入学式と、クラス分け
入学式の会場になる講堂では、すでに在校生たちが席について、俺たち新入生を待っていた。
入学式という言葉から、体育館のようなものを想像していた俺は、二階席のある劇場のような講堂に驚かされた。
新入生は、在校生たちの後方に、入ってきた順に席につく。
さすがに気になるのか、上級生のうち数人が時折、短くこちらを振り返る。興味があるのは俺たちも同じだから、その数人とは頻繁に目が合って、ちょっと気まずい笑みを交わしたりもした。
後ろの二階席には、保護者達が詰めかけていて、まだ不安を拭いきれない新入生は、前に座っている先輩達よりも、そっちが気になるようだった。
俺も一瞬だけ、お嬢様の姿を探したけれど、さすがに見つからない。
全校生徒が席につき、浮ついた雰囲気が徐々に収まってくると、それを見計らったように教師が舞台に立ち、入学式は始まった。
内容については言うべきことも、あまりなかった。異世界でも、堅苦しい儀式というのは大体一緒のようだ。お偉いさんの挨拶があり、祝辞があり、生徒たちは号令に従って、起立と着席を繰り返す。長い、退屈な時間は、学院長のお話で締めくくられた。
学院長はすでに六十は過ぎているであろう、おじいさんだったが、まだまだ矍鑠としていた。ジェムによって増幅されたその声は、低く、力強い。
「このエリグール魔術学院の校舎は、ご承知の通り、今からおおよそ六百年ほど前の建築です。カルネット教の聖堂として使われていたもので、魔術師狩りの中心地でもありました。
当時は、ちょうど中庭のある辺りで、捕らえられた多くの魔術師たちが処刑されました。
それと同時に、聖堂内では奇跡という名目で信徒たちの傷を癒す回復魔法や、彼らに神の威光を知らしめるような幻影の魔法が、日々行使されていたのです。
昔の人々は、大真面目に、魔術は悪であり、また奇跡は善であると信じていました。
それらが全く同じものであると知っている、今の時代の人間からすれば、皮肉という以外ありません。ですが、人間の常識というものは結局のところ、そんなものです。
もしこれらの事実から教訓を得るとするならば……我々は、自分達がどんな偏見のもとに物事を見聞きし、判断するかということに自覚的でなければ、大きな過ちを犯すことになる、といったところでしょうか? ですが、私は、それでも敢えてこう言いたい。君たちは、どこまでも自分の信じたことをせよ、過ちを恐れるな、と」
聖堂として使われていた建物が、どういう経緯で魔術学院の校舎になったのかは知らないが、学院長の言うとおりなら、確かに興味深い話だった。
入学式がつつがなく終了すると、生徒達はそれぞれの教室に向かうことになる。
教室は学年ごとにフロアが分かれていて、一年生のフロアは三階だった。二年生が四階で、三年生が五階。二階のフロアには職員室や、保健室があり、一階には、さっきも見たエントランスホール、それに学食がある。
エントランスホールの左右から階段が延びていて、それが弧を描く踊り場でつながれている。ホールは吹き抜けになっているので、各階の踊り場からは校舎の入り口が見下ろせるようになってる。
そして、上の階に行けば行くほど、天井の絵画のディテールがはっきりしてくる。
この建物が、かつては聖堂として使われていたとしても、それをそのまま流用しているわけではなさそうだ。踊り場や、その奥の掲示板があるスペース、それに教室は、エントランスホールと比べて明らかに新しい。悪く言えば、深味がない。
おそらくは、聖堂の後ろ側に、あとから建て増しされた学校の校舎部分が、やどかりの殻のようにドッキングされているのだろう。
掲示板で自分のクラスを確認する。
二十人のクラスが三つに分かれていて、俺は一組だった。
一学年の人数が六十人、二年、三年も同じくらいの人数だとすると、全校生徒はおおよそ百八十人ということになる。それにしては学校の敷地はべらぼうに広い。
自分のクラスに向かって廊下を歩いていると、ペールブルーの髪を短く切りそろえた、生真面目そうな少年に声を掛けられた。
「君、何組だった?」
「一組でした」
「ああ、それは奇遇だね。ぼくも同じ一組なんだ。カロッサ=トライダード、よろしく」
「カディナ=モーリアです。よろしくお願いします」
差し出された手をとって、握手を交わすと、カロッサは眉を上げて首をかしげた。
「カディナ、君は何でそんなかしこまった話し方をするんだ? 同じ学年なんだし、気楽に話したいんだけど」
「いや、僕は平民なんだ。だから、一応……」
少年の顔に「そういうことか」と理解の色が差した。
「学園内では身分の上下は関係ない。ここでは成績と成果が全てだ……と、それが建前になっている。残念ながら、大して実力もないくせに上下関係にやたらと煩い、心の狭い貴族が多いけどね。一応、僕は例外のつもりだ。堅苦しいのは抜きにして、仲良くやろう」
「そう言ってくれると助かるよ、改めて、よろしく」
「ぼくのことは、カロと呼んでくれていい。偉そうに出来るほど名門の家柄じゃないしね」
カロはそう言いながら、人懐っこい笑みを浮かべた。どうやら俺は、最初の友人ガチャで大当たりを引き当てたらしい。
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