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一口異世界物語 旅巫女巡礼中  作者: しらいさん
2/7

田舎娘と甘酸っぱい恋(2/2)

 それからしばらく五人は辺りを探し回ったが、結局逃げ出した妙は見つからなかった。

 仕方なく捜索を諦めて、壁にもたれかかって到着を待つ。

 詳しい話を聞くと、妙の症状は教会にさっきまであった馬車が来てから。

 つまり、つい二日ほど前から続いているという。


 誰ともなしに「なんだったんだろう」と呟くが、佐吉はまだ戻ってこない姉を心配しているのか口をつぐんだまま。神楽耶は「さあてね」と朱に染まりつつある西の空を見上げた。


「でもあの馬車で来た誰かに関係あるのは間違いないさ」

「だれがのってたの?」

「たしか、男の人と、女の人と、それから女の子が二人だったとおもう、たぶん」

「どうせあたらしく村にきた家族だろ?」


 それは違う、と神楽耶は言う。


「教会に来て、それからまた教会の前に馬車をとめてたんだ。多分、教会の関係者だ。それに新しく来た家族なら、君たち村の子が知らないはずがないだろう?」

「む……」

「ちなみにその乗ってた男が妙の想い人ってことは?」

「でも神官よりもずっとおじいさんにみえたけど……」

「それか、御者の方だ。馬車が二台なら御者も二人必要なんだから」


 ちらりと見るまでもなく、教会前には馬車はもういない。誰も乗せずに馬屋に戻っていったのを神楽耶達は見ていたので知っていた。同時に珍しい客を一目見ようと集まっていた人影も。

 ただ彼らの噂話を聞くところによればどうやら何か揉め事があったらしく、教会からは今もなお尾を引いて慌ただしい声が響き続けている。


「教会について何か知らない? 例えば、特別な儀式があるとか」

「そういえば何かいってたような……なんだっけ?」

「『大事なお祈り』よ」

「そうそう。今日は『大事なお祈り』があるからいっちゃダメだって」

「じゃあきっとそのお祈りのために来た人だったんだろう。だけど馬車の準備をしたものの何かごたごたがあって出発できなかった」

「ごたごたって?」

「例えば……お祈りする本人がいないとか?」


 おどけた口調に「そりゃ大問題だ」と子供達は笑った。

 佐吉も一緒に笑顔を零す。

 さて、と神楽耶は立ち上がった。

 尻を軽く払い、空に向かって硬くなった体を伸ばす。ん、と思わず小さく声が漏れた。

 もう帰るのか、と幸太は聞いた。

 その声はどこか、別れを惜しむように神楽耶には聞こえた。


「うん。そろそろ日が沈みそうだし、早く行かないと」


 それに私達がここにいたらお姉さんも戻りづらいだろうし、と付け足して。

 佐吉の頭をくしゃりと撫でてやると、佐吉は軽くはにかんだ。


「……今日はありがとう、カグヤ」

「気にしないで。それから、最後にもう一つだけお節介。もしもお姉さんが戻ってきたら、今日は安心して休んでいいよ、と伝えておいて」

「どうして?」

「少なくとも今夜中に出ていくことはないからだよ。『大事なお祈り』なら慌てて夜にやるとも思えないし、明日の朝なら出発は早くても昼前になるだろう?」


 暗くなれば馬車は出さない。人と同じで馬にも睡眠は必要で、更に言えば普通ならわざわざ月明かりだけを頼りに暗い夜道を出歩く危険は冒さない。どれだけ信仰心が深くても、神は平等に試練を与えるのだから。

 だから、と神楽耶は続けて、


「もしお姉さんが教会に来た人達に話があるなら、その明日の昼前までに行くといい。ただ、次またここに来るのは当分先かもしれないから、何か贈り物をするといいかもね」

「おくりもの?」

「そう。物はなんでもいいから。男っていうのは女の子からの贈り物に弱いんだ」


 それにもし相手にその気があれば、きっといつまでも大切に持ち歩いて贈り物を見るたびに妙の顔を思い出すだろうから。




 翌日。

 馬車は予言通り、昼前の出発に合わせて教会の前にとまっていた。準備は万端、仕事前の雑談とばかりに御者達が馬の調子を見ながら他愛もない話をしている。


 そこへ唐突に、軋みと共に教会の扉が開かれた。

 現れたのは年老いた黒衣の神官率いる若い一行だ。彼を先頭に侍女が両脇を挟み、それから、きっと特別な人なのだろう。まるで割れ物を取り扱うかのように、重そうな祭服を纏った幼い子供が三人に守られながら連れられている。

