学院長室での話
「どうしてこうなった」
さっきから、そのセリフが俺の頭の中でリフレインしていた。
右にはバール、左にはジャン、二人は俺を両脇からきっちりと挟みこんでいる。別に逃げるつもりは毛頭ないのだから、出来ればもうちょっと離れて歩いてほしかった。
息苦しくなりそうな沈黙の中、二階へ降りる。
学院長室は、職員室の横にあった。職員室の簡素な引き戸の出入り口とは対照的に、学院長室の扉は重厚な木製のドアだった。前に立つと、バールとジャンが息を呑んだ。その気持ちは分かる。偉い人の部屋というは、いつ来てもあまり気持ちのいいもんじゃない。
いつまで経っても二人がノックもしないので、俺も同様にボーっと立ち尽くしていたら、なぜか二人から睨まれた。なぜお前らの我がままに付き合わされた挙句、俺が先陣を切らないといけないのか……だが、甘やかされた貴族の子どもにそんな理屈は通じない。
仕方なく、俺はノックをして名乗った。
「新入生、一組のカディナ=モーリアです。ご質問があって参りました」
さらにバールとジャンが俺の後に続いて名乗ると、中からは入学式で聞いたのと同じ、低く力強い声が返ってきた。
「どうぞ、入りたまえ」
「失礼します」
ドアが重いので、肩で押すようにして中に入る。
内装はシンプルだったが、机にしろ、その下に敷いてある絨毯にしろ、調度はどれも品があった。
机の向こうからは、学院長が、俺たちをもの珍しそうに見つめている。意外にも、歓迎されているようだ。少なくとも、邪魔者扱いはされていないらしい。
「質問というのは、他でもありません」
学院長の好意的な態度に背中を押されて、バールが話し始めた。
「ここにいるカディナ=モーリアのような者が、なぜ私たち貴族を差し置いて、一組に籍を置いているのかということです。確かに、エリグール魔術学院は実力主義の学校だと聞いています。身分は関係ないのかもしれません。けれど、聞けばこの男は、実技の点では全くの素人だというではないですか、それでは納得がいきません」
「なるほど、そのことか……バール君に、ジャン君といったね? それにカディナ君。君たちを歓迎しよう、よく来てくれた。これからも、与えられたものをただ受け取るのではなく、常に疑問を持ち、それを解明しようと行動することを忘れないように。君たちの疑問には、喜んで答えよう。
まず第一に、確かに当学院は実力主義を標榜しているが、その実力の中には、実技だけではなく、知識も含まれる。
そして次に、その実力も、ただ現在の出来不出来だけで決定しているわけではない。まずはここを了解して欲しい」
「今の実力だけで判断されないというのは、どういうことでしょう?」
ジャンの挑むようなその問いかけを、学院長は笑って受け止めた。
「例えば、君たちは今現在、一流と呼ばれる魔術師たちと比べて、自分が劣っているという自覚があるかね?」
「それは、まあ……大人と比べれば、私たちはまだまだでしょう」
「残念ながら、今はそういわざるを得ないね。だが、君たちの中には、彼らにはない大きな可能性が眠っている。そうではないかね? 物怖じしない深い探究心や、未だ花開いていない才能……エリグールにとって本当に重要なのは、短期的な実力ではなく、そういうった可能性なのだよ」
「では……では、私やジャンよりも、彼……カディナの方が可能性に溢れているというのですか?」
「そう判断した。だが、そう言っても君たち二人は納得しないだろうから、もしよければ試験をしないか? 合格すれば、君たちは晴れて一組入りだ。そして、不合格なら、残念ながら二組ということになる。もちろん、カディナ君も例外ではないよ?」
バールとジャンは、半ば傷つき、半ば期待に満ちた表情になっていた。
誰だって、ほかの人間よりも可能性がないと言われれば傷つくものだ。ただ、それを面と向かって伝えてしまうのが、学院長の、ひいてはエリグールの厳しさなのだろう。
しかし、それと同時に、二人は、もしかしたら一組に編入されるかもしれないという事実に興奮してもいるようだった。自分の実力に自信があるからだろう、その瞳はらんらんと輝いているように見えた。
『よろしくお願いします!』
勢い込んで頭を下げる二人に、学院長はいかにも嬉しそうに頷いて見せた。
「カディナ君も、それでいいかね?」
「はい」
俺としては、ただ肩をすくめるしかなかった。カロッサやマルカスと別のクラスになるのは、少し寂しいけれど、身を斬るような悲しみという程じゃない。
「よし、ではさっそく問題だ。魔力の本質とは何かね?」
『……え?』
よほど予想外の問題だったらしい。バールとジャンは、驚愕で口が半開きになっていた。
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