第二話 報告
先程仕事を終わらせた俺は、ユキと共に名古屋にきていた。
送り神達の仕事場、通称送り屋の本部があるからだ。
送り屋は全国の政令指定都市に支部をおいているが、俺達は名古屋本部に籍を置いている。
送り屋本部の目の前までやってきた。
「さっさと報告済ませちゃおう、トモくん!」
「ああ、そうだな」
そう言って二人で一等地にある高層ビルのドアをくぐった。
「二人ともお疲れ様」
受付から聞こえてきたのは、艶やかな黒髪を腰まで下ろし、優しさの伝わってくる目を知的な眼鏡が覆っていて、顔も小さく、いかにもな文系美女の石川 梨子だ。つい先日大学を卒業したばかりなのに、その若さからは想像できないほど優しい声だ。
「オッス、リコさん」
「リコサン、ただいま」
「今回は、裏切りが起きなくて良かったわね。さ、二人とも報告済ませちゃいなさい。天照様が待ってるわよ」
「はーい。行こうぜユキ」
「うん」
エレベーターからビルの最上階へ行こうとしたとき、そのエレベーターから二人の男女が降りてきた。
「お、トモヤじゃねーか。仕事は終わったのかー?」
昼間から元気な人だ。この人は島田 康といって、俺のことを送り神になったばかりのときから気にかけてくれている良い先輩だ。茶髪と、キリっとした目、はっきりとした形の鼻。ここだけを聞くとモデルと疑うようなイケメンに見えるが、顎にはやした無精髭がそれを台無しにしている。両腰には、赤いリボルバーを装備している。
女性の方は中村 紫音といって、緑眼の水色ショートヘアー、普段はほとんどしゃべらないが、コウ先輩のことが大好きだ。背中には自分の身長と同じほどの大きさの鎌を装備している。
「コウ先輩!お疲れ様っす!」
「おー、お疲れ、たまには一緒に稽古しよーぜ」
そう言って、先輩は俺の頭をわしゃわしゃしてくる。
「ちょ、先輩やめてくださいよー。てか、稽古って先輩、いつも俺に本気出してくれないじゃないですか」
「な、お前だってその黒い剣で戦わないじゃないかよ」
「だから、この剣は仲間には使わないっていつもいってるじゃないですか」
「いいじゃねーかよちょっとくらい。いっつもユキちゃんと二人で秘密の特訓してるらしいじゃねーかよ」
まずい。先輩がずっと俺の頭をわしゃわしゃしてるのを見てシオン先輩が、
「……頭、撫でてる?私、撫でられてない……」
気づいたときにはもう遅い。既にシオン先輩からコウ先輩に鋭い視線が送られている。
ユキはなぜか俺のことをジト目で見ている。
「ごっほん。ま、トモヤ、とりあえず報告に行ってこいや」
「そ、そうします」
「……コウさん、はやく、行きましょう……」
「わかった、わかった。後で何か詫びするから許せって」
「……当然……私も……頭、撫でて欲しい……」
そう言いながら二人は行ってしまった。
俺達もエレベーターに乗った。
「トモくんさっき私のこと完全に空気扱いしてたでしょ」
ユキはまだジト目でこちらを見ている
「し、してないしてない」
「ええー?本当?」
「ほんとだって。それよりほら、もうつくぞ」
「私だってカズくんの頭……撫でたかったのに……」
「なんかいったか?」
「何でもなーい」
そうこうしていると、エレベーターのドアが開いた。
俺達は急いで降りて、椅子に腰かけて書き仕事をしている幼女の机の前で片膝をつけて
「報告します。ユキと共に一人の男性を成仏させました」
「そうですか。お疲れ様です。しかし、他の送り屋の情報によると今日だけで八人の堕天使が生まれ、うち四人は堕界に逃げ延びたそうです。二人とも、気を抜くことのないようにしなさい」
「「はい!」」
「今日はもう下がりなさい」
「「はっ!」」
二人は立ち上がってエレベーターの方へ向かおうとすると、
「そうそうトモヤ、その黒い剣はしっかり使いこなせていますか?」
「まあ、なんとかなってます」
「あなたはその剣に選ばれし者なんですから、しっかりしなさい。期待していますよ」
「わかってます」
俺達はまたさっきのエレベーターに乗った。
「はぁー、やっぱり天照様の前だと緊張するね」
「ああ、見た目は小学生のくせに圧が凄すぎる」
「そうだよねー」
「でも、今日だけで四人か……。てことは、一般人含めて最低でも二十人は死んだな」
「うん、そうだね」
「ユキは、死ぬなよ」
