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10. 第一街猫、発見!




 周りの気配に注意を払いつつ、きょろきょろと左右を何度も確認しながら一本道を下っていった。

 お城へと続く一本道だからか、人間と遭遇することはなかったけれど、代わりに豪華な装飾の大きな馬車が行ったり来たりとしていた。


「……! ひょ……」


 間抜けな声が漏れた。

 無事に街へと下りることができた私は、本当に異世界に転生したのだと改めて実感したのだ。

 行き交う人々、服装、容姿、建物、お店。

 目の前に広がる世界は脳裏に残る近代的な街並みとは異なったもので、前世の世界で特集されていた一昔前の西洋の風景を彷彿とさせた。

 そして私は近くの建物の影から街の様子を眺めることにした。


「……」


 ドキドキドキドキ、ドコドコドコドコ。

 静まれ! もうちょっと静かにしてよ私の心臓!

 さっきから心臓が煩くて、私は何度も深呼吸を繰り返した。ぺしぺしと自分の胸毛に尻尾の毛先を当てて落ち着こうと必死である。


『だーれーだー。テトが寝てるのに煩いのだれー』


 すると、突然どこからか気の抜けそうな声が聞こえてきた。飛び上がって声のする方に目を向けると、そこには木で作られた置き看板があり、その看板の上にモフっとした白い何かが乗っていた。

 ぱちくりと瞳を瞬かせ、より凝らして確認すると白い物体の端っこに箒のような形をしたもふもふが付いているのが見えた。あれって、尻尾じゃないか。

 そこでようやく気が付いた。その白い物体が話している言葉が、猫語だということに。


『あれれー。見たことない子がいる。だれきみ』

『私は……』

『うん、なに』


 のっそりと体を動かした白いの。

 ……いや、白い猫。白い物体の正体は、置き看板の上で丸まっていた白い猫だった。起き上がって私を見下ろし、その眠たそうなオレンジ色の目を細めると、小さくあくびを欠いた。

 そんなことより私は、自分の言葉に反応してくれたことに大興奮してしまった。


『私の言葉、わかるの!』

『えー。だってきみ猫でしょ』

『ちがう。猫だけど、猫っぽい精霊』

『せいれい? きみ面白いこという子だね』

 

 こっちに興味を示した白い猫は、置き看板から私の目の前に軽やかに降り立つと、もう一度あくびをこぼして前足で耳をちょいちょいと掻き始めた。よく見ると、左耳の先端が少し折れ曲がっていて、そのあたりにリング型のピアスのような宝石が付いていた。瞳の色と同じ、太陽みたいなオレンジ色の石。そんなの耳に付けて痛くはないのだろうか。


『ぼくテト。きみ名前ある?』

『あるよ、レイチェル』

 

 初対面だけれど、見た目だけなら同じ猫のテトが現れたのは、私にとって寂しさを薄くさせてくれた。


『ふーん、レイレイねー』

『レイレイじゃなくて、レイチェルだよ』

『レイレイ』

『レイチェルだってば』

『レイレイは飼い猫ー? 野良猫ー?』


 テトは私の訂正など聞きもせず問いかけてくる。

 もういいよ、レイレイで。諦めた。

 だけど、その質問に私はなんて返せばいいのだろう。僅かに考えて、私はその通りに答える。


『飼い猫じゃない……野良猫でも、ない』

『えー』


 どちらにも当てはまらず、しゅんと耳が垂れた私を見て、テトはコロンと首を傾げた。私だって「えー」って言いたい。


『だって私、精霊だもん。最近まで精霊界にいたのに、落ちたんだよ』

『テト、いってる意味わかんない』

『……』


 精霊という存在を知らないのか、それとも私が精霊なわけないじゃないかという意味で分からないのか、どっちだろうか。私は後者な気がする。

 せっかく私の言葉(というか猫語)が理解できる存在に巡り会えたというのに……どうにかならないのだろうか。人が耳にすれば私とテトの会話はただ「ニャーニャー」と鳴いているようにしか聞こえないのかもしれないが、今は猫語だってなんだって通じるならそれで良い。

 そうだ、まずはここがどこなのか聞いてみよう。


『ねえ、テト。ちょっと聞きたいことが』

『テト口が寂しい。何か食べたくなったー。もらいに行こ。レイレイも来てー』

『え! なんで、テトっ』


 今までのろのろとした動作をしていたテトが、鼻先を上に向けてクンクンと動かすと、次の瞬間には体を方向転換させて、人の多い街道の方へと小走りで行ってしまった。

 待って! 第一街猫を発見したばかりなのに!

 突拍子もないテトに困惑しながらも、私は必死にその白い尻尾を追いかけた。


 テトを追いかけるのに必死で、私は人間が大勢いる街へ臆することなく飛び出していたのだった。



 

 ━┈┈━┈┈━



 置き看板から距離が近い屋台の前で、いきなりテトはピタリと止まった。突然止まられた私は、テトの背中に頭を打ち付ける。

 テトの柔らかな毛並みは、私とはまた違ったもふもふさがあった。そしてほのかにお日様の匂いがする。


『なにー、レイレイ?』

『急にとまらないで!』

『ごめんね』

『いいよ』


 素直に謝ってくれたテトにこれ以上文句を言う気にもなれず、私ははあっとため息を落とした。


「うおっ、なんだ猫坊主! 今日は彼女も一緒なのか!」

「にゃん」


 テトが小さく鳴いた。

 釣られて自分も、恐る恐る顔を上げると。


「ニー!?」


 ぎゃー! と私は声をあげた。


 落ち着く暇もなく私とテトの体に影を落としたのは、熊のように大きな人間の姿だった。


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