クラスメイトたち
教室は、緩くカーブした長い半円形の机が、教壇を取り囲むように配置された、前世の大学に近いスタイルだった。後ろの席が高くなるように、段差がつけられている。
席順のようなものは決まっていないようだったので、俺とカロは前の方に並んで座った。
俺が学生の頃は、小中高と一クラスは三十人くらいだったから、広い教室に二十人だと、ちょっと物足りないというか、寂しい感じがしてしまう。
とはいえ、それよりも違和感を感じたのは、奇声を上げるような子供が一人もいなかったことだ。
生徒達は、ほとんどが初対面だから、必然的に会話は探り探りの控えめなものになるのだろうが、だとしても、全員がきちんと節度を守っているのは、さすがにエリート校といった感じだ。
俺の通っていた公立の小学校の教室なんて、動物園の猿の檻と大差はなかった。休み時間中は、キャーキャーキーキーと、耳が痛くなるくらい五月蝿かった。
「ぼくは西のオルオーツ領から来たんだけど、カディナは?」
「南にあるサルティから」
「行ったことはないけど、オデラ=セルティアはかなり有能な領主だって評判だね」
「うん、僕はそのオデラさんから推薦されて、ここに通えるようになったんだ」
「領主とつながりがあるってことは、すでに魔術の研究で成果を出してるとか?」
領主と知り合いってだけで、そこまで期待されてしまうのか……俺は、手を振ってそれを否定した。
「いや、全然。オデラさんの子供は姉妹なんだけど、彼女たちは普通に平民とも話すんだよ。それで二人と仲良くなって、そこからオデラさんと話す機会もできたんだ。コネみたいなものだから、正直、ここで上手くやっていけるかは、かなり不安だよ」
「でも、エリグールはコネだけで受かる学校じゃないよ。それにここは一組、成績上位者のクラスだ」
クラスが分かれている以上、そこに意味はあるだろうと思ってはいたけれど、成績によって分かれていて、しかも一組が上位のクラスだとは知らなかった。
「そんなこと、どこに書いてあった?」
「書いてなくても分かるさ、だって同じ教室にロレッタ様がいる」
「ロレッタ様?」
「おいおい、冗談だろう? この国に住んでいて、彼女の存在を知らないなんて」
カロが視線を走らせた先には、近寄りがたいオーラを放つ銀髪の少女がいた。
誰とも話さず、無表情のまま虚空に視線を投げかけている。ツインテールに編まれた長い髪すら、そよとも揺らがないので、まるで人形のようだ。
「有名人なの?」
囁くように尋ねると、カロもまた俺の耳に口を寄せて、内緒話のトーンで答えてくれた。
「王族だ。王位継承権は十二位、上位陣がどろどろの争いの末に同士討ちしたとしても、彼女に順番が回ってくる可能性は低いね。でも魔術の才能は、王族の中でも飛びぬけていて、神童って呼ばれている」
「そんなに凄い子と一緒なのか。僕、大丈夫だろうか……」
「そんなこと言ったって、カディナだって入学試験を受けたんだろう?」
「試験といっても、論文だけど」
「ああ、君も論文なの」
「カロも? というか、論文以外の試験もあるってこと?」
「ああ、実技試験ってのもある。世の中には、魔術の理論も仕組みも碌に知らないくせに魔法が使えてしまう、天才って人種もいるんだよ」
カロが、やれやれと言った風にかぶりを振る。出来るならば、そんな人種の存在は認めたくないって感じだ。気持ちは分からんでもないな、と共感していると、背後から自信に満ちた声が、俺達の会話に割り込んできた。
「それは、例えば俺のことだな」
振り向けば、後ろの席には腕を組み、上半身をのけぞらせてこちらを見る、いかにも偉そうな少年がいた。真ん中分けにした金髪をサッとかき上げて、ニッと笑えば、口元から覗いた歯が白く光った。
「俺は、マルカス=コールデュロイ。同じクラスに編入されたよしみだ、よろしく頼む」
