03.倉庫に隠されたモノは
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あの倉庫に何が隠されているか、ダウジングで徹底的に探してやる――と思っていたにも関わらず、完全に出鼻が挫かれた。
「え……課長、午後、不在なんですか」
「うん。だから今日は、さっさと帰っちゃった方がいいよ」
上司がいないからと、総務課の社員の皆さんは、定時と同時に席を立つ。よく考えたら、課長は毎日最後まで残っている。別に圧力をかけてくるわけでもないが、上司がいるとちょっと帰りずらい。それで今日はみんな、我先にと帰っていく。
総務課の社員は、営業課と違って、出張とかほとんどなくて、大体いつもいるから、その日の予定を確認するのを忘れていた。確かに、ホワイトボードの課長の欄には、午後は『出張、直帰』の文字が。ああ、うっかり。
がっくりとしていたら、また書類の山と格闘している井森さんに声をかけられた。この人はまだ帰れないらしい。
「課長に何か用があったの?」
「ええ……まあ、課長が管理してる、倉庫の鍵に、ですけどね」
「また伝票ファイル? ……明日でいいんじゃないかな」
やっぱり、井森さんは微妙に渋った様子だ。
「今日中に片付けたいんですよね」
「うーん……どうしてもっていうなら、課長の机に入ってるとは思うけど」
それもそうか。課長が肌身離さず持ち歩いていたら、課長不在の時に倉庫が開けられなくて困ってしまう。
私は課長の机に近付いて、鍵を探した。課長の机はよく整理整頓されていて、すぐに、『総務課倉庫』のキーホルダーがついた鍵が見つかる。
すると、仕事が終わっていないはずの井森さんが、課長の机を挟んで私の前に立った。
「……それ、貸して。僕が持ってくるよ。いつもの伝票ファイルだよね」
「いいですよ。何でですか」
「……。」
井森さんは、明らかに目を逸らした。私は井森さんの横を通って、廊下に出る。倉庫まで行く私に、井森さんはついてくる。
「えっと……もう遅いし、日も傾いてきてるし。ほら、課長もいないし、そんな一生懸命やる必要ないんじゃない」
「正直言うとですね」
私は、鍵を、倉庫の鍵穴に差そうとしながら、井森さんに言った。廊下には、夕暮れの赤い光が差し込んでいる。電気をつけても、倉庫の中は多分、薄暗いだろう。
「私、ちょっと倉庫の片付けをしようと思ってたんですよ。散らかってるじゃないですか」
「――! 駄目だよ!」
井森さんは私の鍵を奪おうとするが、彼がそういう反応をすることは予想がついていたので、軽く体を引いてかわした。その顔は明らかに青ざめていて、挙動不審だ。私は、彼の揺れる目を真っすぐ見た。
「どうしてですか? この倉庫の中に何かあるんですか?」
「そ……そういうわけじゃないよ。ただ……」
私は、井森さんの言葉を無視し、鍵を開けようとした――だが。
「え? どうして」
鍵を鍵穴に差し込む時に、ざり、と擦れるような違和感があった。そして、いつもすんなりと回るはずの鍵は、力をこめてもびくともしない。鍵が開かない。鍵を引き抜き、もう一度差し込んでみたが、結果は同じだった。
井森さんを見上げると、何ともいえない表情をしていた。鍵が開かないなんて、おかしいと思っているような、まさか、と思っているような。
「とりあえず、……早くここから離れよう。鍵が開かないんだったらさ、もういいじゃない」
井森さんは私を促して、オフィスに戻る。私は、キーホルダーをつまんで、鍵をぶら下げて眺めた。窓から差す夕日が、鍵のギザギザに当たって、赤く光を反射する。
それを見た瞬間――はっとした。
「そういうことね――成程」
ルービックキューブが解けた時のような、愉快な気持ちになる。つい、笑みが零れた。
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次の日の朝、出社すると、自分のデスクを拭いていた課長に声をかけた。
「おはよう、水落さん。今日も早いんだね」
「おはようございます。すみません、課長。伝票ファイルを倉庫から出したいんですけど、またいいですか?」
「ああ、またか」
課長は机の中から、キーホルダーのついた鍵を出して渡した。軽く頭を下げて受け取り、倉庫に向かう。倉庫の鍵はスムーズに開く。すぐに手前の方に置いていた伝票ファイルを出した。
ちなみに、他の伝票ファイルは、元の通りに――ナンバーがバラバラになるようにしまい直している。
パタン、とドアを閉じて、倉庫の鍵を閉める。濁った血の臭いは、今日も鼻についた。
廊下に出たところで、出社してきた井森さんと会った。倉庫から出てきた私に、井森さんは、はあ、とため息をついた。
「おはよう。水落さんは、早くから、仕事熱心だね……」
