嘘月
「今日月が降って来るらしいよ。」
「今日月が爆発するらしいよ。」
「今日月が……
「なあ、いつになったら嘘が成長するんだ?それじゃあ誰も騙されないぞ。」
俺の前で必死になって嘘をつく女が一人。
「いいか、嘘ってのはな、相手に都合よくそして自分にも都合よくつくのが一番だ。」
「どういうこと?」
「人ってのは自分に甘いんだよ。だから甘美な嘘をつけ。そして嘘のなかに真実を少々混ぜるのも忘れるな。」
「どうして?」
「信憑性を増すためだ。」
「あなたは私を信じてないの?」
「俺の話じゃない。あくまで一般的な話だ。お前が外に出たときに必要なんだよ。」
「ふーん……」
俺たちの住んでいるこの国は少しおかしな風習がある。それは相手を騙すことが美徳だというのだ。『甘美な夢を見せてあげることは例え嘘でも素晴らしい』という大昔の偉人の言葉がねじまがってできた風習だそうだ。
「なんだその返事は、そんなんでこの世界で生きれると思うなよ。立派な嘘つきになるんだ。」
「ねえ、貴方は本当に嘘が必要だと思うの?」
「この世界で生きるためには必須だ。」
「さっきから"この世界"って言ってるけど、別の世界なら貴方は嘘をつかないの?」
「それは……わからん。ただ嘘はつくだろうな。息をするように。」
「どうして?」
「それが正しいからだよ。」
「何が正しいの?」
「嘘がだよ。」
「貴方は間違ってるわ。」
女が言ってきた。それは俺も薄々感じている。だが、世界がそれを考えることを許さない。俺たちは虚偽と欺瞞で満ちた世界の上で幸せを謳歌すべきなのだから。
「ねえ、貴方は私達の上の月をどう思う?」
「ああ、汚ないな。」
「それは嘘をついた結果なの?それとも本心から言った言葉?」
「……」
「黙っちゃってかわいらしい。貴方は今嘘をついた。間違っていると思わざるを得ない嘘をついた。」
「……それが?」
「貴方はこの頭上の月を綺麗だと本心では思った。でも、本心は晒せないからあからさまに中傷したんだわ。」
「俺の心を暴いて何が楽しい。」
「いいえ、楽しくなんてないわ。ただ、貴方はもっと嘘の呪縛から離れてみてもいいんじゃない?そう思ったのよ。」
女の言葉、それも嘘が下手なくそみたいな人間であるはずの女に俺は土台から崩されているように感じた。おかしいとは思いながらも盲従するように、依存していた嘘という概念が女の一言一言によって破壊されている。
途端、辺りが暗くなった。
「あら、今日は月蝕なのね。満月の月明かりで見えていた貴方の顔がぼやけているわ。」
「月蝕か気味の悪い……」
「なら、見なければいいじゃない。」
「いや、見る。」
「貴方、嘘は……」
「あ……」
月の魔力にやられたらしい。俺は長年縛られていた嘘をほんの一瞬手放した。なんて心が軽いんだって思った。
「ねえ、月が綺麗でしょう?」
「はっお前もやっと嘘をついたな。月なんて見えてない。」
「見えない月にも趣はあるわ。それに私は嘘はつかないの。鈍感な貴方にもう一度だけ言うよ?」
はっと気づいた俺の顔はどんなのだったのだろうか。女は吹き出しながらも一言一言噛み締めるように女はゆっくりと言葉を吐き出した。この世界ではあり得ない本音という荒々しい武装を施して。
「今宵の月はとても綺麗ですね。」
女の言葉に焼かれた俺を太陽の影からひょっこりと月が盗み見てきた。
皆既月食に合わせて友人達と何か短編書こうとなりました。