第二話 思うがまま
「今日はそっけなかった」
手の届かないところにいる女の子に夢中になっている錦に、それいつも聞くし・・と僕は言った。
今まで気になる女の子がいなかったわけではないのだが、心を揺さぶられるような恋愛をしたことはない。
「ゆうかのためならオレ何でもしちゃうんだけどな~」
「ふーん」
付き合える可能性が限りなくゼロに近い相手にどうしてブレーキがかからないのかと不思議に思う。
「菊池さんて彼氏いるんだろ?」
「今はなー」
錦はそんなことには全く頓着していない様子だ。
僕は錦のような、人から何かを奪おうとする人の気持ちも正直わからない。
色々なことに希薄すぎるのだろうか・・。
「亘って授業のときだけメガネかけてんの?」
「うん、まあ普段はなんとなく見えればいいし・・」
錦が質問してきたから答えたのに、既に横の友達と話していて全く聞いてない。
僕は誰に喋ってるんだよ。
何度か錦の家に遊びに行ったり、泊まったりしたことがあるのだが、家族各々が自由に話すので聞き役がいないし、皆話がどんどん飛ぶのでついていくのが大変だ。
「この間の飲み会にひどいブスがいてさー」
錦たちの会話が聞きたくないのに耳に入ってくる。
僕はまるで雑踏の中に佇んでいるかのように、ぼんやりしながらクラスメイトたちの会話の断片を耳にしていた。
「亘、私の部屋ルンバやっておいてー」
せっかくの休日だというのに姉の人使いが荒い。
逆らうと怖いのでやむなく従う。
姉の命令に何度か逆らったことはあるのだが、かえって逆効果で指示が多くなったのでもう諦めた。
この家で無給なのは僕だけなのだから何かの形で貢献するべきなのだ。
歳の離れた姉のデスクには書類の山ができている。
彼女の会社ではいつも週明けに定例会議があるそうで、用意は万全にしておかなければと常々言っている。
子どもの頃から強い意志を持った姉は何かの使命を担っているかのように仕事をこなす。
これまでも数々の難局を自らの力で乗り越えてきたし、大抵のことはうまく対処することができる。
男勝りの姉は付き合う相手に対しても主導権を握るタイプなのだが、先日初めて彼女から弱音を吐かれた。
「もうダメかもしれない・・」
「・・・・・・、何が?」
少しの間をおいて問う僕に、姉は彼氏からしばらく距離を置きたいと言われたと呟いた。
強者の姉にも恋愛は容易いものではなかったのだ。
意外と傷つきやすかったりするのかな・・。
僕は気の利いたことを言えないからただなにもせずに姉のそばいてあげることしかできないけれど、彼女はきっといつものように自分の力で今の状況を乗り越えて、ありふれた日常に戻るのだろう。
亘くん、振り回されております