「ああ、よろしく。ぼくはカロッサ=トライダード。カロって呼んで欲しい」
「カディナ=モーリアです。よろしくお願いします」
カロは貴族の社交で、こういった高慢な相手には慣れているようだ。気後れもなく、マルカスと握手を交わしている。
「コールデュロイといえば、名門の軍人家系だね」
「まあ、知っているか。トライダード家は商家から政略結婚で成り上がったんだったな。広い人脈を駆使して、流通網と情報網を牛耳ってるって話だ」
「いやいや、そんな立派なものじゃないって」
「俺は、立派だ、などと一言も言ってはいない。確かにトライダードが成り上がった、その手腕には見るべきものがあったのだろうが、それは才能のない者のあがきだ。俺はその手の、折衝や根回しは好かん」
「はは、耳が痛いね」
カロは気を悪くした様子もなく、苦笑する。
「で、お前は? モーリアという家名は聞いたことがない」
「あの……平民です……」
「ああ、有力な貴族の推薦を受けて来たわけか。だが、別に恥じることはないだろう。力ある者の庇護に頼るのは、力のない者の知恵だ。せいぜい、俺たち貴族の気に入るように振舞うんだな」
「まあ、気をつけます」
どう反応していいのか分からない。
「ところで、さっきの口ぶりからすると、マルカスは実技試験だったんだよね?」
場の空気をどうにかしようと、カロが話題を転じてくれた。
「その通りだ。俺の場合は、試験は軍の演習場でやったんだ。演習場といえば聞こえはいいが、実のところ、ただの広い野原だ。そこで俺の超広範囲火炎魔法を見せてやったら、試験官のやつらは顎を外しそうなほど驚いていたな」
「その火炎魔法ってどんなものなんですか?」
「数十メートル四方を火炎の渦ですっぽり包み込んでしまう、攻撃魔法の中でも最大クラスのものさ」
「すごい……」
一瞬で消えてしまう火の玉しか出せなかった俺とは、比べ物にならない。
「ふん、当たり前だ。今はまだ、ジェムの魔力を少し借りなければ発動できないが、いずれは一人で使えるようになってみせる」
「その術式って見せてもらうことはできませんか?」
「おい、カディナ……」
カロが俺の腕をつかむが、気になるものは気になる。
俺は今まで、ジェムとアリアのピアノを除けば、目の前で魔法を見たことがない。それほど強力な魔法の術式があるなら、是非、見てみたかった。
幸い、マルカスは特に気にしてはいないようだった。
「わはは、憧れ、近づきたいと思う気持ちは分からんでもないが、さすがにそれは無理だな。あの術式はうちの家系に代々伝わってきたもので、おいそれと他人に見せるものではない。それに、そのあまりの威力ゆえに、使う場所は限られている。学校へは、そもそも持ってきてすらいないんだ」
「そうなんですか、残念だ……」
「……お前、カディナとか言ったか。俺の魔法に興味を持つとは、平民にしては見所がある。学院生活で困ったことがあれば、何でも俺に頼るがいい。平民を助けるのは、貴族の務めだからな」
「名門コールデュロイ家の人にそう言ってもらえると、心強い。何かあれば、お願いします」
「物の分かった奴だ、気に入ったぞ。おう! 任せておけ」
マルカスは、頼られるのが嬉しいらしい。言葉は高圧的だが、それも家族の影響なのだろう。正義感は強いみたいだから、もし平民いじめみたいなものにあったら、きっちり頼ろう。
こいつ、ちょろいなと内心ほくそ笑んでいることは、カロにはきっちり見抜かれていたようだ。
「あんまり、おちょくってやるなよ? 純粋な奴みたいだから」
「カロ、はっきり言っておくけど、僕は長いものには巻かれるタイプだ」
そして、利用できるものは何でも利用するタイプだ。
「まったく……カディナも意外といい性格してるよな。ぼくの学院生活も楽しくなりそうだ……」
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