「大丈夫だよ。私は、君がいる限り生き続ける。ずっと一緒だよ」
「ありがと。ユキ」
二人ともそんな話をして少し照れくさくなっていると、もう一階についたようだ。
開いた扉の先には、四十代前半ほどの二人の夫婦の姿があった
四宮 優香と四宮 信玄だ。
「あら、ユキじゃないの」
「お母さん、お父さん」
「ユキ、仕事終わりか?頑張ってるな。父さん関心だぞ」
ユキのお父さんは満面の笑みを浮かべている。
親バカめ。
「えへへ」
ユキも嬉しそうだ。
「それよりもユキ、もう婚約はしたのかい?トモヤさんと。まだ、、初夜は流石に早すぎるわね。トモヤさん、娘のことよろしくお願いしますよ。あの剣を使うトモヤさんが四宮家に来てくれれば我が家は安泰ですから」
「こらっ。母さん、ここでそんな話をするんじゃない。二人とも困ってるじゃないか。すまないね。トモヤ君」
「いえ、大丈夫です」
「お母さんはやっぱりお家のことしか考えてないのね。もう行こ。トモくん」
「え、いいのか?」
「いいの!」
そう言ってユキは無理やり俺の手を引っ張っていく。
「ユキ!ちょっと待ちなさい!」
母の声も完全無視だ。
俺達はそのまま、送り屋をあとにした。
俺達は送り屋の近くのマンションで、一緒に生活している。もちろん、送り屋の指示でだ。
送り屋から家までは徒歩五分ほどでつく。その帰り道でユキが、
「トモくん、さっきは無理やり連れ出してごめんね」
「いいよ、全然気にしてないから」
「ほんともー、お母さんはいつも自分とお家のことしか考えてないもん」
「いや、しょうがないよ。ユキもそんな事気にしなくていいよ」
「ありがと。トモくん」
そんな話をしていたら、部屋のドアの前まで来ていた。
俺達は部屋に入った。
時計を見たらもう午後七時を回っていた。
「私は今から着替えてご飯作るから、トモくんは先にお風呂入っちゃって」
「んー、わかった。」
俺はそう言って、脱衣場に着替えをもって行った。
死者といっても人に触れないわけでも、物に触れないわけでもない。
この世に留まっている限り、普通の人に視認されないだけだ。
ちゃんと触れるし、腹も減るし、眠くもなるし、成長もする。
生きてる人とほとんど変わりはない。
俺は風呂が沸いたのを確認してからドボンと風呂に入った。
「くうー!シみるー!!」
「トモくん!こっちまで声聞こえてきてるよ。他の部屋の人に迷惑だよ」
「ごめんごめん」
よし、今日も起きた出来事を整理するか。
やっぱ、あの夫婦のやり取りは良かったなー。
俺も、いつか……ユキとあんな風に……
俺達は別に付き合ってるわけではない。
約三年間一緒にタッグを組んで、生活を共にしていただけだ。
周りから見れば付き合ってるように見えるらしいが、別にそんなわけではない。
俺は、ユキのことが好きだが、今の状態が変化するのが怖くて、告白できずにいる。
要するに俺がただのヘタレなだけだ。
だが、上層部やユキの母親は、俺達が付き合い、最終的には子供を作ることを望んでいる。
なぜなら、神々の末裔と送り神との間にできた子供は、必ず送り神の適正を持っているから。
そして、適正を持つ子供が生まれると、その夫婦のいる家は権力が強くなる。
神々の末裔はいくつかある。四宮、島田、石川、三条、等々。どの家も権力争いに必死なんだ。
俺はそういうのが、大嫌いだ。反吐が出る。
だけど、ユキとの子供か……
ヤバい、顔が赤くなってきた。
だけど俺は自分の子供に、死ぬ危険のある送り神を絶対にやらせたくない。
だから、俺が堕神を倒して、全部終わらせるんだ。
そして、俺はユキと……
「トモくーん、いつまで入ってるの?もうご飯できるよー」
「あ、ああ。今出るよ」
俺は先程までの想像を無理やり掻き消して、慌てながら風呂を出た。
風呂から出ると、俺の大好きなあのデミグラスソースの匂いが鼻腔を刺激してきた。
俺は急いで上下黒のスウェットセットを着て、足早にリビングへと向かった。
リビングでは、新作の薄いピンク色のもこもこルームウェアに着替えを済ませて、 食卓に料理を並べているユキの姿があった。
新作の部屋着姿も可愛い、と思っていると、
「あれ?トモくん、何か顔赤くない?」
「んん!?き、気のせいだろ」
「怪しい。お風呂でなに考えてたのかなー?」
