貴族の少女たち
有難いことに、オデラさんが危惧していたような貴族からの嫌がらせはなかった。
さっき俺を睨んでいた少年たちも、今はリリアの前で鼻の下を伸ばしている。
リリアは、さっきから時々こちらを気にしてくれている。一瞬、目が合ったので心配ないよという風に頷いて見せたのだが、間の悪いことに、それはちょうど俺がケーキを頬張っているタイミングだった。
もぐもぐとケーキを咀嚼しながら頷く俺は、どれだけ馬鹿っぽく見えたことだろう。リリアは肩を震わせながら、うつむいてしまった。
さすがの俺も、恥ずかしさに頭を掻いたが、今は食べるくらいしかやることがないのだから仕方がない。
それに、さすがに領主様の主催だけあって、出されたお菓子はどれも美味しかった。
俺のお気に入りは、厚切りのパウンドケーキだ。味もバター、はちみつ、チョコレートと取り揃えられていたし、トッピングの生クリームや苺ジャム、それにマーマレードも、大振りの瓶にたっぷりと詰められていた。
前世では年齢的な問題もあって多少は控えていたが、今なら糖分の摂取にリミッターは必要ない。
チョコレート味のパウンドケーキに苺のジャム、これは殺人的な甘さながら、三つも四つもペロっといけてしまう悪魔的な組み合わせだった。俺の超人的な自制心がなければ、あと二つはいっていたところだ。
一通りお菓子を食べ終えると、特にやることもなくなってしまった。
手持ち無沙汰でボーっと考え事をしていたら、俺より少し年上の少女たちが恐る恐るといった感じで近づいてきた。全員、中学生くらい。貴族なのだろう、華やかなドレスに身を包んでいる。
こういう時は男から声を掛けるのが礼儀らしいので、俺はまた膝をついて挨拶をした。
「お嬢様方、まとめてのご挨拶をお許しください。カディナ=モーリアと申します。わたくしに何か御用でしょうか?」
「あの、カディナ様? モーリア家というのは存じ上げないのですが、どちらからいらしたのでしょう?」
少女たちの一人がおずおずと手を挙げて聞いてきた。
「この町に住んでおりますが、私は平民ですので家名が皆様のお耳に届いていないのは当然かと」
少女たちは驚いたようだが、平民がいること自体には特に嫌悪感はないようだった。裕福な商人なんかも多少は招かれているのかもしれない。ただ、半分くらいからは露骨に残念そうな顔をされてしまった。
「そうでしたのね……では、わたくしはこれで……」
みたいな感じで、貴族の少女たちの半数はさっさとフェイドアウトしていった。現金なものだが、当然といえば当然だろう。
貴族同士の付き合いなんて面倒なもの、見返りもなく続けられるほうがどうかしている。
では残った少女たちの用件はというと……
「わたくし、エリナ=ゴトナと申します。カディナ様はぶどうはお好きですか?」
「え? ええ、まあ」
俺の困惑をよそに、エリナさんは満面の笑みを浮かべる。
「でしたら是非、わたくしのぶどう園にいらっしゃいませんか? 採れたてのぶどうはとても美味しいですよ。お店に並んでいるものとは鮮度が違いますから。
それだけではありません、うちでは評判のいいぶどう酒も造っているんです。
周囲にはぶどう畑の他なにもありませんが、それだけに景色はいいですし、何よりとても静かなんですの。そう、二人の間を邪魔をするものなど一つもありはしないほどに! ももも、もしよろしければ……はぁはぁ……ご一緒にぶどう園で素敵な日々を過ごしませんこと? もちろんカディナ様が気に入れば、いつまでもいていいのです。生活の保障はしますわ」
ぶどう酒といえば、前世にはワインの評価額を予想する方程式があった。降雨量や平均気温などから算出するのだが、思い出せるかな……がちがちの文系のくせに、SFが好きだったから科学の入門書はよく読んでいた。ただ、どうしても数式とは相性が悪い。
まあ、今はワインで一山当てる夢は置いておこう。
それよりも、エリナさんの怒涛のセールストークを要約すると、「わたくしのペットになりなさい。金なら出す」ということのようだ。一時的に鼻息が荒くなっていたけど、まあ下心はもとから隠すつもりもないのだろう。
エリナさんのぶどう園とやらには、さぞかし美少年や美男子がたくさん働いているに違いない。
それにしても、十四五の少女が、六歳の子供を金の力でナンパとは……異世界の貴族は闇が深いらしい。
貴族なんて優雅に見えても、生き馬の目を抜く世界だ。権謀術数に、裏切りに、政略結婚……権力や財力を振りかざしてストレス解消でもしないとやってられないのだろう。
そう考えれば、幼い頃からそんな生活を強いられてきた少女たちに同情しないでもない。
とはいえ、エリナさんの後ろにも少女達は列をなしていて、それぞれに熱い視線を送ってくる。
「どうかわたくしの牧場にいらっしゃってください!」
「いえ、そんなことより、うちの別荘の管理をお願いします!」
こんな子供に別荘の管理って……いや、それはともかく、他の少女たちも用件はエリナさんと同じようだった。
俺はそれから時間をかけて全員に挨拶をし、その用件を聞いた。そして魚の死んだような目をしながら、「祖父母に聞いてみないと、自分の一存では決められませんので」というテンプレ回答を繰り返したのだった。
俺にその気がないのを察すると、彼女達はみんな名刺のような紙を俺の手に押し付けて、意外とあっさり引き下がってくれた。慣れているんだろうな、こういうのに。
そう考えれば、下心丸出しなのも、露骨に金をちらつかせるのも、後腐れをなくすための戦略なのかもしれない。本能に忠実なようでいて、実のところしっかり理性を働かせいているあたり、やっぱり貴族って大変なんだな……
中には一人二人、必死に食い下がるのもいたが、コンサート開園の時刻がきたため何とか開放してもらうことができた。
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中途半端な感じだったので、ここで区切りました。
次回は、アリアのピアノです。




