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時間にして数時間程たった時ようやくゼドはKMB-06を伴いガラドXの中から出てきた。
「旦那様!大丈夫でしたか!」
「ああ、心配ない。と言うか心配する必要ないだろう。お前は疑い深いな」
「自分は、お嬢様をみすみす誘拐などされてしまいました。二度とこのような事のない様にしているだけです」
真剣な表情で警備隊長は答えた。常にクレハの警備には、万全を期していたのだが、それでも護衛を殺され、誘拐された事は、警備隊長にとっては、屈辱の極みだった。
「それで…。どうでしたか?」
「このKMB-06およびガラドXは、貴族特権を使い我が家で引き取る。警備隊長は我が家の警備をさらに厳重にしろ。特にこのガラドXには誰も近づけるな。私はこれから忙しくなる。家には碌に帰って来る事が出来なくなるだろう。娘が一度誘拐されたんだ。誰も疑うものはいまい」
「それほどの物でしたか?」
「ああ、私が思うより軍は腐っていたらしい」
ゼドは、ため息をつきながら言った。
昼食の時間になりゼドとクレハは屋敷の食堂に来ていた。ここも貴族の屋敷の食堂らしく、縦長の大きなテーブルが置かれ、真っ白いテーブルクロスが窓から入ってくる光を受け止めている。テーブルの上には良く煮込まれたスープと焼き立てらしいパンがこうばしい香りをさせていた。
ゼドはテーブルの端に座り、クレハはゼド斜め前に車椅子で座っている。
「お父様、KMB-06はどうなりますか?」
食堂にKMB-06は居ない。長い間スクラップ待機場に居たKMB-06は動けるように自分をメンテナンスしていたが、外装周りはわざと汚したままにしていた。スクラップ待機場に汚れていない物はないからだ。
だから、人が食事をする食堂には屋敷のコック長以下メイド達の猛反対によってボディを綺麗にするまで入ることは許されなかった。
現在は屋敷にあるタオルを貰ってボディのメンテナンス兼清掃作業をガラドXの中で行っている。
「家で引き取る事にしたよ」
パンを取り、一口大にちぎりながらゼドは答えた。
「それとクレハ。聞いているだろうがお前は、この後に家に来る"NG"から事情聴取を受ける事になっている」
"NG"とは、ノーブルガーディアンの略称で貴族用の警察の事だ。ノーブル(高貴)、ガーディアン(守護者)。名前からしていかにも貴族を守り、平民をないがしろにしそうな組織の名前だが、実はそうではない。逆で貴族を律する為の組織だ。彼らが守るのは貴族の高貴さ、高潔さただそれだけだ。この範疇に当てはまらないと判断された貴族はノーブルガーディアンよって処罰、場合によっては粛清される。それを行う事を、この国の長によってノーブルガーディアンは許されている。
今回の事件は被害者が貴族と言う事で加害者が貴族と繋がりがある可能性が高い為、普通の警察ではなくノーブルガーディアンの案件となった。
「はい」
クレハもNGの事は知っているが、噂程度にしか知らない為、若干緊張しているようだった。NGは、貴族にとってあまり仲良く出来る存在ではない。何せ自分達を貴族でなくすことが出来るのだから、どちらかと言うと苦手意識を持ってしまう相手だ。それはクレハも例外ではなかった。
「安心しろ。連中は屑には容赦ないが、被害者には優しい連中だ」
ゼドはクレハを安心させるように微笑むとちぎったパンを口に入れた。
「拍子抜けしちゃったわ」
事情聴取が終わり、自分の部屋に帰ってきたクレハは車椅子からベットに移動するとポツリとつぶやいた。
窓の外を見れば、すでに太陽は傾き、日が暮れそうになっていた。
事情聴取に訪れたNG達は驚いた事に殆どが女性だった。しかも女性カウンセラー付きで。男のNG職員は主にゼドや警備隊長の事情聴取を担当した。これは誘拐されたクレハが男性に対して恐怖心を持ってしまったのではないかと言うNG側の配慮だった。
おかげでクレハはあまりストレスを感じる事無く事情聴取を終えることが出来た。
それは事情聴取をしたNG側を同じ事を考えていた。大抵この手の事件の被害者は悲惨で、たとえ何とか逃げ出すことに成功しても暴行されていたり、レイプされていても不思議じゃないからだ。
事情聴取してきたNGには、第13スクラップ待機場で誘拐されレイプされそうだった所を何故か稼動していたメンテナンスボットに助け出され、そのボットが整備していたガラドXに乗って逃げたと、嘘ではないけど微妙に真実が含まれて居ない話をした。
'何故か稼動していたメンテナンスボット'の件では、相当にいぶかしがっていたが、クレハ自身分からないので正直に分からないと言った。
「本当にあの子は何なんだろう?どう見てもただのメンテナンスボットじゃないわ」
「さぁね。それは私にも分からない」
突然部屋の中で聞いた事がある様な気がするが、聞いた事の無い声が響いた。
「誰っ!えっ!?」
クレハは飛び起きて、声のした方を睨みつける。そして驚いた。視線の先に居たのはKMB-06だった。ボディの清掃とメンテナンスを終えたKMB-06は前に見た赤錆にまみれたような汚い姿から、ピカピカとは言えないが長年使われてきた物が持つ独特の雰囲気を持った姿へと変わっていた。
