第三話 Why the long face?
見てはいけないものを見てしまったと思った。
バイト先にいつも覚醒しているのだか寝ているのだかわからない、愛川という男がいるのだが、彼がゴミ捨て場で社員の女性と熱烈にキスをしているところに遭遇してしまった。
人のことは言えないのだが、彼はいかにも人と深く関わることに関心がなさそうだったので、ひどく驚いた。
必死に物陰に隠れたのだが、僕に気付いた愛川はキスを止めることなくただ含み笑いをした。
肌の色が褐色で、どこか東南アジアの国とのハーフですと言われても誰も疑わないような男だなと思っていた。
彼らの抱擁に終わりの気配がないので、僕はその場でしばらくの間息をひそめることを強いられたのだった。
バイト先のオフィスで私服に着替えながら、誰かに打ち明けるべきだろうかと長考していると、ヤツも仕事を終えたようで二人きりになってしまった。
暫くの間沈黙が続いたので言葉を選んでいると、
「いつもそんな感じなの?」
と言われた。
「えっ?」
決められたロッカーにユニフォームを戻すと、愛川はなんでも大目に見られちゃうタイプ?とニヤリとした。
あんなことが露呈してしまったというのに、逆にこいつはそんな感じなんだなと思った。
「僕はそんなにお人よしじゃないよ」
話し慣れていない相手と話しているだけでなんだか消耗している僕を見て、愛川はははっと笑った。
「なんかお前って別の顔がありそうだな」
「それは君の方だろ」
愛川は俺たちぐらいの歳は絶えず背伸びをしたくなるもんだろと言うと、ポンポンと僕の肩をたたいて事務所を後にした。
「俺ってウラオモテあるように見える?」
そう言って弁当に箸をつけないでいる僕に、錦は訝しそうな顔で僕を覗きこんだ。
「愛くるしい顔をして君はまた何を言い出すんだい?」
いつになく真剣な面持ちで言ってみたので錦を少したじろがせることができた。
昨日バイト先のヤツにそのようなことを言われたから戸惑っているのだと言うと、「ウラオモテねえ」と錦は僕の言葉を復唱した。
「亘にはなんていうか、約束された将来がある感じがする」
「???」
錦は僕の頭の上の?マークを感じとると、上手く言えないけれど周囲から期待されている良い子という印象があると言った。
錦の言葉を再考していると、
「ここの屋上って殺し屋とかいそうじゃねー?」
といつもの奇想天外な発言が始まったので、僕は溜め息をついて
「そうだな。スイス銀行にいくらか入金するか」と話を合わせた。
「愛川って相当な数と付き合ったことありそうだな」
僕がぼそりと言うと、愛川はそうでもないけれど、いつも新たな恋愛関係が
勝手に始まっているのだと言った。
「隠し通せないと思うから言うけど、俺は今まで恋愛とかしたことないよ」
愛川にとって案の定だったのか、彼は驚きはしなかったが、退屈で死んじゃうぞと言った。
諦めてはいないけどさ、という僕の耳元に愛川は急に鼻先を近付けてきた。
「ちょっと火薬みたいなニオイがする」
「・・・」
明日から禁煙しますという僕に、今日から出来ないのなら明日もムリだろと愛川は笑った。
高校生の喫煙はダメですね~