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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
港町での生活
25/58

『魔術史 第六巻』【後編】

 魔物の討伐隊に加わっても問題ないだけの実力をつけるため、コルネリオは軍の兵士たちですら尻込みするような過酷な訓練を耐え忍んだ。

 剣の才能はからっきしだった彼は、魔術で仲間たちを補助することに自らの道を見出した。

 

 訓練と魔核の研究を続けているうちに、コルネリオは自らの魔術の才能を花開かせていった。もともと学者気質でもあった彼は、やがて今までにない類の魔術師へと成長していくことになる。


 古いタイプの魔術師たちは、いまだに科学的な価値観への抵抗感を拭い去ることが出来ていなかった。

 古ぼけたローブを身に纏い、トカゲの臓物や毒草から怪しげな秘薬を作り出す魔術師のイメージはすでに過去の遺物だったが、仮説の構築から、観察・実験を経て、反証・証明を得るような手法をとる魔術師は、まだごく少数だった。

 

 コルネリオは、自分が魔核に魔力を注ぎ込んだ経験から、魔力には強い離散性があるのではないかと考え始めていた。

 魔核に流し込んだ魔力は、内部にとどまるどころか、ほとんど一瞬にして消え去ってしまった。だとすれば、魔力は空気中に拡散していったことになる。しかも、その速度はといえば、湯気が水蒸気に変わるよりもずっと早かった。

 

 研究室の中なので風もなく、魔力がどこかへ流れていった気配もないとなれば、魔力そのものに薄く広がっていく性質があると考えても、そう驚くにはあたらないだろう。

 そしてもし、その推測が当たっているなら、とコルネリオは論を展開していく。

 魔力は、自分達が思っていたよりもずっとありふれたものである可能性が高い。

 それは空気中に一定の密度を保ちながら存在するもの、ということになるからだ。


 コルネリオが魔核を研究するなかで得た知識や着想は、それだけではない。

 魔核の刻み目が自分の魔力にも反応したことから、彼は術式の再現性に非常に大きな可能性を見出していた。

 適切な術式を用意し、必要なだけの魔力をどこかに貯めておくことができれば、あとは微弱な魔力を注ぎ込めば誰でも魔法を使うことが出来るようになるのだ。

 

 そして、リガーシェというカワウソに似た魔物の捕獲に成功したとき、その可能性はコルネリオの中で現実のものになった。


 コルネリオは、捕獲した魔物を強力な麻酔で眠らせて、生きたままその腹を切り開いた。

 魔物の内臓自体は、コルネリオにとってすでに見慣れたものだった。ただその時は、一つ一つの臓器が熱を持ち、緩慢ながら鼓動を打ち続けていた。

 柔らかな臓器を手で押しのけ、魔核を露出させれば、魔核の表面には、血管よりもさらに細い白色の管が何本も巻きついていた。そして、紡錘形の上端からは、それよりも一回り大きい管が伸びている。これらの管も、コルネリオにとってはおなじみのものだ。

 数え切れないほど死骸を解剖した経験から、細い方の管は魔物の全身に伸び広がっていて、太い方は脳と繋がっていることを彼はすでに知っていた。

 

 魔核の内部で、おぼろげな光を渦を巻いているのを見て、コルネリオは文字通り息を呑んだ。

 コルネリオが合図をしてリガーシェの息の根を止めさせても、魔核内部の渦はなかなか消えなかった。

 リガーシェは川辺に生息している魔物で、自らの身に危険を感じると、彼らは水の魔法を使ってどんな魚よりも素早く泳いだ。また、場合によっては勢いよく水を噴出させ、その水圧で外敵を攻撃した。


 コルネリオがリガーシェの魔核に触れて魔力を流すと、リガーシェの全身からは大量の水が勢いよく噴出した。おかげで現地の研究者に借りた実験室は水浸しになり、後で大目玉をくらったが、それを補って余りあるだけの成果をコルネリオは得たのだった。

 

