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01.不審な態度

心霊ダウザーシリーズ・アナザー第一弾。

心霊ダウザーシリーズ・本家では、大学生の水落青年が主人公でしたが、アナザーシリーズでは、OLの透子さんが主人公となります。

本家シリーズ共々、よろしくお願いいたします。


 男の荒い息遣いだけが、倉庫に響く。

 立ち眩みのように視界が明滅し、目の前の現実を見えにくくした。


 はあ、はあ、はあ。

 獣のような息遣いは次第に速くなり――男は苦しくなって咳き込んだ。


 片付けなくては。

 男は、事切れた女の死体を前に、必死に考えを巡らせた。


 ■■■


「あれえ、ペンがない」


 のんびりした声が、オフィスに響いた。


 彼は、あれー、どこやったんだっけ、と言いながら、書類でいっぱいの机をガサガサ探す。

 別に放っておいても良かったのだけど、そのガサガサがいつまでも続きそうな気配がしたから、私は横から口を出した。


「……どんなペンですか」

「え? あー、3色のボールペン」

「3色ボールペンですか」


 私は、3色ボールペンの軸が太いペンをイメージし、散らかった机をじっと見つめた。


「持つとこが、緑と黄色とピンクのしましま模様で」


 ――3色ボールペンって、そっち?

 改めて、ペンのイメージを切り替えて、乱雑に書類が積まれた彼の机に意識を集中する。そして――手を差し入れ、転がっていたペンを取り出した。


「ありましたよ」

「あっ、あれ? どこから出したの」


 私が簡単にペンを見つけ出したのを、彼は手品でも見るような目で見た。


「……最初から机の上にありましたよ」

「そっかあ、ありがとう、水落(みずち)さん」


 彼はのんびりと言いながら、可愛いデザインのペンを胸ポケットに挿す。そして、再びガサガサと書類をかき回し――否、片付けているらしい。

 隣の席の彼、井森(いもり)さんは、しょっちゅう物をなくすらしく、仕事時間の大半は探し物をしているように見える。「片付けないと」と普段から口癖のように言うものの、それが実行された試しはないようだ。


 私からすればあり得ないことなんだけどね。


 私――水落(みずち)透子(とおこ)は、そんな彼を尻目に、今日の仕事を片付けるべく、パタパタとキーボードを叩いていた。


 ■■■


 私は事務職として、このオフィス――そこそこの規模の会社の、総務課と説明すれば、イメージはつくだろうか――に勤めている。現在、課の女性社員は私だけだから、書類作成などの業務だけでなく、ちょっとした雑務を頼まれることが多い。

 それは例え、金曜日の、帰宅直前というタイミングであってもだ。


「あっ、水落さん、プリンター、紙を補充しといて」

「はい、あの」


 頼んだ当の本人は、急ぎの用か、そのまま私の呼び掛けを無視してオフィスを飛び出すように出て行ってしまう。仕方なく、私は持ち上げていた鞄を置き、プリンターの前に立つ。だが、いつもプリンターの横に置いてある、紙の入った段ボールが、そこになかった。仕方なく、まだ残っていた井森さんに尋ねる。


「……井森さん、コピー紙の在庫ってどこですか?」


 私は、急な人事異動で総務課に来たばかりなので、事務用品の場所が分からない。

 まあ、執務室の見える範囲にはないようだから、倉庫だろうなとは思うけど。執務室を出て、廊下の先に、『総務課倉庫』というプレートがある。各階の同じ位置に、それぞれの階にある課の倉庫がある作りになっている。


「倉庫……だけど……」


 井森さんの答えは、微妙に歯切れが悪かった。

 私がその態度に引っ掛かりを覚えていると、井森さんはううん、と唸り、立ち上がった。

 そして、別のコピー機のトレイを開け、そこから紙を半分取り出すと、プリンターに詰めてしまう。


「これでいいよ、わざわざ倉庫に取りに行かなくても、さ」

「……え?」


 いや、プリンターもコピー機も頻繁に使う。両方とも一日何回か紙を補充するのだ。そんなことをしたって、一時しのぎにしかならないので、補充した方がいいと思うんだけど。


「それより、早く帰った方がいいって」

「……。」


 井森さんは、私から明らかに目を逸らした。


(ん――何か隠してる?)


