緑の丘と真っ赤な嘘(おまけ)
それは旅の道中、少しばかり休憩している最中の出来事。
「というか何で二人の巡礼にあたしまで巻き込まれてるのよ……」
「はっはっは。いいじゃありませんか、旅は道連れ世は情けですよ」
「まあ確かに……おかげであたしの罰は帳消しになったけど……」
寧々の声は不満げに呟きつつもどこか嬉しそうですらある。
「まあ、私も少し心配だったし?」
「ふふっ……私も、寧々やお父様が御一緒で安心しました」
「そうですね。正直に言えば紗代が一人で、というのは心配でしたが。おかげ様で」
暖かな居心地に思わず笑みを零す三人。
私は? 私には何もないの? と感謝を期待している神楽耶の顔は見て見ぬ振り。
「でもまさか、大神官様が神楽耶様の巡礼をお許しになるとは思いませんでした。いくら罰とは言え、規律もあるのに……」
どうしてでしょう、と紗代が父親に目を向ける。
一方で宮守は、さあてどうしてですかな、と素知らぬ顔。
神楽耶はくつくつと笑う。
「何笑ってるのよ……」
紗代にとっては単なる疑問だが、教会に仕えて長い宮守にしてみれば当然の理だ。かといって神官の自分が安易にそれを言うのは憚られるので、自ら気付きなさいという体にしておきたいのだろう。
「確かに私は教会にとって必要な存在だけど、別に教会にいなくてもいいんだよ」
「……ん? えっと、つまり……?」
「つまり……私達は巫女様本人を崇拝している訳じゃないから、実は巫女様はいなくてもいい――って事ですか?」
確かに教会の崇拝対象は巫女ではなく神や精霊だ。
けれど違う、そうじゃない。
「いや。簡単に言うと、『巫女』という人が教会にいるって知って貰う事が大切なんだ。『見えない神様を直接信じなさい』と言うよりも『神様の恩恵を受けた巫女様もいるのだから信じなさい』と言った方が信徒以外の民草には分かりやすいからね」
そう言った経緯もあって、教会は定期的に神事と称して巫女を信徒の目にも触れさせている。それは信仰のためという名目以上に信徒の獲得がしやすいという俗的な実利を考えての事なのだろう。勿論その神事自体が崇拝のために必要だという事もあるだろうが。
「だから教会に属してさえいれば、いつどこをふらついてても構わないんだよ」
「ふらついてって……巫女が突然いなくなったら困るじゃない」
「そうだね。私が消えたら巫女が祈れないし、神事もできない。だから規律で縛るんだ。特に大神官は私を信用してないからね」
「そうでしょうか……? 信用しているからこそ、巡礼を許して下さったのではありませんか?」
「そのための人質だよ」
「「人質?」」
顔を見合わせる二人を見て頭痛をこらえる様に額を押さえる宮守。
「そう。本音をいえば大神官だって私を手放したかったはずだよ。教会にとって巫女は大切だ、失う訳にはいかない。でもそれと同じくらい自分の手に余ると感じてただろう。だから巡礼に行くというなら大歓迎。いい大義名分だ。ただ、もし道中で野盗にでも襲われたら、あるいは逃げられたら――だから責任の押し付け先が必要だったんだ」
神楽耶の言葉に、互いの顔を窺いながら二人はとある答えに辿り着く。
「つまり……」
「私達は……」
「人質――とはいかないまでも、まあ。責任を取る役目なのは間違いないでしょうな」
同時、二人は溜息を吐き出した。
頭に思い浮かんだのは一か月前に神楽耶が大見得切って言った言葉。
『煮るなり焼くなりお好きに』
その意味は、
「煮られたり焼かれたりするのは、私たちだった……?」
御名答。
「また優秀な神官様に一歩近づいたね、紗代」
「そんな神官になりたくありませんっ!」
おまけはこれでおしまいです。読んでいただきありがとうございました。
「おまけ」と銘打っていますが、実際には分割3話目のラストに入りきらなかった余談をまとめた物です。
次の話は、ニート卒業した頃に書きます。