない。
やがて、教師達がやってきて場を収拾することになった。
ロレッタ様はきっと次からは別の場所で食事をとるか、従者を連れてくるようになるだろう。
昼休みが終わると、最後の授業は魔術理論だった。講師は、担任のサー先生だ。
「さてさて、皆さん今日は一日どうでしたか? 初日でお疲れの人もいるとは思いますが、これで最後の授業ですから頑張りましょうね」
相変わらずのゆるい空気感のまま、サー先生は授業を始める。
「説明するまでもないとは思いますが、この魔術理論の授業は、魔術の実践の授業と相補う内容となっています。どれだけ理論を学んでみても、実際にそれを行使するには感覚をつかむ必要がありますし、逆にある程度の魔法を使えるとしても、その論理を体系化、言語化しておかなければ安定した発動はのぞめません。
とは言いつつも、理論に関してはまだまだ未完成な部分も多いのが現状です。何しろ、魔術の理論化はまだまだその戸口に立ったばかりといったところでして……恥ずかしながら、魔術理論の発展、そして完成はおそらく今ここにいらっしゃる皆さんの世代への課題となりそうです。
しかしまあ、恥ずかしがってもいられませんので、まずは皆さんに現状の最前線のところまで来ていただこうというのが、この授業の趣旨ですね。では、教科書の五ページを開いてください」
授業の内容は、魔術史ともリンクするものだった。理論、実践、歴史、どれも同じ魔術を別の観点からとらえたものなのだから当然といえば当然だ。
授業を聞いていると、サー先生の問題意識のありかが明白になってきた。
「ジェムに刻まれるようなシンプルな術式では、その効果には限界があります。より強力な魔法を使いたいのであれば、術式を複雑化し、さらには呪文などとも組み合わせる必要がありますね。
ところが、この呪文というやつもまた厄介でして……知っている方もいらっしゃるかもしれませんが、呪文には数え切れないほど沢山の種類があるのです。一応、より多くの人が、より安定して発動できるような呪文というのもあるにはありますが……」
サー先生は腕を前に伸ばし「炎よ、燃えよ」と静かに唱えた。すると手品のようにその手の中に火の玉が生まれ、音もなく渦を巻いた。
先生をそれを握りつぶすようにして消すと、話を続ける。
「まあ、こういったものです。理解いただけたかと思いますが、分かりやすくシンプルな術式は、安定していますが効果が薄い。それに対して、複雑な術式は効果量が高い。いや、それだけならいいのですが、術式は複雑化するに従って、術者の感性や好みといったものに左右されやすくなってしまうのです。
これでは優れた技術を後続に残すことが出来ない。どれだけ優れた魔術師を輩出したとしても、一世一代で終わってしまっては人類としての進歩にはなり得ません」
時間が来て、そこで授業は終わってしまった。
シンプルな術式と、複雑な術式、それらを橋渡しできるような理論がどこかにあるとサー先生は考えているはずだ。
もしそんなものがあるとすれば、例えばそれは芸術ということにならないだろうか、と俺は考えてみた。
まだ術式というものが生まれる前の、太古の昔、魔術の萌芽は音楽の中にあった。そう、『魔術史』に書かれていたはずだ。芸術もまた個人の好みや、時代の流行といった不安定な要素に左右されるが、古典が現代でも評価されるように、そこには一定のパターンがあってもおかしくはない。
とはいえ、複雑化した術式が芸術に近づいていくとするならば、それをどこまで定式化できるかは全く分からない。ハリウッドの脚本みたいに、統計をもとに呪文や魔法陣を製作する、なんてことができるはずもないのだから。
しかし漠然とした物思いは早々に切り上げることにした。何しろ、このあとはお待ちかねの図書館へ行くのだ。答えの出ない問題について考えている暇はなかった。
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