チープな成り行き
「では申し上げます」
そう断ってから、俺は一呼吸を置いた。
シルドの視線は俺を射殺さんばかりだったので、出来る限りそちらの方は見ないようにする。
カティとお嬢様は一応、俺の話を聞いてくれるようだが、それほど重大に考えいてる風でもない。ため息をつきたくなるのを、ぐっと堪えて、話し始めた。
「先ほど、お嬢様方は、この車両は、この駅から貸切だと仰られましたが、実際のところはサルティからずっと貸切になるはずだったのでしょう」
「私はそんなことを言った覚えはないが、なぜそう考える?」
「ドアの隙間からチラと拝見した限りでは、部屋はあまりにも豪華すぎました。広さ的に、個室数部屋分をぶちぬいていますから、停車時間が長いとはいえ、この駅で改装するわけにはいかないはずです。となれば、事前に改装した車両を用意しておいて、サルティから引っ張って来たということになります」
「車両が用意してあったのなら、王都の駅で連結すればいいのではないか?」
「ええ、正直なところわたくしもそう思います。ですが実際、そうはならなかった。わたくしはずっとこの車両に乗ってきたわけですから。つまり、わたくしのあずかり知らぬ事情があったのでしょう、としか申し上げられません」
お嬢様は一瞬、難しい顔をしたが、すぐ苦笑すると話しの先を促した。
「……まあ、よい。続けろ」
「はい。もう一つの理由は、警備のアンバランスさです。貴族の騎士様がお一人に、メイドを装った警護がお一人。あれだけの部屋を用意できるだけの財力がある方にしては、少数精鋭が過ぎる。列車の通路が狭いことを考慮しても、部屋の外にあと二人ほど立たせておいてもいいはずです。それをなさらない、ということは、身の安全を危惧してはいても、大っぴらには警護をつけられない状況ということでしょう。
逆に言えば、目立たない限りでは相当安全に配慮されているはずで、部屋に細工などされないように貸切にしていた、と考えるのが自然かと」
カティとお嬢様の表情には変化がない。身分を隠してはいるが、かなり上級の貴族には違いない。この程度で動揺するようなことはないのだろう。
シルドはシルドで、相変わらず人殺しのような形相で俺を睨んでいる。
反論がないのは肯定のしるし、そう受け取って、俺は話しを続けた。
「ですが、この部屋も、そしてお隣の豪華な部屋も、貸切にはなってはいませんでした」
そこまで言ってやっと、カティが眉根を寄せた。ほんのわずかではあったが、間違いない。
「王都の駅を見物して戻ってきてから、わたくしはここでずっと本を読んでいましたが、その間ずっと隣の部屋からは物音が聞こえていました。恐らくは部屋の掃除。かなり念入りに行われていたので、前の乗客の痕跡を完璧に消し去るつもりだったのでしょう」
「つまり、鉄道会社か車掌か知らんが、故意に行っていたと?」
「そうなります。こんなことになるまでには、いくつかの故意の誤魔化しと、一つの単純なミスが絡んでいるのではと、わたくしは考えています」
「単純なミス、とは?」
「乗務員は、わたくしがこの王都の駅で降りると思い込んでいたのでしょう」
あまりと言えばあまりな回答に、カティが呆れたような声を出す。
「それはまた随分とお粗末な……」
「ええ、ですが、この手のミスはそう珍しいものでもないでしょう。それに実を言えば、乗務員には、そう思い込むだけの理由がありました。隣の部屋を使っていた貴族の方と、わたくしは、同じサルティの駅から乗り込みました。そして、駅に着くと、我々は同じタイミングで列車を降りたのです」
「なるほど、オデラの娘姉妹か」
お嬢様の冷たい声に、俺は肯定も否定も返さなかった。調べればすぐに分かることではある。平民の子供がエリグール魔術学院へ入学するとなれば、貴族の後ろ盾があった可能性はすぐに思い浮かぶ。
あるいはお嬢様は、王都で二人の姿を見かけたのかもしれなかった。
とはいえ、オデラさんたちに迷惑がかかる可能性が少しでもあるのなら、自分の口から名前は出さないようにするのが、せめてものプライドだった。
俺は、話を逸らすように言葉をつなぐ。
「それでも、疑問は残ります。なぜ乗務員たちは、この部屋の清掃を行わなかったのでしょう? わたくしはずっとここで読書を続けていましたが、シルド様がいらっしゃるまで、誰一人入ってきた者はいませんでした」
「ミスが一つだと言うのなら、それもまた故意だということになるな。カディナ?」
「その通りです。問題は、隣の部屋を他の人に使わせていたことも含めて、なぜそんなことをしたのか、というその理由です。そこでお嬢様にした質問に戻ってくるわけですが、チケットというか、車両の手配をなさったのはシルド様でしたね」
シルドの方に向きなおると、剥き出しの殺気を肌に感じた。だが、俺は深く呼吸をして、何とか余裕の笑みを浮かべる。
「そこでシルド様に一つ質問なのですが、シルド様は車両の手配をされるに際して、いくらか料金を値切ったのではないですか?」
「貴様、そこまで俺を愚弄する気かっ!」
「体面を気にする貴族の方々は、確かにそのようなことはなさいません。ですが、貴族であるということに誇りを持ちすぎるがゆえに、平民のことを軽く扱う貴族がいることもまた事実。
平民の子など斬り捨てても問題にはならない、そう仰ったあの口ぶりで、平民の鉄道会社など赤字を出しても構わないと仰った可能性は一概に否定できないのではないかと思ったのです」
俺が挑発するようににやりと笑って見せると、シルドは、はや腰の短剣に手をかけるかと思われた。
だが、お嬢様が、低く抑えた声で「シルド、答えよ」と言い放てば、平伏するしかなった。
「このシルド、決してそのようなことはいたしておりません。お嬢様からお預かりした金銭は、全て鉄道会社へと渡しております」
「そうか、ではカディナ、悪いが車掌を呼んできてもらおう。このシルドが申したことがまことかどうか、確かめる必要がある」
「なっ! お嬢様、このシルドを疑われるのですか?」
「違う。信じているからこそ、双方の言い分を聞いて真実を確かめようというのだ。お前の言い分が正しいのであれば、鉄道会社が嘘をつくいわれはない。お前の言葉の正しさが証明されたのであれば、このカディナを曲者として捕らえ、法の下に裁こうではないか」
「……なりません。このような子供の口車に乗せられるなど、貴族の恥ではありませんか」
「違うな、自らの過ちを認められぬのが一番の恥だ」
お嬢様の言葉に、シルドは観念したように目を伏せた。だが、明らかに殺意は衰えていなかった。
ブックマーク、及び評価ありがとうございます。
一度、投稿をミスってしまいました。申し訳ありません。
まるで目標が守れていませんが、なんとか続けていきたい所存です。