 実験を終え、魔核をリガーシェの体内から取り出すと、魔核内部の魔力は一瞬にして霧散してしまった。

 

 魔力が消えたのは、ちょうど魔核の端から伸びる他より一回り太い管を外した直後だった。おそらくは脳と繋がるその管が、魔核の蓋の役目を果たしていたのだろう。

 しかし、となると他の細い管に関しては、魔核の内部まで届いてないということになる。表面に触れているだけのその管は、術式を起動するための微弱な魔力を流すためのものなのだろうとコルネリオは推測した。

 太い方の管は、脳と繋がっているが、これが何を意味するのかについては依然不明なままだ。

 

 脳で魔力が生成され、それが魔核に蓄積されている? いや、魔物の脳については、普通の動物と違わないということが何度も確認されている。

 もし仮に魔物がその脳で魔力を生成しているのであれば、魔核を満たすだけの膨大な魔力を生み出すためには何かしら特別な部位や、機能が必要となるはずだった。

 

 コルネリオはもう一度、魔物の脳について詳しく調べなおしたが、新しい発見がないと分かると、あっさりとその考えを捨てた。そして顕微鏡によって、太い管も細い管も同じ材質によっていることが観察されると、太い管は、魔法発動のタイミングや、その強弱を制御するためのものだと結論付けた。


 魔核のレプリカは、人間がそれを使う場合には、現物に手を触れて魔力を流せば任意のタイミングで魔法を発動できる。よって、管は必要ない。

 原理としては、密閉したレプリカに魔力を封じ込め、表面に術式の刻印をほどこせばそれで完成だ。

 コルネリオはそれをジェムと名づけ、実際にそれを製作する手はずを整え始めた。


 とはいえ、問題は山積していた。素材は何を使うのか、そして魔力をどこから調達し、どのようにしてジェムの内部に注ぐのか……

 

 数え切れないほどの試行錯誤の末に分かったのは、魔力を魔核の内部にとどめておくだけならば、基本的に材質は何でもいいということだった。

 重要なのは、その形状だった。ただ形を似せればいいのではなく、パーツの大きさや、それを組み合わせる角度を正確にトレースする必要があった。オリジナルと大きさを変える場合は、正確に比率を守ったまま縮小拡大しなければならない。サイズを変えれば当然、それに比例して魔力の容量も変化したし、刻印できる術式の量と精密さにも影響がある。

 ごく僅かなズレならジェムは機能するが、それでも魔力の容量や、魔法の効果が割り引かれてしまう。

 

 術式の刻印にも精密さが求められるため、コルネリオは頑丈、軽量かつ加工のしやすい素材を探し出すのに骨を折り、結果として、厚めのガラスの表面に、防護用の塗料をぬるのが最適と判断された。


 一方、魔力は空気中に満遍なく漂っているものではないか、という考えは、長い間コルネリオを悩ませ続けていた。

 人間が一度に扱うことの出来る魔力の量は、魔物と比べるとかなり少ない。もちろん個人差はあるが、優秀な魔術師ですら魔核に魔力を満たそうと思えば、それなりの時間を必要とするだろう。

 にも関わらず、人間はより完成度の高い術式を組み上げ、また呪文や魔方陣を組み合わせることで、人によっては魔物と比べても遜色のない魔法を使うことが出来ている。

 

 確かに人間や魔物は、それぞれに一定量の魔力を保持してはいる。だが、実際に魔法を使うにはそれだけでは足りないのだ。

 

 ピンと張られた弦を弾けば確かに音が鳴るだろう。けれど、それを大きく響かせるためには、ギターのサウンドホールのような仕組みが必要となる。しかしそのサウンドホールは、振動を伝える空気があって初めて機能するものだ。

 つまり、魔力(弦の音)が術式サウンドホールによって増幅されるためには、周囲が魔力で満たされている必要があるということになる。


 空気を圧縮する魔法はどうだろう? あるいは直接魔核内に魔法を発動できないだろうか? 魔力が物理現象へと還元されるまでにタイムラグがあるなら、その瞬間を狙って魔力を掬えないだろうか?

