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04.真相


 ■■■


 夜、誰もいない会社の倉庫で、男と女が向かいあっていた。

 女の方は、派手な化粧をし、赤い唇を吊り上げて、自分より背の高い男を見下すかのような口調で話す。


「別にいいじゃない。あなたは私と遊ぶ、そして私はお金を受け取る。それだけでしょう? 今まで通りで何が違うの」

「……もう終わりにしたいんだ」

「あ、そう。別にいいけど――でも、お金だけは貰うわよ」

「どういうことだ」

「このことがバラされて困るのは、そっちだってこと、忘れないでちょうだい」


 男は、まるで陳腐なドラマのようだと思った。

 遊びのはずで付き合った女だった。小遣いをあげて、寝る程度の。だが、それはいつの間にか弱みに変わり、いつのまにかそれをネタに自分を強請るようになった。金遣いは次第に荒くなり、家族にも勘付かれている。


「何言ってるんだ、知れたら、お前だってタダじゃ済まないだろう」

「何も困らないわよ。私は別に、こんな会社いつだって辞めたって構わないし。事務なんてもう退屈だし嫌になってたところ。不倫がバレたら困るのはそっちでしょう。……写真、家族に送ったっていいのよ」


 いたぶるように笑う女を見て――男の中で何かが切れた。

 力任せに女の胸倉を掴もうとした。だが、ヒールを履いていた女は、よろけ、棚に後頭部をしたたかにぶつける。


「っ、い、痛い……っ、キャア!」


 ぶつけた箇所を確かめようと触った女は、ぬるりとした感触に驚き、真っ赤に汚れた手を、慌ててその辺に擦り付けた。そして、急いで出ていこうとする。床にぽたぽたと、血が落ちた。


「ま、待て!」

「イヤっ、イヤ!」


 騒ぎ立てて逃げ出す女を見て、男が咄嗟に思ったことは、このままでは駄目だ、止めなくては、ということだった。

 バレてしまう。女は騒ぎ立てていた。傷害にされる? いや、あいつが勝手に転んだんじゃないか。だが女はそう言うだろうか。訴えられ、そして、何故そんなことになったんだと聞かれたら、今までのことも――

 とにかく黙らせなくては。男は咄嗟に女の細い首を押さえていた。




 気がついた時には、事切れた女が、頭から血を流して床に倒れていた。

 男は、はあはあと荒い息遣いで、それを見下ろす。過呼吸になりそうだった。


 ――この女の死体を片付けなくては。ああ、だけど、どこに?

 

 本当に面倒な女だ。部下としては最悪だった。仕事ができず、事務のくせに、何事も適当で。出した事務用品を元の場所に片付けずに、ほったらかして、几帳面な男としては見ていてイライラした。なんでこんな女に手を出したのか、気の迷いとしかいいようがない。


 どこかに捨てられたらいいが――そう思った時、彼の目に入ってきたのは、40リットル用量の、業務用の大きなビニール袋だった。


 ■■■


 倉庫の入り口に立ち塞がり、こちらを睨みつけている男に、私は呼びかけた。


「課長――」

「やはり、君か。水落さん。倉庫の鍵を持ち出していたのは、君だけだから、予想はついたが。まさか、こんな偽物の鍵をつけて……」

「課長と同じことをしただけですよ」


 言い放つと、課長は後ろ手でドアを閉め、私の方を見据えて、こちらにゆっくりと歩いてきた。その手には――金槌が握られている。あれも、会社の備品だろうかと、場違いなことを考えた。

 井森さんはへたりこんで震えながら、私と、課長と、段ボールに詰められた死体を見ていた。その口がパクパクと動き、どういうこと、と言っていたが、声にならないようだった。


「推測ですけど、このご遺体。失踪したっていう荻原という女の人ですよね? 倉庫の伝票ファイルに、血の痕が残ってました。彼女は、この倉庫で殺された。そして――そのまま、倉庫に隠されたんです」

「……。」


 課長は答えない。だが、その表情と沈黙が、私の言っていることが真相だと示していた。


 愚策以外の何物でもないと思う。自宅の敷地ならいざ知らず、ここは会社だ。だから、いつかはこうして見つかってしまっただろう。だが、課長はそうするしかなかった。


 死体をどこかに運ぶことは不可能だ。会社の各出入口には、監視カメラもあるし、夜でも警備員がいる。死体をバラバラにして、少しずつ運ぶようなことも難しい。そんなことを会社ですれば、さすがにバレるだろう。

