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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
港町での生活
22/58

魔物をめぐる祖父の冒険【3】

 町から続く街道を少し行ったところで、森に入った。背の高い木々にさえぎられた陽光は、細い光の束へと絞られ、ふかふかとした枯葉の積み重なる地面に降り注いだ。

 

 温度、湿度、そして様々な匂い……空気の質が変化したのは当たり前なのだが、私はそれとはまた別の、言いようもない気配のようなものを感じていた。


「トニオさんと言いましたか、あなたは何か感じたのですか?」


 コルネリオに話しかけられて、私は目をしばたたいた。

 気になって他の隊員達の様子をうかがって見たが、どうやらこの変化を感じ取っているのは、私と、そしてコルネリオだけのようだった。


「ええ、視線とも違いますし、予兆というのでもない……今まで感じたことのないものです」

「では、わたくしと同じですね。わたくしは二度目なんですが、う~ん、これはそう、作意とでも呼びたくなってしまいますねえ。いやいや、それにしても他の方々はまるで気になさっていないようだ……わたくしたちと、彼らでは一体何が違うのでしょうか」

 

 質問ではなく独り言だった。返事をする必要も感じず、前を向いたが、コルネリオは私の正面に回ると、こちらの目を覗き込んできた。


「トニオさん、あなたには是非これを受け取っていただきたい」


 差し出されたのは、手のひらほどの大きさの宝石のようなものだった。透明な材質を五角形になるよう張り合わせており、表面には浅い刻み目がつけられていた。装飾としては、あまりにも無骨だが、かと言ってこの宝石に実用的な使い道があるとも思えない。


「なんですか、これは」

「ジェムというものです。中には魔力が閉じ込められていて、触れて念じれば魔術師でなくとも魔法が使える。どうです? 素晴らしいでしょう?」

「お言葉通りなら確かに、ですが私はあなたから、そのように高価そうなものを貰ういわれはありません」

「それがそれが……その気になれば、これは驚くほど安価に造れてしまうのです。ですが残念なことに、商人という生き物は金儲けのこととなれば、どこまでも悪辣になれるものですね。このジェムの可能性に気付いた商人たちは何かと理由をつけては価格を吊り上げようとします。わたくしとしては、多くの人の役に立つのであれば、それでいいのですが……かといって、商人たちの助けがなければ大量生産の目処は立たずで、困ったものですよ」


 どこまで本気で喋っているのか分からない人を食ったような口調に、私は眉をひそめた。そんな私の態度など気にもせず、コルネリオは私の手にジェムを握らせる。


「残念ながら、これ一つで魔物を吹き飛ばすというわけにはいきませんが、目くらましくらいにはなります。いや、それにしてもオッドさんと、モードさんでしたか? あの二人はなかなかやり手のようですな」


 あまりに急な話題の転換に反応が遅れた。

 頭の回転の速い人間というのは、多かれ少なかれこんな話し方をする。本人の中では、しっかりと筋道が通っているのだろうが、凡人にはまったく着いていけない。

 戸惑っている間に、ジェムを返すタイミングを失ってしまった。


「え、ええ……ですが、なぜ急にそんなことを?」

「この世の巡り会わせには全て意味があるのだと、わたしは考えているのです。あの二人はおそらく魔物との戦闘経験者だ。装備の選び方からして堂に入っている。銃などは魔物には、まず当たりません。鈍重な魔物だってもちろんいますが、そういったやつらは硬い殻を背負っていたりするわけで銃弾なぞ通りません。一番確実なのはね、ここに」


 と言いながら、コルネリオは自分の目の下辺りをトントンと叩く。


「ロングソードを突き刺して、その奥にある脳を潰してやることです。そういう戦い方を知っている人間が味方にいるというのは、わたくしには大いなる吉兆に思えますね」


 その時、にわかに森がざわめいた。風だ。葉の落ちた木々の枝を揺らしながら、風がこちらへ吹きぬけてくる。尋常な風ではない。これだけの木々が無造作に立ち並ぶ場所にあって、その風はあまりにも強く、そしてまっすぐに我々の方に向かって吹いてきた。


