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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
魔術学院
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初日の授業(2)

「はじめっ!」


 先生の合図と同時に、マルカスが猛然と突進してきた。

 俺は牽制での足止めは考えず、相手の攻撃を受けきることだけに集中する。


 マルカスが競技用の剣を振りかぶる――まっすぐな上段からの振り下ろし。フェイントも何もあったもんじゃないが、それだけにスピードが乗っている。


「ぐっ!」


 なんとかガードが間に合ったけれど、思わずうめき声が漏れた。剣を斜めにして軸をずらしたにも関わらず、柄を握った手が痺れている。

 渾身の一撃を受けきったにも関わらず、嬉しいという気持ちはまるで湧いてこなかった。

 今回はかろうじて受けきれた。だが、フェイントや、連撃を織り交ぜられれば後手に回るしかないのは明らかだ。


「今のを受け流すか……面白い」

 

 マルカスが白い歯を見せる。実力の差はお互い承知の上だ。

 だからこそ、その見積もりをずらす方法を考え出せれば……


 俺がしてきた剣の練習は、そのほとんどが攻撃に関するものだった。防戦一方では先がない。体格差から、リーチではマルカスに分があるので、リスクを承知で相手の懐に入る必要がある。


 マルカスが構え、踏み込んできた。今度は俺も迎え撃つ。

 お互いの距離が一呼吸のうちに縮まっていく。


 向こうの間合いに入った瞬間、マルカスは今度は剣を横に薙いだ。速度も威力も十分。だが、おそらくこれはフェイントだ。初手のバカ正直な振り下ろしは、このための布石だったに違いない。

 

 その読みと心中しようと、覚悟を決めた。

 恐怖心を抑え込み、防御も回避も一切を捨てて突っ込む。マルカスの表情に一瞬、驚愕の色が走った。剣速が鈍る。やはり、読みは当たった。


 一歩踏み込めば、そこは俺の間合いだ。狙うのは手、剣道でいえば籠手。俺の剣はあまり威力がないが、その代わり、正確さはだけには自信がある。マルカスの手から、剣を落としてしまえばそれで俺の勝ちが決まる。


 心理的にも、距離的にも明らかに俺が有利だった。だが、俺がほとんど確信をもって放った一撃はむなしく空を切った。

 そして次の瞬間、凄まじい音を立てて競技用の剣が俺の顔にせまり、頬に触れる直前で止まった。


「勝負あり!」


 先生の声が道場に響く――負けたのか……いや、当然の結果か。

 

 この組み手で授業は終わりらしかった。先生が解散を指示するなり、マルカスがすごい剣幕で詰め寄ってきた。


「おい! お前、何を考えているんだ!? 俺の斬撃を避けようともしないなんて」

「いや、フェントだと読んでたから、それに従っただけだよ。技術で勝てないなら、駆け引きで勝つしかない」

「バッ……バカなのか? お前はバカなのか? それで怪我でもしたらどうするつもりだったんだ!?」

「抗ってみせろって言ったのも、怪我をしないよう気をつけるって言ったのも君だよ、マルカス」


 俺がそう言って笑いかけると、マルカスはありえないものを見るような目で俺を見た。


「……なるほど、なるほどな。ははは! カディナ、お前は最高のバカだが、そのクソ根性だけは認めておこう。だが、そんな博打みたいな戦い方に先はないぞ」

「理解してる。ただ一発勝負だし、僕が君に勝ったら面白いかなって思ったんだ」

「ふん、それこそ笑えない冗談だ」


 カロが心配そうに近づいてきたので、腕を回して大丈夫だということを教えてやった。二人で一しきり笑ってから立ち去ろうとすると、マルカスが何かを思い出したように声を掛けてきた。


「ああ、そうだ」

「何?」

「最後の一撃、俺の手を狙ったんだろう? その正確さは素晴らしかった。だが、あまりにも正確すぎて、そっちの狙いがバレバレだったぞ」


 なるほど、それは盲点だった。それじゃあ俺は、手札を見せながらポーカーをやっているようなものだったのか。自分のうかつさに呆れて頭を振れば、マルカスはいい気味だとばかりに笑った。


「はっ、せいぜい反省するんだな。一瞬でも俺をひやりとさせた罰だ」

「え? ひやりとしたんだ」


 マルカスはハッと自分の口を手で塞ぐ。


「カロ、僕、マルカスをひやりとさせたみたいだよ」

「へえ、あのマルカスをねえ。余裕に見えて意外と綱渡りの勝負だったんだな」

「違う! どう見ても俺の圧勝だったろう。焦ったのは、ほんの一瞬! 一瞬だけだ。それもカディナのバカさ加減に虚をつかれた……ああ、いや、呆れただけの話だ!」

「じゃあ、そういうことにしておこうか、カロ」

「そうだな、あのマルカスがカディナに冷や汗かかされたなんて、認めたくない気持ちもよくわかるよ」


 道場に残っている生徒はもうほとんどいない。

 俺とカロが剣を片付けて道場を出ようとすると、マルカスも後を追ってくる。


「お前ら……いや、待て! 俺の話はまだ終わっていないぞ!」

「マルカス、もう昼休みだし、話の続きは食堂で聞くよ。一緒にお昼を食べよう」 


 俺の言葉に、カロも同意するように頷いてくれた。マルカスは、今度こそ本当に虚をつかれたようだった。だが、さすがにすぐに我に返ると、お得意の余裕ありげな笑顔を見せた。


「ふっ、なんだ、俺と一緒に食事をとりたかったのなら最初からそう言えばいいじゃないか、回りくどい奴らだ」 

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