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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
魔術学院
42/58

寮案内

 校門を抜けた先の中庭に、数台の馬車が停まっていた。

 貴族の子どもたちや、その家族、従者たちが降りては、校舎のエントランスへ吸い込まれていく。


 俺も、その人の流れを追うようにして中へ入った。

 内部は円天井のホールになっていて、奥にある受付カウンターに向かって生徒たちが行列を作っていた。ここで学生証と、寮の鍵を受け取り、俺達は一度寮へ案内されることになっている。

 入学式は夕方からだ。


 天井には、写実的なタッチの、色彩豊かかつ緻密な絵が描かれていた。

 円形の天井の縁に沿うように、色とりどりの花や、濃い緑の葉をつけた植物が描かれていたかと思えば、その内側にはさまざまな種類の動物たち。そして、さらにその内側には裸で踊る人間の男女の姿があった。一番内側、絵の中央には、光の糸で編まれた毛糸球のようなものが鎮座している。

 太陽なのだろうか? あるいは、これは何かしらの神話の光景なのかもしれなかった。

 

 行列を待つ間に、ずっとその絵を見たていたせいか、カウンターにたどり着く頃には首が痛くなっていた。首をさすりながら受付で、持って来た書類を渡し、すると今度は渡された書類にいくつか記入して、学生証と鍵を受け取った。

 と言っても、そのどちらも、俺の知っているものとは似ても似つかなかった。

 

 受け取ったのは、子供の手でも扱えるような、小さなナイフだった。

 装飾のほどこされた鞘に収められており、柄の部分にはジェムが埋め込まれている。ジェムに魔力を注ぎ込むと、それでナイフは持ち主を俺だと認識したらしかった。

 

「では貸してください」

  

 受付のおっちゃんに請われるまま、ナイフを渡すと、おっちゃんはナイフの柄をつかんで引っ張ったが、鞘から取り出すことは出来なかった。


「では、ご自分で試してみてください」

「はい」


 俺は、素直に受け取って、ナイフの鞘を払う。何の抵抗もなく、鈍く光る刀身が現れた。


「そのナイフを抜ける、ということ自体が、ここでの身分証明のようなものです。そして、寮に入る時や、自分の部屋に入る時には、そのナイフをかざさないとドアが開きませんので、絶対、なくさないように」

「つまり、これが学生証であり、同時に寮の鍵ってことですか?」

「そうなりますね」


 なかなかの優れものだった。ナイフを胸元にしまいこみ、やはり人の流れに身を任せて、今度は寮へ向かう。


 寮の方は、校舎ほど時代を感じさせる美しい建物ではなかったが、その代わりに機能的でシンプルな建築になっていた。個室とはいえ、まだ幼い子ども達が集団で暮らしているにしては、驚くほど静かで、落ち着く空間になっている。


 寮長の女性は三十代前半くらい。部屋番号を教えてもらったとき、「ありがとうございます、お姉さん」と言ったら、満面の笑みになった。まあ、そういう年齢だ。


 部屋は、前世の安いビジネスホテルより一回り広いくらいだった。

 入ってすぐ右手にキッチンがあり、左手の扉を入るとトイレだ。トイレの横がシャワー室、浴槽はないようで、それだけが本当に残念だった。

 

 奥には、ベッドと、学習机が一台ずつ。ベッドは、張り出し窓に面していて、ベッドメイクされた布団の上に、制服がたたまれていた。


 見た感じでは、机以外のものは、ほとんどが大人用みたいだった。

 窓にしろ、キッチンにしろ、椅子がないと手が届かない。シャワーはヘッドが低いところにかけてあったので、かろうじて一人でも浴びれそうだが……


 冷静に考えると、七歳で親元を離れて暮らすというのは、壮絶な体験になりそうだ。俺はもうおっさんだからいいけど、普通の子供たちにとっては、どれだけ心細いことだろう。貴族の子たちが、こぞって従者を連れてきていたのも頷ける。

 

 とりあえず荷物を置き、ベッドの上で制服に着替えた。あとは、お呼びがかかるまで部屋で待機していていいらしい。

 本を読み出してしまえば、呼び出しに気付かない可能性が高いし、仮眠を取るにしても中途半端な時間ではあった。

 さてどうしようかと考えていると、ドアをノックする音が部屋に響いた。さすがに、まだ早すぎないかと訝りながらも「はい」と返事をして出る。


 ドア口に立っていたのは、十代半ばから後半くらいの、メイド服姿の少女だった。

 くるぶしまで覆い隠す黒いロングのスカートに、真っ白なエプロン。頭には、同じく白のヘッドレスト。服と合わせたかのように、少女の髪もまた漆黒だった。

 長く伸びた後ろ髪は背中に届きそうなほど、そして、前髪の方は、ほとんど片目を隠さんばかりだった。その前髪ごしに見える瞳は、臆病そうに右往左往して、なかなか視点が定まらない。


「ひっ……び、美少年」

「あの……」


 困惑する俺をよそに、少女はわたわたと両手を振ると、慌ててガバと一礼した。


「い、いえ、すみませんでった……でした! わたし、怪しいものじゃないのです。メイドなのです」

「それは、わかりますけど」

「それで、ええと……カディナ=モーリア君ですか?」

「はい」

「わたし、トリス=ネイロールと申します。本日より、カディナ君の身の回りのお世話を賜りましてございます! よろしくお願いします!」

「……マジですか」

「マジマジのマジです」


 マジだった。

誤字報告ありがとうございます。

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