 

 無数の仮説を検証しては失敗し、失敗したはずの方法を組み合わせてみてはまた失敗した。

 だが十年近い研究の末、コルネリオはついに空気中から魔力を抽出する装置の開発に成功した。改良に改良を重ね、スーツケースほどの大きさにまで小型化したその装置の内部には、複雑な術式を刻印されたパーツがぎっしりと詰め込まれていた。


 装置を起動するには、それなりの量の魔力が必要なので、個人でそれを起動できる人間は限られていた。

 魔力を抽出するために、魔力を消費するという事実に矛盾を感じる人も多いはずだ。だが、この装置の真に驚くべきところは、装置の起動に費やした魔力より、多くの魔力がジェムに注がれることだ。

 誰だって、硬貨を一枚入れたら二枚になって返ってくる機械を見つけたなら、何度でも硬貨を入れ続けるだろう。コルネリオが発明したその装置は、いくつかの制限はあるものの、まさにそういった機械だった。


 装置が持つ制限の中で最もやっかいで、最も不思議なものは人間の魔力以外では起動できないというものだった。つまり、ジェムを使って装置を起動し、別のジェムに魔力を抽出することはできない。

 しかも、装置によって得られる利潤はどれほど多く見積もっても、起動に費やした魔力の数パーセント程度。数人がかりで一日中装置を起動させても、得られる魔力はごく僅かだった。

 

 だがもちろん、コルネリオは自らが成し遂げたことの重大さにすぐに気付いた。彼は装置にフィラーツという名前をつけると、すぐにパーツを取り寄せ、追加で何台か製造した。

 そして貴族、政治家、商人、実業家、科学者や他の魔術師たちにまで、ほとんど手当たり次第にフィラーツとジェムのセットを紹介してまわり始めた。

 

 コルネリオの話を聞いた人々が最初に注目したのはジェムだった。フィラーツに比べれば、ジェムの利便性はあまりにも分かりやすかった。ほとんどの商人たちは、そのでかい箱はいらんから、宝石の方を自分達に売らせてくれとコルネリオに頼んだ。


 しかし時が経ち、フィラーツが魔術と科学の知識を持つ人々の目に留まるようになれば、その技術の重大さはすぐに話題となり広まった。

 

 ほんの数ヶ月前は蔑むような目でコルネリオの話を聞いていた人々が、今ではこぞって彼の研究室を訪ねて来ていた。だが結局のところ、彼らは一様に苦虫を噛み潰したような顔で研究室を出ることになった。


 コルネリオはフィラーツやジェムを使って金を稼ぐつもりもなければ、そもそもその技術を独占するつもりもなかった。

 彼が考えていたのはこういうことだ。フィラーツ一台、人間一人、それで得られる魔力の上がりは確かに少ない。少なすぎるといってもいいだろう。だが、もし一人一人が他人のため、世界のためにフィラーツを使ったらどうなるだろう?

 小さな力でも、寄り集まれば膨大な魔力となって多くの人の役に立つはずだ。そのためには、フィラーツやジェムを世界中に広めなければならない。


 権力者や資産家たちが、どうやってフィラーツの技術と、それが生み出すであろう利益を独占できるかただそれだけを考えていたのに対して、コルネリオは間逆のことを考えていた。どうしたら自分の生み出したこの素晴らしい技術を、世界中の人々で共有できだろう、と。


 ことここに至って、コルネリオは権力者たちの敵とみなされるようなった。フィラーツとジェムの技術が無償で配られてしまえば、彼らが持つ利権、特にエネルギー関連のものはその価値を大きく落とすことになる。


 そして、コルネリオが幾人かの実業家たちから融資を受けて自らの会社を立ち上げた直後、彼は何者かによって殺害された。死因は毒殺。暗殺であるということを隠そうともしていない犯行であったにも関わらず、未だ犯人の逮捕には至っていない」



ブックマークと評価ありがとうございます!


次回は、領主からの呼び出しです。

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