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惑星トルーデの辺境都市ナナリカ 貴族区画
「まだ警察から連絡はないのかっ!」
とある豪邸の書斎に男の怒声と男が座っていた高級木材で作られた重厚なデスクを殴りつける音がした。
男の年頃は中年を過ぎたあたり、顔つきは渋く、青い目にブラウンの髪、それに顎髭を生やしていた。鍛え上げられた肉体を窮屈なスーツに身を包み、怒りによって筋肉が盛り上がり今にもスーツがはち切れそうだった。
「旦那様、落ち着いてくださいませ」
黒い燕尾服を着た年老いた執事が諌めようしている。
「この状況で落ち着いてなど居られるかっ!セーバス!娘が攫われたのだぞっ!」
クレハの父であるゼド・サイオン・クロードロンわなわなと肩を震わせた。
「一体どこのクソッタレだ!俺の娘を攫いやがって!」
「旦那様お言葉が乱れております」
その時、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。その音はだんだんと大きく、近くなっていく。
「こんな時にっ!何だこのサイレンはっ!」
そうゼドが叫んだ時、屋敷の門の方から激しい衝突音が響いた。それはすさまじいものでゼドの居る部屋が少し揺れた様に感じられた
ドアがバンッと大きな音を立てて、メイド服を着た恰幅の良い中年女性が駆け込んできた。
「旦那様!一大事でございます!」
「今のは何の音だ!」
「所属不明の装甲車両が表門を突き破って敷地内に進入しました!」
「何だと。まさか娘を…クレハを誘拐した奴らかっ!警備員達に連絡しろ!第一級戦闘配備!持てる武器をすべて出せ!私も出る!」
ゼドは立ち上がりながら叫んだ。
「旦那様!それはおやめくださいっ!」
執事が止めようとするが、ゼドは、それを無視してスーツの上着を脱ぎ、首元に手をやりネクタイを引きちぎるように外す。脱いだ衣類は執事である初老の男に放り投げるように渡す。
そして書斎の壁に掛けてある絵画に掌を当てた。すると「生体認証装置完了」という、音声と共に絵画が壁の中へと沈み込み、壁が左右に分かれる。壁の向こうには重厚な金属製の扉があった。扉には今では殆ど使われていないダイヤル錠が付いていた。
ゼドは扉に付いたダイヤルをすばやく回して鍵を開ける。扉を開けると、中には大量のブラスターとそのエネルギーパックが所狭しと並んでいた。
完全に扉が開くのを待たずにゼドはその中に手を突っ込み、中にあるものを取り出した。
取り出したのは、旧型のマシンブラスター。形は前世紀に使われていたM60機関銃に酷似したものだった。
このマシンブラスターはハンドブラスターとは比べ物にならない威力の弾を撃つ。一発でハンドブラスター用のカートリッジに入っているエネルギーをすべて使い切るほどだ。しかもその弾を機関銃の如く発射する化け物銃だった。
そのマシンブラスターについているスリングを肩に掛けると、今度はマシンブラスター専用の弾帯カートリッジを取り出し肩に引っ掛ける。
「娘を誘拐した後悔させてやる」
そうつぶやくと物騒な目をしたゼドは執事の男を置いて部屋から出て行った。
「旦那様…」
ゼドが屋敷から出た時、警備員達はその装甲車を取り囲み銃を構えていた。装甲車を追ってきたと思われる警察たちは門の前から入っては来なかった。
貴族の家は一種の治外法権的扱いになっており、警察ですら令状又は、その屋敷の持ち主の許可無しで屋敷の敷地内に入ることは出来ない。
その結果門の前には警察の車両があふれ、装甲車は出ることが出来なくなった
「様子はどうだ!」
玄関から出ると、現場を指揮していた屋敷の警備隊長に状況を確認する。
「ハッ!ゲートを破壊して進入、その後ゲートから10メートル程進んだ場所に停止。その後、何の動きもありません!一応警告を言いましたが、反応はありません。あと警察が敷地内進入の許可をもともてますが、いかがいたしますか?」
「奴らには、こんな事をするよりとっとと娘を探せといっておけ!」
「ハッ!」
ゼドは、警備隊長から差し出された謎の装甲車の様子を探る為双眼鏡を手に取った。
屋敷は小高い丘に建てられており、見通しが良い作りになっている。ゼドが双眼鏡を覗き込むと装甲車は、ゲートを突破してバランスを崩したのか、車体後部を屋敷の方を向けて停車しているのが良く見えた。
「なんだ、あれは兵員輸送車じゃないか。車載兵器のマシンブラスターも付いてない。それもかなり旧型…確かあれは…。ちょっと待て、まさかっ!」
ゼドは自分の記憶の中から、自分の屋敷に突入してきた兵員輸送車の情報を引き出す。
「ガラドXだと!?軍の兵器資料館にもない激レア試作浮遊兵員輸送車が何で!?」
ガラドXそれは、惑星郡独立戦争前に開発された試作浮遊兵員輸送車だ。浮遊と名の付くとおり当時新開発された反重力装置を使用し、車両を浮遊させ兵員を最前線まで送る為に開発された物だ。最大の特徴として反重力による浮遊と8輪の車輪を持っている事。当時はまだ反重力装置の信頼性が低く、戦場で反重力装置が使用不可能になった時の予備として車輪が装備されたのだ。しかもその車輪は特殊で、一見普通のタイヤに見えるが実は内部に特殊な樹脂で作られたハニカム構造のスポークが張り巡らされ、パンクしてもハニカム構造のスポークが車体を支え、問題なく走れるという優れものだ。
骨董品であるガラドXがここまで走れていたのはこれのおかげでもある。