「おお、どうやら見つかってしまったようですね。この風の魔法は、アルコンですか」

「アルコン?」

「ええ、風を操る……狼の魔物と言っていいでしょうか。狼とはいっても、群れで行動するわけではありませんから、対処はしやすい部類かと」


 だがクレオの気休めの言葉をさえぎるように、風は勢いを増し、次の瞬間には離れた場所から何かが爆発するような音が聞こえた。断続的に続く音は、明確な意思を持ってこちらへ向かっていた。

 

 間を置かず、木々をなぎ倒し、泥を跳ね飛ばしながら驀進する巨大な影が目に入った。

 その影は、確かに獣のものだ。

「アルコン……」口中に小さく呟くと、魔物は我々の目の前で急停止した。ありあまった勢いの衝撃が、風と共に地を走り、散り敷かれた枯葉を地面から根こそぎにしていく。

 

 凄まじい風の勢いに腰を深く下ろして耐えると、ぬかるんだ泥に足がめり込んでいく。

 

 ひたと止まり、こちらへ目を向けたのは、風をまとった狼だった。

 狼とは言っても、その体躯は実際にはサラブレッド程もあった。通常の狼と比べれば、異様に毛足が長く、走れば銀色の体毛が風にたなびいいた。顔にも、人の前髪のように毛が長く伸びていて、その隙間からは血のように赤い瞳が、殺意に満ちた光を放っていた。


 空気が震え、肌に痺れるような感覚が走った。それがその魔物、アルコンの遠吠えだと気付くまでには、数秒の時間が必要だった。


 遠吠えをやめたアルコンは、嘲るような視線を投げかけてきたが、その赤く濡れた瞳は、正面から見据えただけで身体が動かなくなりそうだった。しかし、それでもまだ私は鈍感な方だった。


 魔物の発する瘴気に当てられたロレンとパーは、パニック状態に陥って訳の分からない声を上げながら逃げ出そうとした。


「背中を見せてはいけない!」

 

 コルネリオが笑みを消して、鬼気迫る声でそう叫んだが、二人にはまるで聞こえてもいないようだった。


 慌てふためき、泥に足をとられながら無様に逃げ出すその背中は、アルコンの瞳にどう映ったのか……もちろん、餌だ。となれば、始まるのは狩りの時間だった。


 私たちを迂回するように、半円を描きながら進んでも、アルコンがロレンとパーに追いつくのは容易かった。

 森の木々の間から、突如として姿を現した魔物に、二人はまるで対処をする暇もない。

 

 鋭い顎の一撃がひらめき、血の飛沫が舞った。

 ロレンの上半身が噛み千切られ、残された下半身がそのまま二歩三歩と進んでからくず折れた。

 パーは正気を失ってしまったのか、笑い声にも似た叫びを上げながら、もうほとんどまっすぐ走ることすらできない。

 アルコンの爪がパーの背中を襲えば、それでぱたりと声は止んだ。魔物がこちらを振り向く。獣に表情はないはずなのに、その顔は愉悦に歪んでいるようにしか見えない。


「まったく、悪趣味なやろうだ」

 

 吐き捨てるモードの声は震えている。

 

「あなた方が以前に戦ったのは、あの魔物ですか?」

「いいや、違うな。俺達が以前に討伐したのは火の玉を吐き出すトカゲの化物だった」

「いい知らせといえるか分かりませんが、そのトカゲとあの狼は同程度のランクの魔物ですよ」

「なるほどな。だが、あの時味方の兵士は十人はいたんだぜ。それでも、生き残ったのは俺と、オッドの二人だけだ」


 オッドとモードが剣を構える。私もいつまでも呆けているわけにはいかない。唇を強く噛み、その痛みで自らを奮い立てた。

ブックマークありがとうございます!


次回は、死闘です。

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