 少女らは戸を開ける老神官に従って、ゆったりとした動作で、仏頂面をした村の神官に見送られながら馬車に乗り込もうとしていた。


 ――行かなきゃ。


 そう思ったと同時に、妙は駆け出した。

 裾を振り乱し、両手で大切な物を抱えるように、少女らに向かって。

 突然の事に、慌てて一番近くにいた御者が間に入って止めに入ろうとする。だがいつの間にか隣にいた祭服の少女がそれを片手で制止した。


 やがて走りは歩みへ。

 一歩前に出た彼女の前で立ち止まる。

 乱れた髪を気にする余裕はなく、堪らず、呼吸を整える前に口を開いた。

 声は震えていた。


「あ、ありがとうございま、す……」

「気にしないで。それよりも、それを早く渡してあげて」


 そう傘の下からいって、祭服の君は道を譲る。

 妙は俯いた顔が微熱にうなされるのを感じながら、実行した。

 その相手は誰になるだろう。

 どちらの御者か、老神官か、あるいは村の神官か、あるいは……。

 そう彼女が考えを巡らせている内に、妙の足はぴたと止まった。

 戸惑いを見せる当人に、こくりと頷く。

 そして何も言わずに押し付けるみたく渡して、妙は頭を下げるなり逃げ去るように帰っていき、慌ただしい引き戸の音と共に止まった時が動き出す。

 ぴしゃん、と。

 それから、なんだったんだ、と事情を知らない面々が口々にいう中、


「これって、どういうことなの……?」


 事情を知っていながらもそれ以上に姉の行動に戸惑っている弟達が、物怖じせずに祭服の君の元へ駆け寄って尋ねた。相手の両手には、いましがた手渡されたばかりのものがある。

 妙から受け取ったのは、その少女だったのだ。

 少女は複雑な表情で、


「あー……きっとお姉さんには、私達には予想もつかない、ふかーい事情があるんだよ」


 意味が分からない、といった風な子供達に、少女は苦笑。


「まあ、しばらくはそっとしといてあげて」

「うん、分かった」


 一人がいう。


「なあ。あんたはナニモンなんだ?」


 私、と少女は聞き返して、ふっと笑った。


「私は怠惰で退屈な、ただの旅人だよ」


 そう言って彼女は、傘の影から笑みを覗かせる。

 そこには四人の知っている、どこか大人びた不思議な少女――神楽耶の顔があった。


 ◆


 街道を二台の馬車が並んでいた。

 その内、先頭の駕籠かご型の馬車の中で、年長の侍女が口を開いた。


「何だったんですか?」

「敬虔な信者からの贈り物」

「へえ……あの神官中々すごい人なのね。建てたばっかりなのに、教会」

「こら。――それで、何を貰ったんですか?」


 言われて神楽耶が見せたのは、


「蜜柑?」

「そうみたいだね」


 神妙に見つめる先。小さな両手には、橙色の皮に覆われた丸い果実が収まっている。

 それはつまり、妙が窓から眺めていたのは教会にいる誰かではなく、教会にいるはずの人間だったという事で、


「まさか私を探していたとは……」


 どうりで出会ってすぐに逃げ出した訳だ、と一人勝手に納得。その横で何のこっちゃと顔を見合わせる侍女が二人。そのうちの年下の女の子が、


「食べないの? なんならあたしが貰っちゃうけど――」


 と手を出して、ぴしゃり。

 あう、と打たれた手をさすりながら顔をしかめた。


「……何でよ」

「駄目ですよ、寧々ねね

「でも紗代さよ、こいつ食べる気なさそうだし」


 再びぴしゃり。

 今度は悲鳴が上がった。


「いったーい!」

「『こいつ』じゃありません。自分の立場をわきまえなさい」


 優しい声ではっきりと諭す紗代に、寧々は不満を隠そうともせず膨れっ面だ。

 その様子をクククと呑気に笑う神楽耶をしばらく親の仇のように睨みつけると、やがて隣で微笑をたたえる彼女を気にしながら三度目の叱責を受けないように、慎重に言葉を選ぶ。