 私は、彼の意図を掴もうと目を細め――止めた。

 やったことは、別に大したことでもない。重いコピー紙の段ボールを運ぶのも面倒だから、放っておいただけのことで、追求するまでもない、か。


「……じゃあ、お先に失礼します」


 私は井森さんと、課長に挨拶をして、オフィスを後にした。


 ■■■


 ここのところ、やや残業が多い。大概、私と井森さんの仕事が終わるのを、課長が見届けているという形になっている。

 井森さんの仕事が遅いのは、十中八九、探し物をしている時間が長いからだろうが、私の方については、自分の責任ではない。


 原因の一つは、女性社員ということで、飛び込みでお茶くみだのコピーだのの雑務を頼まれること。それらも含めて私の仕事だと思っているから文句は言わないが、やりかけの仕事が寸断されれば、どうしても効率は落ちる。

 そして、もう一つの原因――こっちの要因が大きいのだが――は、私の前任者である事務員の女性が、私に一切業務を引き継ぎせず、やりかけの仕事を放り出す形で仕事をやめてしまったからだ。


 私が営業課から総務課に人事異動する際に、営業課の元上司がぶつぶつ言っていたので、それとなく知っている。


「まったく、急に失踪して迷惑をかける上に、代わりにと急いで中途採用した奴では、穴が埋めきれないらしいからな」


 失踪とは穏やかではないと思ったが、男性関係の派手な女性だったらしく、それ絡みでいなくなったのではないかと囁かれているのは、聞こえてくる。いなくなっても、心配されるより、空いた穴のことで迷惑がられるあたり、冷たいといえなくもないが、どうやらあまり評判は良くなかったようだ。


 そんな訳で――私はその前任者の穴を埋めるべくやっているのだが、加えてこの前任者、仕事にミスが多い。

 それで私は、前の担当――荻原(おぎわら)という名前らしいことは判子で分かった――の作った書類まで、過去に遡って訂正させられている。


「半年前の伝票、確認したいんですけど、全部残ってますよね?」

「えーと、書類は全部三年間保存のはずだから、過去分は倉庫にあると思うな……」


 倉庫か。入ったことはないので、ちょっと面倒だな。

 取りに行こうと立ち上がると、私の隣で残業していた井森さんが、苦い顔をした。


「……今日はもう遅いし、明日でもいいんじゃないかな」

「いえ、やりかけなので、今日中に片付けたいんです」

「…………。」


 井森さんは何か言いたそうな顔をした。私はまた引っ掛かるものを覚える。


「じゃあ、自分も行くよ」

「え? ……いえ、井森さんには井森さんの仕事が」

「いいよ、……早く終わらそう」


 井森さんは課長から倉庫の鍵を借りて、廊下に出る。執務室の隣にある倉庫の鍵を開けたが、彼はふう、とため息をついて、なかなかドアを開けようとしない。

 どうしたのかと彼を見ると、ドアノブを握る彼の顔が、やや青ざめていた。


「何か?」

「えっ……や、何でもないよ。それより、何だっけ。伝票ファイル?」


 井森さんは、言いながら倉庫のドアを開けて――その時、私ははっとした。


 ――臭い。いや、血生臭い?


