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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
魔術学院
36/58

降ってわいた疑惑

 軽く目を通した限り、リリアから貰った本から魔術的な力を感じることはなかった。

 

 内容は、箴言や詩のような短い句の連なりからなっていた。魔法を使う際の呪文には、ポエムに近いものもあるが、サルティの図書館で読んだ『魔術・呪文事典』に掲載されていたものは大抵意味が通っていた。呪文を読めば、ああこれは火の魔法だなとおぼろげながら理解できるのだ。


 それに対して、この本の言葉はどれもシュールレアリズムの詩のように意味深ではあるが、不可解なものが多い。あるいは、今の俺には難解すぎるのかもしれないが、少なくとも現状、この本で魔法が発動することはなさそうだった。


 がっかりすると同時に、少し安心している自分もいる。

 その辺の古本屋で魔術書がほいほい買えてしまったら、そっちの方が恐ろしいかもしれない。


 それからは、特に何も考えずに、ページの文字を追い続けた。魔術とか関係なく、ただこういう本だと思えば、これはこれで興味深い。出発までには、まだ時間があるはずだった。


 けれど、俺の読書の時間はふいの来客によって強制的に中断させられることになった。


 いきなりドアが勢いよく開いて、顔を上げればそこに二十前半くらいの、えらく顔かたちの整った男がそこに立っていた。なぜかえらく驚いているようだが、それはこっちも同じだった。

 読書中だったからか、外の気配には注意をはらっていなかったし、そもそもこの人、ノックすらせずにドアを開けたのだ。まあ、自分の部屋だと思い込んでいたのであれば、それも仕方ない。


 隣の部屋がやたらと広いせいで、この車両は他とくらべて極端に部屋数が少ない。とはいえ、間違いは誰にもあることだから、俺は「気にしていませんよ」という風に微笑んで見せた。

 だが、向こうは何を思ったか、真顔に戻ったかと思えば急にぷるぷる震えだし、大きな声で叫び出したのだった。


「貴様っ! いったい何者だ!」

「ええ……」

 

 逆切れ? 確かに身なりのいい男だ。顔つきにもプライドの高さがあらわれている。きっといいとこの貴族なのだろう。だとしても、この場面はさすがに自らのあやまちを認めて欲しい。

 

「答えろっ! ここで何をしていた」

「ええと……本を読んでいました、けど」


 うんざりしながら一応答えたけれど、勝手にヒートアップしている男は、予想どおり俺の話を聞いてくれない。


「下らない誤魔化しはよせ」

「本当のことです。どんなお答えを望んでいるのか存じませんが、事実は変えられません」

「真実を口に出来ぬというなら、それだけの理由があるのだろう? ならば、それが何であれ、切って捨ててしまったほうがいいのかもな」

 

 どうやら思い込みが激しいバカ、という以上に頭がおかしい人のようだ。俺一人では対処ができない。部屋は狭く、逃げ場がないし、腕力ではとうてい勝てないだろう。

 ならば、大声でも上げて助けを呼ぶしかないか。

 

 スーッと息を吸って、声を上げるタイミングをはかっていると、隣の部屋へのドアがノックされた。ドアの向こうから、女性の声がする。


「いかがなされました?」

「曲者だ、これより斬って捨てる。その扉を開かぬように」

「曲者、ですか」


 高圧的な男の声に反して、ドアの向こうからは、女性の困惑しているような気配が伝わってきた。

 声を上げるなら今だ。命がかかっているせいもあって、迷いはしなかった。


「どなたか存じませんが、助けてください。この方は、どうもわたくしの話を聞いてくださらないのです」

「……あの、シルド様? 子供の声のように聞こえるのですが?」

「ふん、賊が年端もゆかぬ子供を使役するなど、よくあること。子供だからと情けをかけていれば、いずれ寝首をかかれることになるぞ」


 だからと言って、こっちの言い分をまるで聞かずに、いきなり処刑とかどんな頭してんだこいつ。

 

「シルド様、ではわたしもそちらへ行きましょう。斬って捨てるにしもて、出発の時刻までに後片付けも必要でしょう」

「ならん、お前の仕事はお嬢様を守ることだ。それに、賊がいたなどとお耳に入れれば、お嬢様を不安にさせてしまうかもしれん」


 シルドと呼ばれている男は、きっぱりとした口調でそう言う。根拠のない自信も、ここまでくれば大したものだ。とはいえ、そのせいで他人には迷惑をかけてきたのだろう。

 隣の部屋の女性が小さくため息をつくのが聞こえた。それに、誰かがドアに歩み寄る足音が重なった。


「カティ、ドアを開けよ」


 低く抑えた少女の声だった。


「はっ」

「いけません! 賊が何をたくらんでいるか分かっていないのですよ?」

「よい、その賊の顔が見てみたい」

「ですがっ」

「シルド、お前は少しの間、口を閉じていろ」


 ドアが開き、隣の部屋から声の主が姿をあらわした。

 一人は十代半ばくらいの美しい少女。

 もう一人は、二十歳前後の褐色の従者。おそらくは、さっきまでドアの向こうで話していたのは、この女性だろう。メイド服を着ているが、その目つきと身のこなしには隙がない。まず間違いなく、ボディガードだ。


 少女は狭い部屋に一歩踏み込み、温度のない目で俺を見ると、口の端をゆがめ、笑った。


「ほう、これが私を殺めようと企んでいた賊か。思ったより、ずっと美しい顔をしているな」

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