だがその後、反重力装置の信頼性が戦場で証明され、車輪付きの兵員輸送車は姿を消す。ガラドXは浮遊兵員輸送車の中で、車輪が付けらて開発された最後の兵員輸送車だった。
「なんであんな骨董品で。わが屋敷に突撃してきたんだ!あれだけで一財産だぞ!なに考えてやがる!あんなに傷つけやがって!」
根っからのミリタリーオタクでもあるゼドは侵入者が乗ってきた兵員輸送車の価値を一目で見抜いた。
驚愕しながらもしっかりと、観察しているとゆっくりと車体後部にあるランプドアが開き始めた。
「総員構え!何があるか分からん!」
ランプドアが開ききり、暗い穴がぽっかりと開く。取り囲んでいた警備員達が息を呑み、構えたライフルブラスターに力が篭る。
だが、出てきたのは誰も想像もしていないものだった。
出てきたのは汚れたドレスを着たゼドの娘、クレハだった。彼女は、胸の前に抱えたおんぼろメンテナンスボットを支えに姿を現した。
それを見た瞬間ゼドは双眼鏡を投げ捨てて娘に向かって走り出した。
「クレハッ!」
「旦那様いけません!危険です!くそっ!第一小隊、俺に続けっ!」
「「「ハッ!」」」
警備隊長が、慌てて部下に命じてゼドの後に続く。部下も透明な盾をもっていく
クレハは足を怪我をしているので、よたよたふらふらとゼドの方に懸命に歩く。
「お父様!ただいま帰りました!」
声を張り上げ、自分が無事帰ってきたことをアピールするクレハ。
「クーレーハー!」
それをダッシュで迎える父親であるゼド。
「あっ!」
ゼドが後一、二歩でクレハに届く位置になった時、クレハはKMB-06を押しのけるようにして前に出た。だが、案の定怪我をしている足で踏ん張ろうとした時に激痛が走り前方にバランスを崩した。
だが、それは更にスピードを上げて駆け寄ったゼドによって支えられ、事なきを得た。
「お父様!お父様!お父様!」
「クレハ!クレハ!クーレーハー!」
ゼドはしっかりとクレハを抱きしめた。
「旦那様!離れてください!」
その時、警備隊長がゼドに追いついた。警備隊長は追いつくと、すぐさま二人の近くに浮いていたKMB-06を掴むと力任せにガラドXの方へと投げつけた。 追いついてきた部下達が、盾を構えてゼドとクレハの壁になる為に周囲を囲む。
警備隊長は、クレハを囮にして近づいてきたゼドを殺す為にKMB-06が自爆するかもしれないと考えたのだ。
投げられたKMB-06は、放物線を描きながら地面に落ちそうになったが、地面まであとちょっとと言うところで反重力装置を全開にして何とか墜落を防ぐ。
しかし、KMB-06の真の危機はこれからだった。
警備隊長は、部下の構えた盾の間から突き出すようにKMB-06にブラスターライフルを構えた。咄嗟にKMB-06は兵員輸送車の下に向かう。
「ダメッ!」
驚いたのはクレハだ。
クレハは、ゼドを突き飛ばす足の痛みも忘れてと警備隊長の構えているライフルブラスターに飛びついた。
「お嬢様何をっ!!危険です!」
警備隊長は、何とかクレハを引き剥がそうとするが、クレハは譲らなかった。
「待って!あのボットが私を助けてくれたの!撃ってはダメっ!!」
「何ですって!?」
「どういう事だクレハ」
娘から突き放され、しりもちを付いていたゼドは立ち上がりながら言った。
「どうもこうも無いわ。誘拐された私を助けてくれたのが、あのボットなのよ!」
「なんとボットが!?とりあえず、危険は無い様だな。警備隊長銃を下ろせ」
「ですが!」
なおもKMB-06に向けて銃を向けようとする警備隊長だが、立ち上がったゼドに銃口を下げられた事と無言の威圧により渋々ライフルブラスターを下ろした。
KMB-06は銃口を向けられた時にガラドXの車体の下に飛び込んで隠れていた。
「早く話を聞きたいが、足を怪我しているのだろう?早く治療しないと。それに早く風呂に入って体を洗ってこい。クレハ。ひどい格好じゃないか」
「うっ」
クレハは今自分の姿がどうなっているのか気づいたのか、顔を真っ赤にした。
「警備隊長。君は外に居る警察に誘拐された娘が帰ってきたと伝えてくれ」
「はっ!状況終了!後処理を開始します」
「それとクレハ、お前を助けてくれたボットにも話を聞きたいから出てきてくれるように言ってくれないか?」
「分かったわ。ねぇKMB-06。もう大丈夫だから出てきて!」
「本当カ?」
KMB-06がガラドXの下から顔(?)を覗かせてクレハを見た。その様子がまるで子供が木の影から覗いているみたいだったのでクスッと笑った。
「ええ、だから出てきて。ね?」
「分カッタ」
そう言うとKMB-06はガラドXの下から出てくると、銃を向けてきた警備隊長を警戒しながらクレハのそばまで飛んだ。
ゼドは表面的にはどうと言う事はないといった態度であったが内心驚愕していた。本来人からの命令は絶対であるはずのボットが人間を'疑って'いたからだ。
(クレハは、面白いものに助けられたようだな)
「それであの兵員輸送車はどうしますか?このままですと家の出入りと景観に支障を来たしていますが?」
「うっむ、あれは、クレハの話を検証する為に必要だ。あのままにしておいてくれ。大事な証拠品だからな。ああそうだ。保存のためにガラドX上にテントを張っておけ」
いかにも真面目そうに答えるゼドだが、警備隊長は見ていた。そういうゼドの目がキラキラと輝き、まるで新しいおもちゃを前にした子供の様な目をしたいた事を。
警備隊長は苦笑しながら了解といって、部下達に指示を出し始めた。




