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読書三昧の異世界スローライフ   作者: 小峰
港町での生活
17/58

一日ぶりの図書館

 本を読んでいると、微かな物音を耳が捉えた。

 顔を上げれば、リリアとアリアがちょうど俺の対面の席に腰を下ろそうとしているところだった。


「おはよう」

 

 ごく普通の挨拶をしただけなのに、なぜか二人は顔を見合わせた。

 それからもう一度、俺の顔をまじまじと見つめてくる。


「お、おはようございます……珍しいですわね」

「ええ、カディナさん、本を読んでいる時はいつも、わたしたちの姿なんか目に入らないくらいのめり込んでいるのに」


 そう言われれば、確かにそうだったかもしれない。というか、二人が受け入れてくれてるからいいものの、俺ってかなり失礼な奴なんじゃないだろうか……

 今更ながらに反省していると、アリアが机に身を乗りだし、ぐっと顔を近づけてくる。


「ど、どうしたの?」

「カディナ、あなた疲れてます?」

「よくわかったね。実はついさっきまで剣の修行に付き合わされてて」

『剣の修行!?』


 アリアとリリアの声が綺麗に揃ったので、俺は思わず苦笑してしまう。普段の俺を知っている人なら、信じられなくても無理はない。

 

 ビスカのことは、ざっくり親戚ということにして、俺は今までの経緯を二人に説明した。


「なるほど……」

「そうでしたの……!」

 

 リリアは剣術に興味がなせいか、熱のこもらない声で相槌をうつ。まあ、予想できた反応だ。

 対するアリアの方は、急に肩を震わせて笑い始めた。これは全く予想外の反応だった。


「ふっ……ふふ……ふふふふ」

「ア、アリア? 大丈夫?」

「大丈夫ですかって? 大丈夫に決まっていますわ。それよりカディナ、いえカディナ様」

「さま?」


 バンと机に手を突くと、アリアはさっきよりさらに近くに顔を寄せてくる。もはや身体の半分くらいが机の上に乗っていて、鼻と鼻ばぶつかりそうな勢いだ。

 至近距離で見るアリアの瞳は、熱に浮かされたかのように恍惚としていた。俺にはその理由がよく分からない。


 横目でリリアの方を見ると、リリアは後ろめたそうな表情をして目をそらした。

――お姉さまがこうなってしまったら、わたしにはもう止めようがありません――

 憂いを含んだ横顔で、そう語っている。


「もしよろしければ、是非わたくしにそのご親戚の方を紹介していただきたのですが!」

「一応、理由を聞いてもいい?」

「ええ、実はわたくしも去年から剣術を嗜んでいるのですが、ここの所どうも伸び悩んでいるのです。師範の方は実力もあり、丁寧にご指導くださっていますが、実力差がありすぎて、わたくし程度では勝負にはなりません。やはり切磋琢磨できる相手がいないと、わたくしは燃えないのですわ」


 そういえばリリアも以前そんなことを言っていたような気がする。

 ビスカに言えば向こうも喜ぶだろうとは思う。けれど、アリアが剣術を始めてのは去年の話らしい。となれば、伸び悩んでいると言っても、中級者レベルでの話しだろう。

 果たしてビスカの相手になるだろうか? 


「多分大丈夫だとは思うけど、一応爺ちゃんと本人に確認をとっていい?」

「それは、もちろんですとも」

「じゃあ明日にでも、またここで会ったときに返事をするよ」

「いえ、今日の夜に家から使いを出しますから、その者に返事をくださいませ」

「え? そんなに急ぐ?」

「だってその方は一週間しかこちらにいらっしゃらないのでしょう? だったら一日たとりも無駄には出来ません。善は急げです」


 ビスカと似たようなことを言っている。アリアとビスカはこれ以上ないほど気が合いそうだ。


 

