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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
魔術学院
41/58

到着

 朝、俺がまだ寝ている間に、列車はノーリッツ領へ入ったらしい。

 エリグール魔術学院へは、コーマデという駅から、馬車で三時間ほど。そのコーマデまで、あとほんの数駅。俺は、数少ない手荷物をまとめ、到着を待っていた。


 昨日の夜、お嬢様から言われたことは、まだ脳裏にこびりついていた。

 魔術兵器の開発は、俺が思った以上に熾烈をきわめているようだ。そして、一介の学生といえど、魔術を学ぶ人間にとっては、そういった国家の動きは決して他人事ではありえない。

 だとしても、自分がそんな流れの中で、何らかの役割を担っている姿は、まるで思い浮かばなかった。


 ぼんやりと考え事をしているうちに、列車はコーマデの駅へ滑り込んだ。

 ホームには、俺と同じようにエリグールへ入学するのであろう子供たちの姿も多かった。エリート校だけあって、新入生たちはどれも利発そうな顔をしている。身なりもいい。そして、そのほとんどが両親や、従者と一緒だった。

 一人で来ているのは……下手したら俺だけかもしれない。


 お嬢様とカティさんも同じ駅で降りた。妹さんの入学式に来たのだろうが、なぜ本人が一緒ではないのか分からない。だが、お嬢様の方が昨日の夜からがらっと雰囲気を変えていたので、質問をするのはやめておいた。

 貴族たちの目がある場所だから、平民と気安く言葉を交わすのは憚られるのかもしれない。


 予想通りというか、駅前は馬車でごったがえしていた。

 俺のように乗り合い馬車で向かう生徒は、どうやらほとんどいないようだ。


 人いきれをかきわけて乗り場を探していると、ふいに優しく肩を叩かれた。

 振り向けば、カティさんがそこにいた。カティさんは、有能なメイドらしい控えめな笑みを浮かべ、一礼した。

 

「カディナ様、お嬢様がお呼びです」


 彼女が一瞬、視線を背後に投げかけたので、俺も追いかける。そこには、二頭立ての豪華な馬車が停まっていた。


「お早く」


 カティさんに促される。確かに、装飾過多な馬車は一目を集めているし、そもそもあんな大きな馬車が同じところにとどまっていたら邪魔でしかたないはずだ。不恰好にならない程度の早足で馬車へ向かい。カティさんに手を借りて乗り込んだ。


 広い車内に、座っていたのはお嬢様だけだ。スペースの無駄遣い。貴族というのは、こういうもんだと分かってはいるのだが、この二人は忍びたいのか目立ちたいのかが、いまいち掴めない。

 

「オデラは馬車を用意していなかったようだな。昨日の侘びもある、学院まで送っていこう」


 声音は高圧的で、シルドとのいざこざがあった時のものに戻っていた。俺が小さく礼を言って、頭を下げると、お嬢様も無言で頷いた。

 カティさんが、車内から御車に「出してください」と告げれば、馬車はそれとは思えないほど振動もなく動き出した。


 車内では、俺達はお互いのほとんど口を利かなかったが、よく考えれば、そう話すこともない。

 無理やりに話題を見つけなくてもいい分、ありがたかったかもしれない。


 学院は、周囲をあまり標高の高くない山々に囲まれていた。舗装された道の両脇は、背の高い針葉樹が生い茂り、朝方だというのに、その鬱々とした影の向こう側は見えない。

 学院までそれなりの距離もあり、また道も整備されているのに、そこには人の住んでいる気配は感じられなかった。

 魔術学院にお似合いのロケーションといえばそうだが、前世で見たホラー映画じみていて、俺はちょっと不気味だった。


 だが、ありがたいことに、そんな馬車の旅は、思ったより早く終わってくれた。

 三時間と聞いていたが、実際はそれよりずっと短い時間で到着したはずだ。途中、短い休憩を挟んだが、それでも二時間と少しくらいじゃないだろうか?

 

 木々の密度が薄くなり、その隙間からエリグール魔術学院の壮麗な校舎が見えた。

 空に向かって伸びる鋭い尖塔を、繊細なアーチによってつなぎ、支える構造を持った校舎は、前世のゴシック式建築によく似ていた。学校というよりは、聖堂や教会といわれた方がしっくりきそうな荘厳な雰囲気がある。


「悪いが、こっちの事情でな、敷地内まで送ってやることは出来ない」

「いえ、ありがとうございました」


 厳しく構えた校門まで、少しの距離を残して馬車が停まった。俺は扉に手をかけたところでお嬢様を振り向いた。


「どうした?」

「いえ、名前を聞いていなかったなと思って」


 お嬢様は「そういえば、そうだな」と小さく呟いたが、それに続いて可笑しさを堪えるようにクツクツと笑った。


「いや、教えないでおこう。その方が面白そうだ。お前は、ずっと私のことをお嬢様と呼ぶがいい」

「まあ、構いませんけど。それだと妹さんと会えても、それと分かりませんね」

「いや、それについては、今、思いついた」


 お嬢様はスカートのポケットから小さなコインを取り出すと、それを俺の方へ弾いた。

 両手でキャッチしてみると、それは俺の知らない国の通貨のようだった。


「お金、ですか?」

「記念硬貨というやつだ。額は小さいし、コレクションとしての価値もない。何せ綺麗に保存していたわけではないからな。だが、古いものだし、そんなものを持ち歩いているのは、おそらく私と、妹くらいのものだろう」

「貰ってしまって、いいんですか?」

「ああ、言ったように、金銭的な価値はほとんどないし、私は同じものをまだ数枚所有している。なかなか面白いゲームになりそうだ。成り行きを知れないのは残念だが、まあいい。それではな」


 鞄を背負い直している間に――アリアから貰った競技用の剣もあった――お嬢様の馬車はどんどん遠ざかっていった。

 俺は、「よし」と気合を入れるように自分の頬を叩くと、聳え立つエリグール魔術学院の校舎へ向けて歩き出した。

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