「あ、井森さん。今日、定時後、空いてます?」
「へ?」
私は倉庫の鍵のキーホルダーを指にかけたまま、彼に笑ってみせた。
「一緒にお茶でもしませんか?」
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テキパキと仕事を終わらせる。井森さんは、相変わらず、ああ、とか、うう、とか言いながら、書類と格闘していたけれど、私がそこそこ手伝って彼の仕事も定時内に終わらせた。
「……ありがとう。水落さんって、僕より後に入ったけど、仕事早いよね」
「まあ、営業課の方での経験もありますから」
「あ、そうか。正直、僕、中途採用で来たとこなんだけど、こういう会社で働いたの初めてなんだよね」
「そうなんですか」
中途採用ということは、私の前任者である、荻原さんと入れ替わりで入ったのが井森さんだったということか。
今日の分の仕事を課長に報告し、井森さんと一緒に退社する。そしてそのまま、会社の真向かいにあるカフェに入った。窓際の席を選んで座り、コーヒーを二つ注文する。
ブラックで飲んでいる私に対し、彼はミルクと砂糖を入れていた。まあ、空腹にブラックは辛いか。お互い、コーヒーを一口飲んだところで、井森さんが口を開いた。
「……あの、さ。水落さんは、ひょっとして……分かるの?」
「分かるというと?」
主語をぼやかした彼の問いに、私はコーヒーに口をつけつつ、質問で返した。すると彼は、あれ? と首を傾げた。
「倉庫のことだよ。いやに執着してたじゃないか。だから……」
「私、隠されてるものがあれば、見つけないと気が済まないんですよ」
答えながら、横目で会社の入り口を見ていた。一人、また一人、総務課の人間が退社していくのを数える。
「今日井森さんを誘ったのは、井森さんが私に何か隠しているのが分かるからですよ。それも教えてもらいますけど――、まあ、倉庫に隠されてるものを見つけたら、それも合わせて分かるんじゃないかって気がしますけどね」
「え、倉庫?」
思ったより早かった。総務課の最後の一人、課長が、会社の玄関を通り、駅の方向に歩いて行った。
私は一気にコーヒーを飲み干すと、話を終わりにして、立ち上がった。
「さ、行きましょうか」
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私は井森さんを連れ、倉庫の前に立った。やはり、井森さんは明らかに緊張して、生唾を飲み込んでいた。
そして私は、自分の鞄から鍵を取り出し、倉庫の鍵を開けた。
「えっ? その鍵、何?」
「ああ、これはですね。朝、伝票ファイルを取った時にすり替えておきました」
課長から受け取った鍵の、『総務課倉庫』のキーホルダーには、形が似ていた家の合鍵をつけて返しておいた。
「え、そんなことしたらまずいんじゃないの!? そんなことしなくても、鍵は必要だったら、借りるか取り出すかすれば」
ガチャ、と私は音を立てて、倉庫のドアを開けた。横で、井森さんの肩が跳ねた。
明かりをつけたが、倉庫はそれでもやや薄暗い。天井に取り付けられた蛍光灯は古いのか、チカチカと何回か鈍く点滅した。
今も鼻につく。濁った、腐ったような血の臭い。
私は水晶を取り出すと、水平に伸ばした腕の先から吊り下げた。
もつれた糸を解くように、意識を集中させてから、歩き出す。そう、この先に、隠されていたものがある。
一定のリズムで、静かに歩く。水晶を見つめて、揺れるのを待つ。
「駄目だ! 水落さん、こっちに戻ってきて!」
彼が言うのと同時に、青い水晶が、何かに振れたように、揺れ始める。その揺れは、段々暴れるように大きくなる。
私は倉庫の奥、大きな段ボールの前に立つ。ここだ。
積まれた段ボールを一つずつ下ろす。何も入っていないのか軽かった。一番下の段ボールに封をしていたガムテープを剥がす。焦ったように、井森さんがこっちに走ってくる。だけど、私が段ボールを勢いよく開く方が早い。
「っ、う、うわあああああっ!!」
「――――っ!」
段ボールの中からまず見えたのは、大量の毛髪。そして赤。血と肉の色だ。何重にもビニール袋に入れられ、半透明になったそれはモザイクがかかったようになっていたが、それでもはっきり分かる。
ビニール袋の中に入っていたのは、死体だった。
叫びながら腰を抜かし、後ずさった井森さんは、机に背中をぶつけて止まった。彼は、はあはあと短い息をついた後、目を見開いて、死体の入った段ボールの少し上を見た。
「っ、ま、まさか、まさかっ、君は!」
「……井森さん?」
その態度に、また引っかかるものを覚えながらも、私は、とにかく通報しようと倉庫を出ようとした。オフィスに行けば電話がある。とにかく警察を呼ばないと。
だが、振り返った時、倉庫のたった一つの出入り口を、塞ぐように人が立っていた。