「あなた一体どうしちゃったのよ!」
「どうしたとは?」
「しゃべり!あなた思いっきり機械っぽい喋り方してたのになんで今は普通の喋ってるのよ!」
そう、今まで片言だったKMB-06が流暢に喋っていたのだ。声質も変わり、ぶっきらぼうな青年のような声になっていた。
「ああ、そういう事か。言語プログラムをアップデートした」
「アップデートって…」
「メンテナンスの道具を借りる際にネットへの接続も許可してもらった。それでネットにアクセスしてKMB-06用の言語プログラムアップデートファイルをダウンロードして更新した」
「そんなもの良くネット上にあったわね」
「探すのに苦労したぞ。軍用ネットの奥の奥にあったからな」
「軍用ネットって!ソレってハッキングじゃないの!」
「まだ私のアクセスコードは生きていたからな。ハッキングではない正規のアクセスだ。問題無い」
「何で生きてるのよ!?もっとも厳重に管理されてる筈なのよ!?」
「知らない。知るわけが無い」
「…面白いわ」
KMB-06はとぼけた様に言った。
無駄にハイレベルな言語プログラムアップデートだった様で、まるで人間が喋っているのと遜色が無かった。
確かに最新型のアシスタントボットであれば何の不思議も無い。だが、KMB-06は教科書に出てくるレベルの旧型のボットでそれを行っていた。
あまり機械関係に詳しくないクレハでもKMB-06が違和感の無い会話が可能なスペックを持っているとは到底思えなかった。
普通ならKMB-06に対して恐怖を感じても不思議ではない。謎の深まるKMB-06にクレハが感じたのは、好奇心だった。
「…そうだ。ふふふ。早く夕食の時間にならないかしら」
何かを思いついたクレハ小さくつぶやくとベットに寝転がった。
夕食を食べ終え、ゼドが食後にウィスキーを飲み始めた時、クレハは話を切り出した。
この時は体をきっちり清掃したKMB-06もクレハから話があるからと食堂におり、クレハの後ろで待機している。
「ねぇお父様。一つお願いがあるの」
「ん?お前がお願い事なんて珍しい。何だ。言ってみろ」
若干驚いた表情でゼドは、クレハの方を見つめた。
「KMB-06を私のアシスタントボットにしたいの。いいでしょ?」
「はぁ?お前は何を言ってるんだ?KMB-06はメンテナンスボットだろう?」
「私にアシスタントボットの仕事が出来るとは思えんが?何故だ?」
KMB-06も不思議そうにクレハを見た。
「別に私はKMB-06にアシスタントボットの仕事をさせるつもりは無いわ。私のボディーガードにしようと思ってるの」
「おいおい、護衛のボットが欲しければ、私が明日にでもガードボットを用意しよう。KMB-06ではどう考えても不適格だろ!それに今の時代完全稼動するKMB-06が一体いくらすると思ってるんだ!」
すでに動く個体が存在しないといわれていたKMB-06の起動可能品ともなれば、マニアには全財産はたいても買いたいと思うものもいるだろう。博物館にあったら目玉クラスの展示品にすらなれる程の一品だった。
「私もそう思う。私の本分ははメンテナンスであり、護衛には向いていないぞ?」
後ろで浮いていたKMB-06もゼドの意見に同意した。
「あら、私を誘拐犯の魔の手から救い出し、我が家に安全に連れてきてくれたのは誰だったかしら?」
クレハは、後ろの方に顔を向けながら言った。
「それは…確かに私だが……」
「私はあなたの仲間なのでしょ?まだ、誘拐犯達は捕まっていないのだから、護衛は必要よ?変わりに私はあなたに私の持ち物であるという事で他の人間達から、社会からあなたを保護をする。あなたは、私の身柄を保護する。素敵な助け合いじゃない?」
「むぅ。それはそうだが……」
KMB-06は後ちょっとで説得できると心の中でにんまりしていると、そんなクレハを説得しようと今度はゼドが口を開いた。
「だっだが、女の子がそんな古いボットを連れて歩くのはどうなのだ?おかしくないか?」
「女の子は人が持っていない物を使うのもステータスなのよ。アンティークって言えば良いのよ」
「そっそうなのか?」
(近頃の女の子の事はわからんなぁ)
クレハのあっけらかんと答えに、男女間のギャップを感じながら少し悩むとゼドは答えた。
「分かった。いいだろう。だが、お前のガードも当然強化するからな。KMB-06が護衛としては頼りないのは事実だ」
「本当!やった。なら早速あなたに名前をつけないとね!」
「名前?」
「そうよ、KMB-06なんて呼び難いもの。大丈夫!良い名前を考えてあるから!KMB-06、今からあなたの名前は、'サスケ'よ!」
「サスケ…」
「そう、昔々地球に居た有名なニンジャなのよ。最初会った時にあなたガードボットに化けてたでしょ!そこから思いついたの。いい名前でしょ」
「分かった。私の個体名称とサスケと設定する」
「サスケ!これからよろしくね!」
クレハはいい笑顔でそう言った。