 総務課の倉庫には、過去三年分の全ての書類が保管されている。したがって、充満しているのは、大量の古い紙独特の臭気だ。

 その中で感じた血の臭いはわずかで、気のせいと流すこともできるレベルかもしれないが――私の直感はそうさせなかった。


 鍛えた五感と、導かれる直感が裏切らないことを、私は知っている。


「……水落さん?」


 考え事をしていて、立ち止まっていたらしい私に、井森さんが声をかけた。


「……伝票、緑色のファイルに綴じていましたよね?」

「だったっけ。背表紙に伝票って書いてあったと思うんだけど。でも、ここから探すのは大変だよ。ねえ、明日にしない?」


 私はため息をついた。


(……面倒だから、アレで、捜しちゃおう)


 狭い倉庫には、伝票やら社員データやら、大量の書類が保管されている。それぞれファイリングされて、天井近くの高さがある棚までぎっしり詰められている。他にも、事務用品や、予備の古い椅子や机も置かれており、見通しが悪くて薄暗い。

 こんな中からただ一つのファイルを見つけ出すのは大変だろうが――それくらい、私にとっては何でもない。


 私は胸元から、深い青色をした、水晶の振り子を出した。蛍光灯の光が反射し、青い模様が床に散る。


 一旦、ぐるっと倉庫を見渡してから――私は、水晶に呼び掛けるように意識を集中させた。


(ファイル。緑。伝票ファイル――)


 それを強くイメージすれば――水晶が微かに振れる。その振れが指し示す方向に歩き、揺れが最大となった場所で、私は上を見上げた。


「ありましたね、伝票ファイル」

「――はっ?」


 井森さんは、私がしたことを呆然と見ていた。


「えっ、今の何なの? 水落さん、場所知ってた……? その綺麗な石、何?」

「ダウジングですよ。簡単に言えば、物を探す技術ですね」


 人間は、五感から入ってくる外界からの刺激のうち、必要な情報だけに絞って処理しているという。本来ならば、私達は自分が見ていると認識しているものより、遥かに多くの物を見て、感じているのだが、その内容は脳を素通りしている。

 ダウジングは、そんな人間の潜在能力を活用し、物を探す技術だ。

 うちの家系は、昔からこのダウジング技術を得意としていたらしい。私も母から技術、そしてこの水晶の振り子を受け継いだ。


「それより、井森さん、ファイル取ってもらえませんか?」

「あ、うん……」


 ファイルを見つけたが、高い場所にあって手が届かなかった。どういうわけか、去年分のファイルだけぽつんと高い場所に差し込まれている。井森さんは戸惑いながらも、私の指し示すファイルを取ってくれた。


 私は初めて入った倉庫を、改めて見回す。散らかっているな、というのが正直な感想だ。

 トナーや備品の在庫の段ボールは入り口近くに乱雑に積まれ、奥にも大きな段ボールが積まれている。普段掃除をしないためか埃っぽく、全体に散らかっている印象があった。

 伝票ファイルを始めとした事務ファイルなんかも、ナンバー順になっていないし、最悪なことに、私が欲しかった伝票ファイルなど、棚のあっちこっちに適当に押し込まれている始末だ。


 自分が取り立てて几帳面だとは思わないが、何となく気になって、近くにあるそれを並び替えてやろうとした時――


「水落さん、このファイルでいいんだよね?」

「ええ」

「じゃあ、早く行こう――」


 彼は、私を不自然なほど急かした。やはり態度が気になる。


「……ここに何かあるんですか?」

「えっ――いや、ほら」


 井森さんは私を入り口近くまで追い立てるようにして出て、さっさと鍵をかけた。


「こんな仕事、早く終わらせて帰ろう」

「はあ……あ、鍵、かけなくても良いですよ、すぐファイルは戻しますし――」

「戻すのも明日の朝でいいって!」


 井森さんはほとんど悲鳴に近い声で言って、鍵を課長に返した。

 私は、見透かすように目を細めた。


 声音、姿勢、顔色――五感で知るそれらの情報だけで、かなりのことが分かる。


 ――彼は、私が倉庫に入るのを嫌がっているのは明らかだ。そして、何かを恐れている。

 でも、何を?


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