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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
港町での生活
26/58

領主からの呼び出し

 『魔術史』を読み終えるまでには、本当に長い時間が掛かった。

 いや、我ながら随分とゆっくり読んだものだ。だが、それも仕方のないことだと俺は思う。

 

 この手の歴史書というのは、読んでいれば必ず興味を惹かれる出来事や、人物が出てくるものだ。となれば、より詳しく書かれた本が読みたくなるのが人情というものだろう。

 『魔術史』の巻末には、ご丁寧に参考文献の一覧までついていたのだから、これは読書欲を抑えろという方が無理なのだ。


 結果、本編の方はどんどんと後回しになり、それとは別に全く無関係な本も読みたくなったりして、いつの間にか『魔術史』を読むペースはカタツムリなみになっていた。


 長い付き合いになった『魔術史』だが、本のページを閉じた俺には、連綿と続いた魔術の歴史や、その発展のために生涯を捧げた無数の魔術師たちに思いをはせるだけの余裕は、あまりなかった。


 ギリギリまで先延ばしにしてきたものの、俺もそろそろ奉公先を探さなくてはいけない。

 

 ああ、いやだいやだいやだ! そもそも、なぜ六歳や七歳で就職活動なんてしなくちゃいけないんだろう? 


 いや、前世では二十歳過ぎたあとでも同じことを言っていたか……それどころか、仮に寿命が五百年で、就活が百歳からだとしても俺は同じことを言いそうな気がする……

 

 まあ、それはともかく、最近の俺は読書後に集中力が切れると、薬の切れたジャンキーみたいに憂鬱な気分に襲われるようになっていた。


 俺がいままでに奉公を申し込んだのは、二件。ダメもとで頼み込んでみた図書館と本屋だけだ。

 

 図書館の方は、顔見知りの司書のおばちゃんにそれとなく探りを入れてみたのだが、この手の駆け引きに慣れていない俺の意図は、あっさりと見抜かれてしまった。


「なんだい? カディナもそろそろ奉公先を探してるってわけ? でもあんたじゃ、一番高い棚には手が届かないしねえ。まあ、一応上に掛け合ってみてもいいけど、期待しちゃダメだよ」


 そんなお言葉をいただいた。

 そしてそのお言葉通り、後日館長から丁重にお断りされてしまった。わざわざ館長さんが俺を待ち構えていたくらいだから、こっちが思っていたよりずっと真剣に受け止めてくれたようだ。

 二人には、こちらの身勝手なお願いを検討してもらったことにお礼を言って頭を下げた。


 書店の方も、店長のおっちゃんが顔なじみだったのだが、やはり渋い顔をされた。


「本屋ってのはかなり力仕事だが、大丈夫か?」

「ええと、大人顔負けとはいきませんが、爺ちゃんから訓練されてるんで、普通の子供よりは多少力もあるかと」

「ううん、そうだな……じゃあカディナ、お前、計算は得意か?」

「はい、会計のときの簡単な計算くらいだったら出来ます」

「じゃあ……1000-555は?」

「445」

「即答かよ。まあ、それだったらレジを任せられるか……俺みたいなむさ苦しいおっさんがレジをやってると、若い女はなかなか買いに来てくれねえんだよ。その点、カディナなら安心ってもんだ。ただし、うちの商売も順風満帆ってわけじゃないから、給料は安いぞ。そうだな……朝の商品入荷から夕方まで手伝ってもらって……こんなもんかな?」


 ソロバンで提示された金額は、確かに相場よりもかなり少なめだった。長く勤めて、将来多少給料が上がったとしても、一人暮らしをするとなったら厳しい可能性がある。

 俺が「考えさせてください」と申し出ると、おっちゃんは「まあ無理はしなくていいさ」と笑った。

 

 一件は不採用、もう一件は給与面での折り合いがつかず。となれば、そろそろ第三希望以下の奉公先にも打診をかけていかなければならない時期だった。


 この時期になると、店先や事務所の入り口に奉公人募集の張り紙が貼られていることも多い。需要と供給が共に増える時期なのだろう。

 

 適当に二つ三つ見繕って応募すれば、どれもあっさりと採用されてしまった。張り紙を出すくらいだから人不足なのは間違いないのだろうが、それにしても簡単すぎる。

 他にも何箇所か応募してるから考えさせてくれと言えば、向こうも慣れたもので、じゃあいついつまでに返事をくれと期限を告げられて面接は終了した。


 給料は低くてもある程度自分の好きな職に就くか、それとも平均的な給料を貰ってそんなにやる気のない仕事をするか……悩みは尽きなかった。

 

 慣れないことに頭を使って、鬱々として過ごしていたある日のこと、図書館からの帰りにアリアに呼び止められた。

 

 午後から面接があるときは、アリアとリリアの姉妹より先に図書館を出るのことも、最近ではそう珍しくはなくなっていた。


「カディナ! ちょっと待ってください」

「どうしたのさ? 急に大きな声を出して」

「お父様からカディナに預かってきたものがあるのです、これを」


 アリアは懐から白い封筒を取り出す。受け取ってみれば、封筒は繊細な縁取りがなされた高価そうなものだった。裏には蠟で封がしてあり、大人の達筆な文字でカディナ様と宛名が書かれていた。


「これ、どういうこと?」

「知りませんわ、他人の手紙をのぞき見る趣味はありませんもの」


 アリアも知らないのか……いかん、心当たりもないのに不安になってきた。

 

「とにかく、確かに受け取ったよ。ありがとう」


 そう言って背中を向けると、アリアは俺の腕をがしっと掴んだ。


「どこへ行くつもりですか? 中身が気になりませんの?」

「いや、気になるけど……ここには開けるものが……」

 

 そう言いかけたところで、アリアの手に握られたペーパーナイフが目に入る。


「……他人の手紙をのぞき見る趣味はないんじゃなかったの?」

「なっ、人聞きの悪いことを言わないでください。カディナは早く中身が知りたいだろうと思ったから、気を利かせて家から持ってきたのですわ。さっ、カディナ席へ戻りましょう」

「……まあいいけどね」


 席に戻れば、リリアも本を置いてそわそわした表情を隠そうともしない。

 アリアからペーパーナイフを受け取り、封筒の上端を切って開ける。

 手紙の内容をざっと黙読してから、それを目の前の二人が読めるように差し出した。アリアとリリアは、肩をつき合わせて手紙を読み、読み終わったそばから顔色を青くした。


 手紙の内容はこうだった。


 ――カディナ=モーリア君へ――


 突然の手紙で驚いたかと思うが、どうか許して欲しい。 

 演奏会以来、君とはもう少し話をしてみたいと思っていたのだが、どうしても時間が取れなくてね。

 ここ最近、君が奉公先を探しているという話を人づて聞いて、こちらから一つ提案を出来ないかと思ったのだ。ついては、一度直接会って話したい。

 日時は三日後、十二日の午後二時ではいかだろう? 申し訳ないが、こちらはそれ以外に予定を空けられそうにない。

 返事については私に手紙をくれてもいいが、急な話だ。よければ、一緒に手紙を覗き込んでいるであろう、いたずら娘二人に伝えてくれたまえ。

 では、色よい返事を期待しているよ。


 オデラ=セルティア

ブックマークありがとうございます。


次回は、面談と課題です。

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