「それで。神楽耶様はその蜜柑をどうされるのですかあー……?」

「さてどうしようかな……」


 それが問題だった。

 妙には『形に残るもの』という意味で弟を通して助言を送ったつもりが、実際に贈られたのは蜜柑――つまり食べ物だった。そして食べ物の使い方の大部分は『食べる』なので、このままでは全て胃に収めるしかない訳で、それでは形に残しようがないのである。

 もっとも寧々が聞きたいのはそんな当たり前のことではなく、自分で食べるのか、分けてくれるのか、という意味なのだろうが。

 剥きながら悩んだ末、


「仕方ない。大切に持ってても腐っちゃうし」


 結局、神楽耶は『食べる』を選んだ。

 元よりそれ以外の選択肢が思いつかなかったので選択に大した時間は掛からない。

 ただ薄皮に包まれた瑞々しい実を口に運びながら思う。今回の話は甘酸っぱい教訓になりそうだ、と。それは自分にとっても、彼女にとっても。

 そして瞬く間に蜜柑は消えて無くなる。


「あれ?」


 あまりの美味しさに夢中になって食べてしまった、からではない。

 その証拠に神楽耶の舌には、特徴的な甘味と酸味は感じられなかった。

 ひょいと、取り上げられたのだ。


「その前に、神楽耶様?」

「なにかな?」


 口にいれようとして空ぶった姿勢のまま見つめ返せば、紗代が蜜柑を両手ににこり。


「何か言うべきことがありませんか?」

「うん? なんだろう。……『いただきます』?」


 さも思い当たる節がありませんといった風に聞き返す神楽耶に、寧々はやれやれとため息をついて狸寝入りし、紗代は語気を強めて、違います、と。


「神官様、かんかんに怒ってらっしゃいましたよ」

「ひどいなぁ……私はちゃんと大人しくしてたさ」

「いいえ。『お部屋で大人しくしていてください』とお伝えしたにもかかわらず勝手に抜け出したのは分かっております。おまけに神官様の大切にしていらっしゃった壺も壊してしまい、更にはお祈りも放り出して日暮れまで遊びに出かけていましたよね? その言い訳を、是非お聞かせ願えますか、巫女様?」


 ああ、と神楽耶は悟った。

 全く怒っていませんとばかりに笑顔を見せつつも淡々と糾弾している彼女を見て。

 これはとてつもなく怒ってる時の紗代だ、と。

 参ったなあと神楽耶は平静を装って格子窓を叩いて御者にこういった。


「ごめん、ちょっと止めてくれる? 急ぎの用事を思い出したんだけど」

「駄目です、止めないでください、巫女様は只今ご乱心なのです。はあ。向こうの神官様を誤魔化すのがどれだけ大変だったか、説得するのにどれだけ宮守様が苦労なされたか……巫女がお祈りを拒否だなんて聞いた事ありませんよ……」

「じゃあ自分が一人目だね」とは口にしない。いえば修行の一環と称して断食でもさせられるかもしれず、仕方なく神楽耶は正直に理由を告げる。

「だって……あの部屋、本の一冊もなくて退屈だったし」

「言い訳はお聞きしません。罰として次の村に着くまで聖典の暗唱をしていただきます」

「じゃあ蜜柑は?」

「暗唱が終わるまで私達でお預かりします」


 そんな殺生な!

 しかし有無を言わさぬ威圧感で「さあどうぞ」と促されて、神楽耶は渋々従うしかなかった。


「はあ……ワカリマシタ……『光よ、光よ――』」


 後続の馬車では、やっと収まった姦しい響きに神官と御者が肩をすくめていた。


リメイク分は終了

続きを作成中なので出来次第分割で投稿します

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