 そのまま放置して、無関係を装うわけにもいかなかったのだろう。そのまま倉庫で彼女の遺体が見つかれば、倉庫の鍵の管理者は課長なのだから、課長には何らかの形で追及がある。殺害当時の詳しい状況が分からないので何とも言えないが、恐らく、逃れることができない状況だったのだろう。


「シュレッダー袋に何重にも包んで、臭いが漏れないようにして、段ボールに隠した。だけど、倉庫はほとんど人が入らず、掃除もない。倉庫の管理者である課長が何か指示をしなければ、あえて誰も段ボールに触れようとしない」


 事実、それでしばらく隠し通せているのだ。私が血の臭いに気が付かなければ――もっと発見が遅れたかもしれない。


「驚かないね。私がやったことだって、知っていたみたいだ。……どうして、気付いたんだい」


 課長は私を睨みながら、じりじりとこちらに距離を詰めてくる。倉庫は狭い。課長の横をすり抜けるのは難しい。


「そうですね。やっぱり、鍵、ですね。課長が不在だった昨日、倉庫を開けようとしたら、鍵が開かなかった。あれは、課長が鍵をすり替えていたからです。よく似た鍵を見つけて、つけていたつもりですけど、私、結構目敏い方なんですよ――」


 課長は不安だったのだ。自分が不在の間、倉庫が開けられないか。だから、会社にいない間は、鍵をすり替えて置いていたのだろう。そんな小細工をしたから、却って私にバレたわけだが。


 今にして思えば、課長は、常にオフィスにいた。

 誰よりも早く出社し、特段の予定がない限り、最後まで常に残っていた。プリンターの紙補充なんていう些細な仕事を率先してやっていたのは、倉庫に極力人を近づけないためか。

 仕事熱心な、いい上司だと思っていたけれど――金槌を持って部下に迫るようじゃ、ね。


 私は少しでも課長の隙を作ろうと、思いついたことを話した。


「そうです、課長。代わりにつけた鍵返してください。あれ、私の部屋の合鍵なんです」


 課長は、私から目をそらさないまま、スーツの内ポケットから、鍵を忌々しそうに投げた。


「女性が不用心なことだ。私が持ち帰ることは予想がついていただろうに」

「どこの鍵だか分からなければ、大した問題じゃないですよ」


 私は、じりじりと後ずさった。だが、すぐに倉庫の壁に背中が当たる。後ろ手で、何か対抗できるものがないか探りながら、課長を睨みつけ、少しでも気を逸らそうと話しかける。


「私を殺して、またここに隠しますか。すぐ気付かれますよ。私が失踪すれば、家族はすぐに不審に思います。しかも、総務課で女性が二人も立て続けに消えたとなれば、皆おかしいと思うでしょう」

「だが、隠すしかない。それしか、ないんだ……」

「逃げられませんよ」


 課長は、過ちを犯し、それを隠すことを選んでしまった。その深みに嵌って、もはや他の選択肢を選べなくなっている。

 課長の目は、完全に据わっていた。さすがに、額に汗が流れた。

 その時――


「くっ……わあああ!」


 地面にへたり込んでいた井森さんが、急に立ち上がり、課長に飛びかかった。


「なっ!」

「!!」


 思惑通りだ。課長の目線の動きで、机の陰、床に座っていた井森さんの存在に気が付いていないのは、すぐ分かった。バレたらいけないと思って、目線も送れなかったが、彼はうまくやってくれた。

 その隙を逃さず、私は手当たり次第に、近くにあったバインダーをいくつも投げつける。女の力では強くぶつからなかったが、不意をつくには十分だった。


「い、いたのか、井森!」

「……くっ、くううっ!」


 顔を真っ赤にして、井森さんが課長を押さえつけている間に、私は走って倉庫から出た。そしてすぐさま、近くの壁に飛びつき、消火栓のボタンを目いっぱい押した。

 ジリリリリリ、というけたたましい音が鳴り響く。これですぐに人が来る。


「もう終わりです!」

「――っ、っ、ぐううう……」


 複数の足音が、走って近付いてくる。それを聞き、課長は全身からだらりと力を抜いた。そのまま、床に崩れ落ちる。言葉を忘れたように獣のような声をあげ、うずくまる中年の男から、井森さんは離れた。


「……。と、とりあえず、警察を、呼ぶ……?」

「消火栓を押した時点で、警備室とかに連絡はいってると思いますけど、通報は必要でしょうかね」


 へなへなと床に座り込んだ井森さんは、大きくため息をついた。


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