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うららかな光が差す長い廊下を、一人の男が歩いていた。不機嫌なのか、その歩きは荒く、やわらかい絨毯が敷かれているというのにドスドスという音がするくらいだ。
壁には、アンティークな壷や絵画が掛けられているがそれらには目もくれない。
時折、すれ違う人々は、厄介事に巻き込まれてはゴメンだと、必要以上に距離を開けてすれ違う。
そしてその事が男にも分かる為余計に苛立ちがつのる。
(何故私がこんな報告をせねばならぬのだ!)
その男はスクラップ待機場でクレハの殺害に失敗したコズリックを、厳しく詰問していた男だった。
軍服を着たその男は、胸にジャラジャラと勲章を身に付けて居る事から、軍の中でもそれなりの地位に居る事が察せらる。
苛立ちながら歩いていくが、目的地が近くなると苛立ちより恐怖が優り、その歩みも静かなものとなっていく。何故なら、彼が今向かっている場所に、したくも無い失敗の報告をしに行かなければならないからだ。
目的地である部屋の前まで来ると、男は立ち止まった。
部屋の扉の前には、二人の兵士が、微動だにせず立っている。
その二名の前に立つと、男は両手と両足を軽く広げて立った。
衛兵達は、失礼と言うと、男が危険物や武器を持っていないか確認する為に体をまさぐっていく。。
ここまで来る道中には、それと分からないように色々な検査機器が存在し、それらによって男が危険物を何も持っていない事は判明している。しかし、最後には人の手による確認が必要とされていた。
言いようの無い不快感が男を襲うが、それは男の身体検査をしている衛兵達も同じだ。
身体検査が終わり、衛兵が離れると男は、身なりを軽くと問えてから扉をノックした。
「ドリトルです。お呼びにより参上いたしました!」
「入れ」
男…ドリトルが扉を開けてはいると、そこは殆ど物が無い部屋だった。10畳とそれなりの広さがある部屋であったが、あるのは執務机と椅子。後は執務室の上においてある端末だけだ。
あまりに物が無いさっぱりとした部屋。
とはいえ、そこに置かれている物は当然全て最高級品。
執務机は、この時代では、もはや二度と手に入る事の出来ない地球産の黒檀で作られ、尚且つ地球の職人の手によって作られた机だ。材料の希少価値、高い芸術性、二度と手に入らないというプレミア、その他もろもろの付加価値により、値段すら付けれないという代物だ。
変わって椅子は、科学技術の粋を凝らしてオーナーが座る為だけに、作られた完全オーダーメイドの一品で、肘掛の長さから、座面の高さ、背もたれの弾性、その他諸々がオーナーに合わせて作られており、座れば、疲れる事が絶対に無いと言われている物だった。
コズリックを詰問していた時は、傲慢が服を着ていたような様子だったのだが、今は緊張した様子で、部屋の中へと入り、その部屋の主が座る机の前へと歩み出る。
その机の所に座っていたのは、白髪交じりの黒髪に、口にはピラミダルと呼ばれるスタイルの髭を貯え、スーツをビシリと着こなした、誠実そうな顔をした渋い中年男性だ。
「ほん…」
「挨拶はいい。報告を聞かせてもらおう。ドリトル準将」
ドリトルが挨拶をしようとしたが、部屋の主はそれを遮った。
ビクリと体を震わせるドリトル。
「はっ!かしこまりました!結論から申しますと。そっそれが、クレハ・クロードロンの殺害にしっ失敗しました!申し訳ありません!」
それだけを何とか言い終えると、勢い良く頭を下げた。
もし、それをコズリックが見たら、一見神妙な顔をしているが、内心腹を抱えて大笑いしていそうな姿だ。
頭を下げられた部屋の主は、机に両肘を付き、顔の前で手を組み合わせると、じろりとドリトルを睨みながら問うた。
「ふぅー。私が記憶が正しければ、ドリトル少将。貴方は、"任せてください。必ずや任務を遂行いたします"と言ってましたよね?」
その言い方は丁寧だったが、その言葉には人を従わせる有無を言わせぬ凄みがあった。
「はっ!その通りでございます!」
