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「きゃ!」
ゼドはクレハをお姫様抱っこした。
「さぁクレハ帰ろう。ひどい目にあって疲れただろう。今日はもうゆっくり休みなさい。話は明日にしよう。君もついて来なさい。娘を助けてくれたお礼をしないとな」
こんな時ではあるが、ゼドは娘の成長を体で感じ、成長のうれしさと独り立ちする日が近づく悲さがブレンドされたなんとも微妙な気持ちになった。
その後クレハはゼドにお姫様抱っこされたまま屋敷へ運ばれた。そして足を治療し、クレハが侍女に補助されてお風呂で身を清めている途中でそのまま眠ってしまった。侍女に自室のベットまで運ばれた。
KMB-06はクレハの近くに待機していた。侍女達は得体の知れないメンテナンスボットがクレハの近くに居る事を嫌がったが、眠る前のクレハの命令で渋々KMB-06が近くに居る事を認めぜるおえなかった。
翌日、朝食後一同はクロードロン家応接室に集まった。昨日のクレハ誘拐事件について話を聞く為だ。
応接室に居るのは被害者であるクレハと父であるゼド、警備隊長そして最後にクレハを助け出したKMB-06。普通なら警察が屋敷に来て話を聞くはずなのだが、なぜかこの部屋には居なかった。
ゼドは一人用のソファに、警備隊長はその斜め前に置かれた3人掛けのソファに座っている。クレハは車椅子に座りゼドの横。KMB-06はクレハの正面にあるソファの上で浮いている。
「クレハ、思い出したくは無いだろうが、昨日あった事を話してくれ」
「はい。お父様。あの日私は、パーティーが終わった後…」
クレハ昨日自分の身に起きた事を話した。
誘拐犯に連れて行かれた場所は第13スクラップ廃棄所だった事を話した時、ゼドの顔が大いに歪んだ。自分の所属する軍が娘の誘拐の片棒を担いだのだ。その噴飯は余りあるものだった。だがゼドは驚異的精神力で今にも怒鳴り散らしたいという気持ちを押さえ込み、聞き役に徹した。
そこで殺される前にレイプされそうになった所をスクラップ廃棄場にあったロボット達を使ってKMB-06が助けてくれた。クレハが足をライフルブラスターで撃たれた下りを話した時、KMB-06はゼドと警備隊長と盛大に睨まれたが、助ける為に仕方が無かったとクレハがばった為事なきを得た。
そしてKMB-06に連れられて、あのガラドXの所まで案内してもらい。それに乗って脱出した。
「…そうか」
一通り話を聞いたゼドは、ポツリとそういうとKMB-06に向かって深く頭を下げた。
「娘を助けてくれてありがとう」
「旦那様!?一体何をっ!」
驚いたのは警備隊長だ。クレハの命を誘拐犯から救ったといっても、相手はボットだ。人に奉仕する事を至上の命題として作られた存在だ。それに対し感謝はすれど、深く頭を下げると言うのはありえない。しかも、頭を下げているのは貴族なのだ。滅多に頭を下げることはない。頭を下げるのは、国王陛下か自分より高位の貴族のみとすら世間では言われている。
それが頭を下げているのである。得体の知れない旧型ボットに対して。
警備隊長が驚くのも無理は無かった。
「私からも改めて言うわ。助けてくれて本当にありがとう」
クレハもKMB-06に対して頭を下げた。
「私ハ、仲間ヲ助ケタダケダ」
言われたKMB-06は、二人から視線を外す様にカメラアイを二人からそらした。妙に人間くさい態度にゼドとクレハは小さく笑った。
「本来ならお礼をしなければ…」
「ソレナラバ考エテアル。私ノ保護ヲ要請スル」
ならないんだが、と続く言葉はKMB-06の発言によって遮られた。
「えっ?」
「ボット如きが調子に乗るなっ!」
さすがに警備隊長が顔を真っ赤にして立ち上がるが、KMB-06がそれを意に介す事はない。
「このっ!」
「まぁ待て」
無視された事にさらに警備隊長が腹を立てるが、ゼドがそれを止める。
人に交渉しようとするボットがただのボットであるわけがない。ゼドはKMB-06に大いに興味をそそられていた。
「私ハコノ後、警察ニ証拠トシテ提出サレルノダロウ?私ハ、ソレヲ避ケタイ。何故ナラ、提出サレタラ警察ハ私ノデータヲスベテ取ッタラ、電源ヲ切ラレ証拠品トシテ倉庫ニ眠ラサレル事ニナルダロウ。ソレハ嫌ダ」
「…私としても娘の恩人(?)でもある君の願いは叶えてやりたいのは山々だが、それは出来ない」
「モチロンタダデハ、言ワナイ。コレヲ」
KMB-06は、自らのデータスロットからデータカードを一枚取り出してゼドに差し出した。
「これは?かなり古い規格のデータカードだな。規格はHSD式か…」
受け取ったゼドは一般では古すぎて一切使われていないデータカードを興味深そうに裏返したりしながら観察する。
「それでこのデータカードには何が入っているんだ?」
「ソレニハ第13スクラップ待機場ニアル物ノリストガ入ッテイル」
「ゴミ捨て場に何がある?ゴミしかないだろ」
「何ガアルカハ、中身ヲ見レバ分カル」
「そうか」
ゼドはテーブルの上に置かれた端末のボタンを押して、通信を執事につないだ。
「何でしょうか旦那様」
「今すぐHSD式の規格のデータカードの情報が読み出せる端末を持ってきてくれ。私のコレクションルームにある」
「かしこまりました」
「こちらになります」
「ありがとう」
ゼドは執事が持ってきた携帯端末に早速データカードを差し込んで中にあるデータを確認する。
データカードの中にあったの何かのリストが二つ入っていた。ゼドは適当に一つを選び、画面に表示した。
「これは?」
その中身を見た時、ゼドは困惑した表情になった。それが気になったクレハはゼドに質問した。
「お父様。それは何のデータだったんですか?」
「これには、旧型兵器のリスト…なのか?」
「旧型兵器?」
「それでこれが何だと言うのだね?第13スクラップ待機場に、これらがあっても不思議はない。だが、どれもこれも壊れているものだろう?」
リストの中には、ゼドの心を擽るものが大量に列挙されているが、当然壊れていては価値がない。
「ソレラハ全テ、第13スクラップ待機場ニアルパーツヲ集メレバ修理可能ナ物ノリストダ。モチロン純正部品デノ修理ダ」
「何だと!?」
ゼドは、目をむいて自分の持っているリスト改めて確認する。
(これも、これも、これも!今では正常に動作する物は絶対に手に入らない超絶レア物じゃないか!)
