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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
港町での生活
27/58

面談と課題

 憂鬱そうな表情をしたリリアとアリアを慰め、出席の伝言を頼むと、俺は急いで家に帰った。

 

 何といっても領主からの呼び出しだ。爺ちゃんと婆ちゃんには一応、事情を説明しておかなくちゃならない。

 服装については、演奏会のときの一張羅がまだギリギリ着れると思うが、美容院にも行っておきたいし、念のため言葉遣いもチェックしてもらう必要がありそうだ。

 

 やるべきことをリストアップしながら帰リ道を辿り、家に着くとすぐに二人を呼んだ。


 爺ちゃんと婆ちゃんは、二回目なのでさすがに演奏会の時ほどは驚かなかった。まあ、慣れたというよりは諦めの境地って感じではあったけれど。

 

「お前は本来おとなしい子のなずなのに、なんでそう厄介ごとを持ち帰ってくるんだろうな?」

「それは僕が知りたいくらいだよ」

「まあまあ、手紙をいただいてしまったのだから仕方ないじゃありませんか。それに領主様から目をかけていただいているわけだから、悪いことばかりでもありませんよ」


 婆ちゃん……そういう前向きな考え方って素敵だと思います。


「それもそうか……よし、じゃあ服は演奏会のときのものがまだ着れるだろう。あとは美容院に連れて行けば外見は整うか」

「念のため言葉遣いのチェックもお願いします」

「自覚があるようでよろしい。さっそく今日から始めよう」

「よろしくお願いいたします」


 俺が華麗に一礼すると、爺ちゃんは「まったく調子のいいやつだ」と笑ってくれた。


 当日までの流れは演奏会のときと同じだった。爺ちゃんと婆ちゃんに言葉遣いと立ち居振る舞いをチェックしてもらい、前日になれば美容院で身だしなみを整えてもらう。


 フレッドさんに仕立ててもらった一張羅は、直しの必要なくそのまま着れた。あれからまだそれほど経っていないとはいえ、成長期なのに背が伸びる兆しはない。

 まあ、別にいいけど……



 当日、坂を上りきって城門の前にたどり着いたのは、約束の時間より二十分も前だった。

 でかいでかいと思っていたけど、領主の城だけあって目の前に立つと本当にでかい。これから会うのは、これだけの権力と財力を持った人物なのだと思い出して、今更ながらに緊張してきた。

 語彙力が消失するのもやむなしといったところだ。


 少し早すぎる気もしたが、ここで待っていても怪しまれるだけだ。城内には待合室くらいあるだろうから、そこで待たせてもらえばいい、と厚かましいことを考えて俺は城門の前に立つ警備兵に声をかけた。


 手紙を見せ、名前を告げると警備の人はすぐに確認を取ってくれた。

 大袈裟な音を立てて開いた両開きの門をくぐると、その先には優美な中庭が広がっていた。中央には大きな噴水があり、あふれ出る水が陽光を受けてきらめていた。

 その周囲には、枝を綺麗に切りそろえられた生垣がならび、植えられた植物のいくつかは春の息吹を受けて小さなつぼみをつけ始めている。

 

 前に立つ警備の人について中庭を抜けると、城の玄関で年若いメイドさんが俺を待ち構えていた。

 

「カディナ=モーリア様ですね。恐れ入りますが少々お待ちいただくことになります。待合室へご案内いたしますので、どうぞこちらへ」

「早く着きすぎてしまったようで、申し訳ありません。よろしくお願いします」


 案内された部屋は、うちのリビング二つ分くらいの広さだった。

 隣の部屋へ繋がるドアをのぞけば、シンプルな書棚が一つと、壁際に椅子が数脚並んでいるだけの殺風景な部屋だ。とはいえ、数分待つだけの部屋に華美な装飾は不要だろう。

 

 メイドさんが一礼して立ち去ると、俺は書棚に飛びついて本をパラパラと捲った。

 何分経ったのか知らないが、少しすると隣の部屋から年配の男性が出てきて俺の方を一瞥した。小さな子供がこんなところで本を読んでいるのは場違いだろうから、男性が困惑したのも無理はない。

 俺が目礼をすると、向こうも無言のまま目礼を返して、そのまま彼は待合室を出て行った。


 次は俺の番だろうと本を閉じて書棚にしまうと、さっき男性が出てきたドアからオデラさんが顔を出した。


「やあ、急な呼び出しをして申し訳ない。どうか入ってくれたまえ」

「お久しぶりです。本日は格別のご配慮を賜りまことに……」

 