「訓練を終えたばかりの新型戦艦フューロベの使用許可を与えたのにも関わらず?」
「今回の不始末。汗顔の至りです!」
「作戦でミドロス連邦との緩衝地域に新型戦艦を派遣した事により向こうから抗議がきています。幸い我が国の国民は、海賊退治をしたと支持率があがりましたが、先方との関係の悪化は避けられないでしょう。こちらの目的が達成されていれば、許容の範囲でした。…だが失敗した。何故です?」
「はっ!それが、コズリックの奴めが、リンデット宙域に隠れていたターゲットを追い詰めたそうなのですが…あの…その…」
「何だね?ハッキリ言いたまえ」
「逃走しようとして乗っていた駆逐艦ごと消えたと…」
「消えた?どういう意味だね?」
「それについては、こちらを御覧ください」
ドリトルは、懐に手を入れると端末を取り出した。
ぴっぴと慌てた感じで端末の操作すると、空間ディスプレイが現れ、ある一場面が映し出された。
それは、フューロベがクレハ達の乗るデア・ルーラーを攻撃している場面だった。
フューロベが撃ったビームが突然デアルーラーを包んだ光により、防がれている。それからも何度もビームが打ち込まれるが光の壁により尽く防がれる。最後は、忽然とデアルーラーは姿を消した。
「どういう事かね?何故、あの艦は消えたのだ?」
「申し訳ありません現在調査中です。…ただ、クレハ・クロードロンが潜伏していた施設は、怪しげな科学者の研究所だったという報告が来ていますので、その科学者が何かを発明したのかも知れません」
「そうか。もし見つけたらその科学者を勧誘するのもいいな…。で、クレハ・クロードロンの行方は掴んでいるのですか?」
「目下全力で捜索しております!発見し次第、即座に抹殺する予定です!」
「では、今後あなたは、この任務の専任とします。他の仕事は、引き継げるように準備しておくように。」
「そっそれは!?」
専任という事は、その仕事しか出来ないという事、当然後ろ暗い仕事である為、表舞台へと出る事は出来ない。それは、ドリトル少将の出世が絶望的である事を示していた。これが、表ざたに出来ない任務を失敗した
(くそっ!これもあの役立たずが小娘一人殺せなかったせいだ!何で私が、こんな目に!)
心の中であらん限りの呪詛をコズリックへと送るドリトル。そんなドリトルを見透かしたように男は言った。
「何、早く任務を完遂すれば、また元のように仕事が出来るでしょう。優秀な貴方なら問題無いでしょう?」
「はっはい!任せてください。必ずやご期待に答えましょう!」
「それだけです。下がって結構」
「はっ失礼いたします!ヴィルヘルム国王陛下!」
そう言うと、ドリトルは失礼にならない程度にすばやく部屋から退出した。
「はぁ。使えない部下ほど厄介な物はありません。この任務が失敗に終われば、我が国を壊しかねないというのに…」
トルーデ王国国王であるヴィルヘルムは、執務室でため息をついた。
当然、ヴィルヘルム国王は、たとえドリトルが任務を遂行できたとしても、表舞台に戻すつもりは無い。逆に全てが終われば事故に見せかけて始末する予定だった。
ヴィルヘルム国王にとってドリトル准将は、汚れ仕事をさせた後、切り捨てても何も問題も無い人物でしかない。居なくなっても誰も困らず、逆に感謝されるような人間だった。
そのような人間が准将まで上り詰める事ができたのは、汚れ仕事をさせる為だ。トルーデ王国に有益な人物に汚れ仕事をさせずに有害な人間もついでに排除できる。そんな捨て駒の下に付けられた人間にとっては迷惑以外の何者でもないが…。
ドリトルが准将まで昇進できたのは、自身の才覚(賄賂やコネ、妨害活動を含む)だと思っているが、実際は、謀られたものだった。
他にも何人か捨て駒とする為の人間が何人か軍部の中に居る。もちろん捨て駒にされる為に昇進されられたとは、本人達は知らない。
「まったく、初代も碌な仕事をしない。やったのなら最後まできっちり終わらせて欲しかった」
最後にそう呟くとヴィルヘルム国王は、端末を起動して政務に戻った。




