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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
魔術学院
35/58

王都での別れ

 汽車の揺れの中で目が覚めた。

 カーテンを開ければ、薄暗い部屋に光がなだれこむ。流れる景色からは、緑が減り、建物の影がふえつつある。王都は近い。

 隣の部屋からは微かな物音が聞こえた。二人とも身支度を整え、下車に備えているのだろう。

 

 俺は、くしゃくしゃの髪を軽く整えてから部屋を出て、共有の洗面所に向かった。

 リリアとアリアの部屋には、備え付けの洗面台があったけれど、さすがに借りるのは遠慮した。

 歯を磨き、顔を洗って、自室に戻る頃には目もさめていた。

 

 特にすることもなく、ただ窓の外を眺めていると、隣の部屋へのドアがノックされた。

 どうぞ、と言いかけて、この部屋に二人が入ってくるのは無理だと気がついた。ドアを開けて、直接顔をみせる。


「どうしたの?」

「おはようございます、少し早いですが、きちんとお別れをしておこうと思いまして」

「カディナさん、あの、いろいろとお世話になりました! エリグールでも頑張ってください」

「ありがとう。僕も、二人にはずっとお世話になりっぱなしだったね。演奏会に呼んでもらえたのも嬉しかったし、オデラさんには学校まで紹介してもらって」

「後の方に関しては、わたくしたちは何もしていません。単にカディナの実力でしょう。演奏会はまた機会があればお誘いしますわ。その時には、前よりずっと上達していますから期待していてください」

「それは楽しみだな、本当に。僕も、二人に失望されない程度に頑張るよ」


 俺の言葉に、アリアがにやりと笑う。


「そんなカディナに、ぴったりの餞別がありますよ」


 奥に引っ込んだアリアが、抱えて持ってきたのは、細長い筒状の物体だった。


「なに、これ」

「競技用の剣です。わたしく以前言いましたわよね? 週に三回でいいから剣の練習を続けた方がいいって。是非これを使ってください」

「あ、ありがとう」


 でも、週に三回って結構な頻度だと思う。とはいえ、次にあったときには組み手か何かさせられそうだし、そうなれば、練習をしていたかどうかはすぐ明らかになるだろう。

 週三回とは言わないまでも、一二回は練習をした方がよさそうだ。


「わたしからも、カディナさんにプレゼントがあります。魔術書……らしいです」


 リリアがくれたのは、物々しい装丁の分厚い書物だった。魔術書と言われて渡されれば、そう信じてしまいそうになる。魔術書と一口に言っても、その種類は多いし、また質のもピンからキリまである。


 ただ呪文が載っているだけの本を魔術書と呼ぶこともあるが、一般的には、読んだ者に魔術的な影響を与える本全般のことをいう。例えば、表紙にジェムが埋め込み、ページに書かれた文字が呪文、そしてその文字のレイアウトが術式になっているような本。

 図書館には現物はなかったし、買おうにも、魔術書は希少すぎて簡単に取り寄せられるようなものではなく、また価格も平民には手が出ないレベルだと聞いた。

 そんなものを目の前にポンと出されて、冷静でいられる俺ではなかった。


 しばし呆然としていると、リリアは慌てたように手を振って付け加えた。


「あの、実はこの本、古本市場でみつけたんです。それで、お店の人が魔術書だって言っていて、表紙が綺麗だったし、そうだったらいいなって……」

「ああ、びっくりした。でも、本当にそうだったら凄いね。ありがとう、嬉しいよ」



 列車は、それから一時間ほどで王都の駅へ到着した。

 駅は、さすがにサルティと比べてかなり大きかった。とはいえ、前世のターミナル駅みたいに迷宮じみているわけではなかったので、安心して二人を改札まで見送りに出ることができた。

 停車時間は、何と二時間。かなりの数の乗客がここで降り、また相当の数がここから乗車する。そのため客室の清掃や、車両の点検もここで行われるらしい。

 

 湿っぽい別れの挨拶はサルティで済ませたせいか、ここでのさよならは比較的あっさりしたものだった。

 お別れのハグをすると、リリアはギュッと抱きしめてくる。そんなリリアの頭をそっと撫でると、向こうは腕の力を抜いた。

 リリアと二人、力ない笑みを交わすと、今度はアリアが進み出てくる。そういえば、アリアとこんな風に抱擁を交わすことなんて今まで一度もなかったな。挨拶だと分かっていても、なぜか照れくさい。

 それはアリアも同じだったようで、俺達はぎこちないハグをすると、照れ笑いを浮かべながら手を振って分かれた。


 改札の向こうに二人の後姿が消えてしまうと、俺は自分の個室に戻ることにした。

 実を言えば、リリアから貰った魔術書らしき本のことが、結構気になっていた。

 車両は点検と、清掃の最中だが、ノーリッツまで乗りっぱなしの個室にまで入ってはこないだろう。そう思って戻ってみたら、予想通り、俺の部屋は手付かずだった。

 ただ、隣からはかなり大きな音が聞こえる。まさか模様替えをしているわけじゃないと思うが、かなり念入りな清掃がされているようだ。あれだけ豪華な客室だから、地位のある人物が使うのだろう。そう考えれば、大掛かりな清掃にも納得はいく。

 

 隣の部屋とのドアには、閂が掛けられるようになっていたから、それで封鎖されるのだろう。

 俺は何となく落ち着かず、気持ちばかり寝床を整えると、そこにあぐらをかいて魔術書(仮)を読み始めた。


  

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