 アリアと約束して分かれた後は、きりのいい所まで本を読み進めてから家に帰った。

「ただいま」を言ってリビングへ入ると、爺ちゃんが一人でお茶をすすっていた。

 ビスカの姿は見えない。


「爺ちゃん、ビスカは?」

「座禅で足がしびれたらしくてな、部屋で足をマッサージしとる」

「そっか……明日の練習なんだけどさ、僕の友達も一緒に受けてもいいかな?」

「お前がそんなこと言うのは珍しいな、人付き合いにはあまり積極的な方じゃないと思っていたが……いや、もちろんかまわないとも。わしの知っている子かな?」


 面識があると聞いたことはないけれど、もちろん存在は知っているだろう。

 俺が曖昧に頷くのを、爺ちゃんはしっかり見咎めた。


「おい、まさか……」

「それがその、アリアなんだよね」

「お前また貴族と軽々しく……」

「いや一応、二人と相談して、明日返事をするって言ったんだ。そしたら」

「そしたら?」

「今日の夜に使いをよこすから、その人に返事をしてくれって」

「見事に大事になっとるじゃないか!」

「仕方ないでしょ? 剣術の練習に付き合って疲れたって話をしたら、予想外に食いついてきちゃったんだから」

「ビスカに貴族の相手が出来るかのう……」


 正直そこについてはあまり心配いらないと、俺は考えていた。

 そもそもアリアとリリアはその辺の貴族と違って、平民ともごく普通に話す。おやつを買ったり、図書館で話しかけられて言葉を交わす様子を何度か見かけたことがある。近所の子供達とわいわい遊ぶことはまずないが、それは避けているというよりは、二人が静かに過ごすのが好きだからだろう。

 つかず離れず、おそらくは、それがオデラさんとセルバさんの教育方針なのだ。


 ビスカは静かな子ではないけれど、ちゃんと空気は読める。放っておいても適度な距離感を見つけるはずだ。

 

 自分の名前が聞こえたからか、当のビスカが部屋から顔を出した。


「なになに? どうかした?」

「ビスカ、ちょっとここへ来なさい。明日なんだが、うちの領主の娘さんが一緒に剣の修行をしたいと言っているらしい。歳はカディナと同じで、女の子なんだが、いいかね?」

「えー! いいよいいよ、ねえ、その子って強いのかな?」

「去年から始めて、最近は実力が伸び悩んでるって話だったから、初心者を抜け出したくらいじゃないかな? 多分だけど、ビスカとは勝負にならないと思う」

「ふーん、でも女の子で剣術を習ってる子ってすごく少ないんだよ。会えるの楽しみだなー!」

「向こうから言い出したことではあるし、カディナの友人らしいから心配はいらんと思うが、相手は貴族だ。一応、失礼のないように気をつけるんだぞ?」

「はいはーい」


 あまり信用できなさそうなビスカの返事で、話し合いは終わった。

 


 その夜、うちのドアが控えめにノックされた。

 深夜ではないとはいえ、この時間の来客は珍しい。まず間違いなくアリアの使いだろう。馬車の足音は聞こえなかったが、そう遠い距離も出ないし、夜だから気をつかったのかもしれない。

 俺がドアを開けると、そこに立っていたのは見知った顔だった。

 演奏会のときに俺を案内してくれた執事の人だ。

 

「夜分遅くに失礼いたします。セルティアの者ですが、カディナ様でいらっしゃいますね? アリア様より返事を受け取るようにと申し付かっております」

「ご足労いただいて申し訳ありません。お久しぶりですね」


 俺がそう挨拶すると、執事さんは照れたように微笑んだ。コンサートホールでのことを思い出したのだろう。


「お久しぶりです。どうやらご縁があるようですね」

「ええ、そのようです」


 この時期の夜はかなり冷える、いつまでも戸口に立たせておくのは申し訳ないので、俺はすぐに本題に入った。


「早速ですが、アリア様へのお返事を申し上げます。親戚のものが帰るまでは毎日道場で稽古をしておりますので、いつでもお待ち申し上げているとお伝えください。拙い筆ではありますが、地図もこちらに」

「では確かに」


 メモも取らずに頷くと、地図を丁寧にたたんでコートの内ポケットに入れる。執事さんは「では」という風に深くお辞儀をすると、夜闇の中に歩み去っていった。

 

読んでいただき、ありがとうございます。


次回は、直線と弧です。

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