まさにそれはゼドにとって宝のリストであった。中には、もう存在しないと言われていた物がダース単位であるとすら書かれていた。
そして、ゼドは見つけた。見つけてしまった。自分が求めてやまない。たとえ全財産を叩いたとしてもほしい一品が。
「高機動強襲型強化外骨格 プルートゥだと!?」
強化外骨格と言う物は、かなり昔から存在していた。最初に開発され実用化された強化外骨格は戦闘用ではなく医療介護用で、人間の動きをサポートし、重いものを強化外骨格のサポートで小さい力で持ち上げられるようするといったものだった。
人間をパワーアップさせる事が出来る強化外骨格は、そもそも軍事用に研究されていたものだ。生身の兵士に強靭な鎧を、より強力な武器を持たせる為に。
プルートゥは、王国が始めて高機動強襲型として完成させた強化外骨格だ。それまでの強化外骨格は、ずんぐりとした体型で武器を持って歩くことしか出来ない物だった。ある意味二足歩行する小型の戦車兼工作車両として人々に認識されていた。
だがプルートゥはそんな既成概念をぶっ壊した。
文字通り小型化された反重力装置を用い、高速で空を飛び回り、空から敵を強襲し一気に制圧するという事を実践したからだ。
まるで中世の鎧の様でヒーロー然とした姿には当時の子供達は大いにあこがれた機体だ。
その人気は物凄いものであったが生産数は多くなく、退役後も博物館に送られる2機以外は全て破壊処理された。はずだった。
それが、誰の物にもなっていない状態で存在している!そう思っただけで、ゼドは、久々に気分が高揚した。
「よし良いだろう!何とか君を家に引き取る事が出来るよう取り計らおう!」
「待ってください!旦那様!そんな怪しいボットを本気で引き取るおつもりですか!そもそもプルートゥが第13スクラップ待機場あるなんて信じられません!」
「でもガラドXだっけ?私が乗ってきた兵員輸送車もかなりのレア物らしいじゃない。あれがあったんだから無いとは言い切れないわよ」
「ぐっ!よしんば、そのリストが本当だったとしても第13スクラップ待機場は旦那様の力の及ばぬ所!リストがあったとて到底手を出すことは出来ないでしょう!」
「むぅ。確かに…」
「ソノ為ニモウ一ツノ'リスト'ガアル」
「ん?もう一つの方?」
ゼドがお宝リストを閉じるともう片方のデータを開いた。
「これは!」
ゼドが思わずつぶやいた言葉はお宝リストを開いた時と同じものだったが、その声は真剣そのものであり、眉間に険しい皺がよった。
携帯端末の上をすごいスピードで指が滑っていく。
「旦那様?」
「お父様?」
「見るなっ!」
「ひっ!」
何事がと端末を覗き込もうしたクレハをゼドは一喝した。それは、一般人の見て良い物ではなかった。これを見てしまえばたとえ娘のクレハですら拘束しなければならない程、危険なリストだった。
ゼドは、睨みつけるようにKMB-06に聞いた。
「これにリストアップされているデータは本当にあるのか?冗談ではすまないぞ。これは…」
「アル。私ノ兵員輸送車ニ積ンデアル」
「警備隊長。ガラドXはどうした?」
「ハッ!旦那様の言いつけどおり、テントを張り、保護しております」
「早速で悪いが実物を見せてくれ。クレハは部屋で休んでいなさい」
「…はい」
「分カッタ」
そう言うとゼドは立ち上がった。
一同はクロードロン家のガラドXの前に移動した。
ゼドはガラドXを舐めるように鑑賞したいという気持ちを抑え、言った。
「早速だが、いくつか見せてくれ」
「乗レ」
KMB-06は後部ランプドアを遠隔操作で開くと、ゼドをガラドXの中に案内した。
「お前はここで待っていろ。証拠の確認は俺のみが行う」
「危険です旦那様!」
「これは、極めて機密度が高く、政治的判断が必要になる案件だ。平民の出る幕ではない」
「くっ!」
ゼドはあえて酷い言い方で警備隊長をたしなめる。だが、それは警備隊長に対する気遣いでもあった。これから行われるであろう貴族同士のゴタゴタに巻き込まれない様にする為には、知らないほうが良い。
それが分かったからこそ、警備隊長は歯噛みした。
「万一に備えてドアを閉めてくれ」
「分カッタ」
そしてドアが閉められた。




