⒉ 父上は、
父上がほぼ一日いると思われる、いわば玉座の間から出た私は、ほそぼそと嘆息を漏らした。
スポンっ! と先ほど草原で捕まえて口に含んでいた花の妖精が勢いよく飛び出してしまう。ずっと口内に閉じ込めてしまったせいで、花の妖精はふらふらとおぼつかない様子で宙をさまよっていた。
本当は、父上にあげようと思った花の妖精。
しかし早々に退出してしまったため、渡せなかった。
父上は基本的に私に無関心だ。
別に好き嫌いの話じゃなくて、父上は精霊の中でも子に関心がいかないようなのである。
嫌われてるとかじゃないよ? 違うよ!?
つまりは、父性本能がないのだ。
精霊の間では珍しい話じゃないらしく、息さえしていれば基本的に食糧摂取もしなくていい精霊は勝手に育っていくんだって。
もちろん人間や動物の親子同様に子育てをする精霊もいるという話なのだが、残念なことに父上は該当されない。
じゃあなんで子供を作るんだ! って話になるけど、それは子孫を残すため。それだけ。だから生まれた瞬間に赤の他人でその場に置いていく精霊もいる。人間じゃ警察沙汰になるレベルだけれど、そこが違うよ精霊クオリティ。
確かに何の危険もなければ、それこそ水の精霊だったら湖に溶け込んで数百年眠っていれば成長しているらしいんだけど。前世の影響で人間的感覚が残ってしまっている私にとっては辛い事実だ。
寂しいの! あり得ないくらい寂しいよ!
だって私はまだ3歳だもん!
人間の感覚や、人間だったっていう記憶があるせいで寂しくてしょうがないのだ。
人間の感覚を覚えている人間臭い精霊なんだもん!
こんなことってない。
甘えたいのに甘えられない。
撫で撫でして欲しいのにしてもらえない。
全部精霊だからで片付けられてしまうのが辛い。
「ニーニー」「にゃんにゃん」アホみたいな猫語しか話せない自分がもどかしい。父上は早く言葉を覚えさせないととか言っていたけれど、私が言葉を覚えたら本格的に独り立ちさせるに違いない。
間違いない。
こっちは神殿に漂う妖精の証言を取ってるんだぞ。
これまでに父上は二人の子がいて、どちらも男の子だった。つまりは私の兄上だ。基本的に精霊は“きょうだい”という考え方をせず、普通はお互いを同じ腹から生まれた全くの別物と認識するらしいけど、そんなの関係ない! 私にとっては兄上なのだ!
で、その二人の兄上も言葉を覚えてしまったら早々に人間界に行ってしまったと妖精たちは言っている。
何歳かは知らないけれど、その流れなら自分も同じ道を辿ると考えたって何らおかしくない。いいや、今だって父上は私に関心を示さない。絶対そうなんだ!
精霊の常識というのはなんて冷たく、どこまでも放任主義なのだろう。いや、精霊全員がそういうわけじゃないことは妖精たちに教えてもらったけどっ。
いいな……私も普通の親子みたいに父上のそばに居たい。よしよしってしてもらいたい。
「にゃ……」
落ち込む私を見かねてか、父上に貢ごうと思って連れてきた花の妖精が労うように胸毛に擦り寄ってくる。なんていい子なの。ごめんねもう無理やり口に含んだりしないから。
私は花の妖精を頭の上に乗せて回廊を歩き始めた。
神殿は建物というより、なんだが遺跡に近い気がする。しっかりした建造物ではなく、不安定な造りなのだ。雨が降らないから屋根もない。空にはいくつもの星の柱が連なっていて、この場所が普通と違うんだと再確認する。
初代精霊王が作った世界らしいが、世界を創造するなんて想像もつかない。父上にも出来るのだろうか。
精霊は人間の住む地でそれぞれ自分が気に入った土地に住み着く。精霊が住み着いている土地は、その精霊の特性によって大きく影響するらしい。
そして、どの国も精霊が自分たちの住む土地に住み着くことを望んでいる。精霊の力は強大であり、味方に付ければ他国と戦いになったときに有利になるから。
でも、精霊は自由で気まぐれな者が多くて、自然を司り、人間からすれば天に近い存在なので、従わせるというよりはご機嫌をとったり、親交を深めたいといったところなのだろう。
そんな精霊たちの頂点に君臨する精霊王は、人間たちからはお目にかかるのも恐れ多いという立ち位置である。
しかし、父上は人間の地に降りない。
少なくとも私が生まれてから3年は一度も降りていないのだ。
父上は普段何をしてるんだろう。
精霊も、人間も従わせてしまうんだと妖精たちは言ってたけど、具体的にどうすごいの?
精霊王って響きからもう神様っぽい気がしないでもないけど。私は父上のことをあまり知らない。
人型の姿しか見たことがないし、父上は人型を解くとどんな姿になるんだろう。気になる。
でも人型であんな美青年な父上のことだから、きっと凄い姿に違いない。もしかしたら鯨かもしれない。なんかとりあえず大きくて強くて綺麗だと思う。
……だけど。
私がそれを知れるのはいつになるんだろう。
まずは、父上とスキンシップを取らないと駄目なのかな?
私が頑張れば、父上は私を見てくれるかもしれない。なんだかんだと褒めてもらえるかも。
そう考えれば考えるほど、頬から生える細い髭がひょこひょこ動く。やっぱり今の私は父上に構ってほしいただの子に過ぎないようだ。
よーし、それなら!
あることを思いついた私は、四本足をシュシュシュと動かしてある場所へと向かった。