第十話 言い忘れていたことがある
「しばらくスマホの電源切ってた」
数週間連絡がつかなかった朱は無気力な様子でそう言った。
外の雨音がファミレスの中にまで聞こえてくる。
男の子から乱暴されたと朱から耳にしたとき、私は怒りが収まらなかったのだが、朱の表情からはそのときの恐怖や嫌悪だとかが何も感じられない。
「けっこう大丈夫なんだよね、私」
色褪せた座席に腕を組みながら深く座りなおすと、朱は軽く笑った。
「あんまり変なヤツについていくなって言ったでしょ」
「それがすごい普通の男の子だったの」
見るからに未開発という雰囲気で、朱に全て委ねてきそうな様子だったという。
「声かけたのもこっちからだしさ」
苦笑いする朱に、私はそれでも結果は違っていたのだから気を付けるべきだと注意した。
「ゆうかは最近どうなの?」
何がと問う私に、朱は例の毛深い彼氏とはうまくいっているのかと聞いてきた。
「・・・。残念なニュースがあるよ」
「何、何か悪いことしてた?」
「結婚をほのめかされた」
「はっ?あんた高校生なのに?」
「別れを切り出したら、じゃあ奥さんと別れるからって言ってきた」
「・・・。めんどいね」
私はうなずくと、相手の男に対して始末に負えないという顔をした。
「それより学校にね、最近いつでもどこでも私を待ち構えてる人がいるの」
「何それ、ストーカー?」
「私もそう思って放っておいたんだけど、何回も告ってくるの」
自分には彼氏がいることを教えたら身を引いてくれると思ったのだが、その彼は、夏の終わりまでには自分が私の彼氏になっていたいと言ってきた。
「からかってんじゃない?ゆうかのこと」
「そういう感じの人じゃなくて、なんていうか・・・相当おめでたいタイプ?」
場の空気を読めない類の人かと聞くと、朱はくすくす笑った。
「そうかも。自覚してんのかな~」
「そういう人の方がラクなのかもね」
問題を抱えている人よりかはと付け足すと、朱は外の街灯にぼんやりと目をやった。
恐れない人たちの話です~