「な、何も考えてねーよ。ただ、その服新作だろ?似合ってると思ってただけだよ」
「ふふ。気づいてくれたんだ、ありがと」
「そりゃ気づくだろ。それよりも、何で今日はケーキまであるんだ?」
話を変えたいという気持ちもあったが、純粋になぜか食卓に置かれているショートケーキが気になったのだ。
「もぉー、今日が何の日か忘れちゃったの?」
彼女は少し口を尖らせている。
「えっと……すいません」
「今日はね……私達が初めて出会った日だよ」
しまった!そういやそうだった。朝までは覚えてたのにすっかり忘れてた。
ユキは今にも泣きだしそうな顔になっている。俺がこの日を忘れていたのが相当ショックだったのだろう。
まずいな。どうする。
はっ!そうだ。
「ユキ!ちょっと待ってて」
俺はそう言ってユキの返事も聞かず、自室に入っていった。
そうだった。これを買っておいたんだった。
俺は机の引き出しの中にしまっておいたあるものを手に取り、再びユキのところに行った。
ユキはいまだに目が少し潤んでいる。
「ユキ、ごめん。これ渡すの忘れてた」
俺はそう言ってユキの首に彼女の目と同じ、天色の宝石のついたネックレスをつけてあげた。
「ユキ、ほんとにごめんな。ちゃんと朝まではこれを渡そうって思ってたんだ。だけど、今日の仕事をしているうちに忘れちゃ……!?」
俺が言い切る前にユキが俺に抱きついてきた。
「ありがと!!やっぱりトモくん忘れてなかったんだね。不安だった。私、一人で勝手に舞い上がってたんじゃないかって。でも、覚えててくれた」
ユキは、少し泣いていた。
「お、オーバーだな。そんなに大事な日か?」
「当然だよ!三年前の今日、トモくんと出会えたからこうして今も一緒にいられるんだよ」
「そうだな。さ、涙を拭いて。折角の料理が冷めちゃうだろ」
「うん、そうだね。ご飯食べよっか」
俺達はテーブルの席についた。
「「いただきます」」
「くぅー、これだよこれ。やっぱ、このハンバーグが一番うまい!」
「あはは、トモくんはおおげさだなー」
「そんなことないって、これ絶対店出したら売れまくるって」
実際ユキの料理は何が出てきてもうまい。特にこのハンバーグは絶品だ。芳醇な香りのデミグラスソースと溢れんばかりの肉汁が口の中に炸裂する。とても数十分で作った代物とは思えない。これを食べたら誰だって虜になってしまうはずだ。
「ところでユキ、いつの間にケーキなんて作ってたんだ?」
「さすがにケーキを作る時間まではなかったよ。だからお仕事に行く前に、リコさんにお願いしておいたの」
「そういうことだったのか」
「あ、これ渡しそびれるとこだった」
そう言ってユキはキッチンからなにやら小さめの箱を取り出してきた。
「はいこれ。私からのお返し」
「なんだろ?」
「早く開けてみて」
急かされながら開けると、中には最新型の腕時計が入っていった。
「腕時計?」
「そ、前にトモくんが欲しいって言ってたでしょ?」
「覚えてたの?」
「当然だよ。私がトモくんとの会話を忘れるわけないじゃん」
「ありがと!!ユキ!!」
「ふふ、どういたしまして」
嬉しかった。時計をくれたのもだけど、なにより俺との会話を覚えててくれたのが。
そんな話をしながら俺達は食事を楽しんだ。
「ねえトモくん。明日は日曜だし、トモくんは一日どうするの?」
「んー、まぁいつも通り師匠のとこで稽古つけてもらうよ」
「じゃあ、私もそうしよーっと」
「え、いやいいよ。ユキは日曜ぐらい、ショッピングとか高校の友達とかと遊びに行かなくていいのか?」
「だって、どうせ途中でお仕事の呼び出しはいるし、それにトモくんと一緒のほうが楽しいし」
こういうことを平気で言ってくる。
そんなこと言われたら……
「あー、トモくん顔赤くなってるー」
「うるせえ!」
「あはははー、照れてる照れてるー」
「くっ…………」
何も言い返せない。
「もういい、今日はもう寝る!」
「あ、ちょっとトモくん待ってよ」
俺はそう言って食器を食洗機にいれて
「おやすみ!」
そう言って自分の部屋に入っていった。
「もぉー、トモくんったら。別に怒らなくたっていいじゃない。私だって恥ずかしかったんだから。大好きだよ、トモくん。って聞こえてるわけないか」
彼女は少し頬を赤らめながら後片付けをして、自分の部屋に入っていった。