 口上を述べようとした俺を、オデラさんは手で制した。


「堅苦しい言葉遣いは止めようじゃないか。私にはね、形骸化した慣習で未来ある若者の時間を無駄にする趣味はない」


 頭の中には「他人の手紙をのぞき見る趣味はない」と言いながらペーパーナイフを握り締めるアリアの姿が浮かんだが、俺は無言のまま頷くにとどめた。


 オデラさんの執務室に入ると、まずは黒檀の大きな机が目に付いた。机の上は整頓され、筆記用具がいくつか並んでいる。その机と向かい合うような形で椅子が一脚。

 オデラさんは俺にその椅子を勧めると、自分は机の向こう側に回って手すりのついた椅子に腰掛けた。


「さて、時間は有限だ。さっそく本題に入ってしまいたいのだが、いいかね?」

「もちろんです」

「図書館の館長から、君が奉公先を探していると聞いてね。まあ、たいがい放任しているが一応は図書館も私の管轄なのさ。人を雇い入れるとなれば、こちらにも話が来る。館長はかなり真剣に悩んでいるようだったが、申し訳ない、その話は私が独断で預からせてもらった」

「え……それって」

「まあ最後まで話を聞いて欲しい。実を言えば、演奏会で君と話したときのことが今でも時々頭に浮かぶのだよ」


 そう言われても、俺は演奏会でオデラさんと何を話したのかなんて、すっかり忘れ去っていた。なんぞおかしなことでも言ってしまったのだろうか?


「『我々は一度蜜の味をしってしまえば、それがどれだけ有害であろうと、掬って舐めずにはいられない』だったか……悲観的過ぎるきらいもあるが、その通りだと思う分部も多い」

 

 は、恥ずかしい……そんなに冷静に昔の中二発言を蒸し返さないで欲しい。出来ることなら、俺は自分の顔を両手で覆い隠してしまいたかったが、オデラさんはそんな俺の気持ちに気付かずに話を続けた。


「領主などやっていれば貴族の子息子女と話す機会も多いし、彼らの中には時に信じられないほど聡明な子もいる。そういった子どもたちは皆、自らの有能と恵まれた境遇を自覚しているだけに、未来は明るいものだと無邪気に信じ込んでいる。

 カディナ、君のように先に待つ闇を見据える目を持った子どもというのは想像以上に少ないのだ。魔法と科学が融合し、新しい時代を作り上げていくのならば、新時代には君のような冷たい目を持った若人がどうしても必要だと私は考えている」


 俺が後ろ向きだったり、控えめだったりするのは前世の記憶のせいだ。

 前世では他人から散々、お前はダメだとか、お前に出来るわけがないと言われてきた。やがてそんな風に言われることに慣れてしまうと、自分で自分を無能だと思うようになり、いつしか読書を別にすれば、自分のやりたいと思ったことにも消極的になっていた、それだけのことだ。


「買いかぶりでしょう」


 自分でも驚くほど力のない声が出た。だが、本心だった。


「かもしれない。だとしても、君はそれでいいのか?」

「えっ?」

「確かに君は本が好きなのだろう。だが、今から図書館に奉公に出れば、そこで二十年、三十年という時間を過ごすことになる。繰り返しの日々を積み上げていけば、それくらいの時間はあっという間に過ぎ去ってしまうよ。わかっているだろう? 確かに平穏ではある。幸せを感じる瞬間も多いかもしれない。だが、君のように聡い人間にとっては、あまりにも先の見えた暮らしだ。それでいいのか?」


 そう言われれば、会社員時代にはそんなことを考えたこともあった。このまま同じ仕事をあと何十年か続けて、それで一生を終えるのかと。けれど、いくら考えても答えらしきものが出たことはない。俺には、首を横に振ることしかできなかった。


「わかりません……でも、じゃあ他にどんな道があるというのですか?」

「王都の北、ノーリッツの領地にエリグール魔術学院がある。この国では二番目に大きい魔術の学校だ。そこに君を推薦してあげられるかもしれない。もちろん、君がその優秀さを自分で証明できればの話だ。だが、もしそれが出来たのなら、在学中の生活費と学費はセルティア家が負担しよう」

「……条件を聞いてもいいですか? 私が自分の優秀さを証明できれば、と仰いましたが、具体的にどうすれば?」

「うん、それについては決めてある。君には自由なテーマで小論文を書いてもらう。それをエリグールの教師に読んでもらって、見込みがありそうなら採用だ。期限は今日から一週間。今回の呼び出しといい、急な話ばかりで申し訳ないが、春には入学式だからそう悠長にもしていられんのだ」


 あまりにも破格の条件だ。それだけに、オデラさんの意図がどうしても気になった。


「なぜですか? なぜ、たった一度会って話しただけの私にそこまでしていただけるのですか?」

「実を言えばね、半分は私にも分からない。ただそうした方がいいのではないかと思うだけだ。だが、残りの半分ははっきりとしている。君は社会システムへの懸念をこう口にしたんだ。立場の弱い人々がどれだけ搾取されても、腐敗した政治は続く……とね。

 理由があるとすれば、それさ。領主を前にして政治を批判するその大胆さ、弱者への眼差しを忘れないその想像力に――敬意を表して」

ブックマークありがとうございます! 誤字報告も助かっています。


次回は、まだタイトルが決まっていません。(というタイトルではありません、一応)

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