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今正に、研究所は戦艦フューロベの目の前で炎上していた。研究所の内部から大小さまざまな爆発が起き、蓑虫の様な様相を作っていた装甲の間から大量の煙が噴出している。
研究所に絡み付かれていたデア・ルーラーは、絡み付いていた触手のような通路が破断し、爆発の余波で、無軌道に吹き飛ばされている。
これでは、中に居た人間は死んでることだろう。もし仮に生きていたとしても、その命は風前の灯。そしてそれはすぐに消えることだろう。
任務を達成したというのに戦艦フューロベのブリッジの空気は重かった。
「ふふっ」
火を噴きながら崩壊していく様子をコズリックは、満足そうに見ていた。
宇宙は真空なので音が伝わる事は無い。それでも見ているだけで、そこでおきている破壊の音が自身の耳に聞こえてくる様な気すらする。
ただ、本部からの命令で特別に、この艦へと乗り込んできたコズリック少佐達以外は…。
「何がおかしい」
「当然任務を達成できた事にたいしてですよ。デューイ艦長」
「年端も行かぬ少女を殺す任務が私の艦の初任務となるとはな。こんな屈辱的な事は生まれて初めてだ」
新型の戦艦を与えられた時、フューロベの艦長デューイは、誇らしい気持ちだった。ハイスクールを卒業して士官学校に入学した。その後、厳しい学習と訓練の後、軍に入隊。
そして人生の殆どを艦の中ですごしたといえるようになった頃、ようやく艦長へと任命された。長年ローデット王国に尽くしてきた功績が認められたと思った。
だからこそ、新型の戦艦を任された事に誇りを持ち、それに恥じないよう、クルーと共に訓練に励んだ。
そして、どんな任務でもこなせると自信を持って言えるようになった時、命令されたのが、この極秘任務だった。
(何の力もなさそうな貴族の娘を一人殺す事が、何で国を守る事に繋がるのだ?)
クロードロンの名はデューイ艦長も知っていた。直接会った事は無いが、デューイ艦長とは違う派閥に属する軍閥の貴族だが、兵の間でも居丈高な今時の軍閥貴族の中でも質実剛健のよい軍人だという噂を聞いている。
(クロードロンが嵌められたと言う話は、あながち嘘では無いだろうな…。だが、命令なら仕方が無い)
彼は軍人だ。軍人であるのなら上官の命令は絶対。逆らう事など許されない。だからとて、命令に不満を持つなと言うのも無茶な話だ。それでも彼は命令に服従するしかない。彼が抗命すれば、彼だけではなく、彼の部下の未来を暗いものにしかねない。そんな事は彼には出来ない。
それでも、不満は消えない。彼の乗る艦の砲は、敵に向けるものであって、か弱き少女に向けられる物ではないのだから。
「我々の任務は、海賊の討伐です。そして見事我々は討伐に成功したではありませんか?」
「表向きそうなっているだけだろう!事実は、違う!我々はこんな事をする為に厳しい訓練をこなして来た訳ではないっ!」
「そうですか」
デューイ艦長の憤懣やる方ない思いを、コズリックは平気で無視する。コズリックは軍の崇高さや、使命感などは求めていない。所詮軍も、この世界に存在する一組織に過ぎず、組織であるならば、後ろ暗い事の一つや二つしているものだ。特に組織が大きくなれば、理由さえあれば平気で人殺しを命じる事もある。その組織が腐っていれば、気に入らないの理由だけでそうする事すらある。
コズリックは、そんな事すら知らない艦長に辟易しつつ、崩壊していく研究所の様子を見ていた。
だが、その顔は、真剣なものへと変化していた。
「…おかしい。宇宙空間でこれ程…視界を塞ぐほど煙が出るのか?」
「情報によれば、あの建造物は頭の可笑しな科学者が作った研究所となっていますので、何がしかの危険な物質が反応して煙が出ているだけでは?」
フューロベのCICにある空間ディスプレイには、研究所が、大量の煙を出しながら崩壊していく様子を事細かに映し出していた。
現在は、大量の煙に覆い隠され、研究所の周辺は見えなくなっていた。
だが、それはおかしい。
宇宙空間では、煙は拡散し、煙で見えなくなるなんて事は殆ど起こらない。なのに、煙は研究所を覆い隠し続ける様に、拡散する速度が著しく遅い。
「…重力異常が起きている模様です。推測ですが、あの建造物が海賊からの攻撃から身を守る為に使っていたリングを形成するのに重力発生装置を使っていたのだと思います。それが我々の攻撃により殆ど破壊されましたが、微弱ながらまだ動いている物もあるのでしょう。それにより煙の粒子が、拡散できず、纏わり付いているのだと思われます」
「近づくことは出来ないのか?」
「アレに近づくのは危険です。いつ爆発するか分からない手榴弾に近づくようなものです。当艦のシールドは高性能ですから、爆発したとしても耐えられる可能性が高いですが、態々危険な場所に近づく必要は無いと思われます」
フューロベの副長が、自身の見解を述べるが、コズリックは納得していないように考え込む。
コズリックは、ここに来る間に、クレハの逃亡経路や、ロンドモス号がデットロリポップ海賊団に襲われ、辛くも逃げる事に成功した事件についての報告書を読んでいた。
尚且つ、自身が逃亡を選択した、あのスクラップ待機場での事を考えると、クレハを助けている何者かが居る事は想像が付く。
そして突然、ハッと何かに気付いた。
「!?あの煙を晴らせ!何をしても良い!早くしろ!」
命令が下されるやいなや、煙を纏った研究所へ向けてフューロベの主砲が放たれる。
軍用施設に比べると、それ程強固ではなかった研究所が完全に破壊され、設置していた重力発生装置は全て機能を停止した。その結果、研究所を覆っていた煙が一気に晴れる。
煙が晴れるとそこには、アンティークとすらいえそうなほど古い駆逐艦…デア・ルーラーが、この宙域から脱出しようとしている姿があった。
プロフェッサー達は、最初から研究所の中には居なかった。彼らはデア・ルーラーの中にあるCICで、海賊達と戦っていたのだ。
シールドリングと、デブリの川で撃退できればそれで良し。
出来なければ、研究所に侵入してきた海賊に対して研究所内で出来るだけ時間を稼ぎ、最後は自爆を装って、侵入してきた海賊を攻撃。その自爆で研究所を覆っている装甲をクレイモア地雷の如く吹き飛ばし、海賊艦を攻撃する。
そして、研究所の自爆と、大量の煙で混乱している隙に、自爆の爆風で吹き飛ばされたデア・ルーラーで脱出する作戦だった。
だが、その海賊が、突如現れたトルーデ王国軍の戦艦が現れたことで狂った。
コズリックが、クレハの身柄を確保する為に研究所に突入してくれれば、この方法が使えたが、彼は、研究所にクレハがいる事を確信すると、即座にビーム砲を撃ちこみ、研究所の中心部にあるジェネレーターを完全に破壊された。
そのせいで、うまく自爆する事が出来ず、装甲板をデブリとしてばら撒く事が出来ず、何とか煙幕を張るので精一杯だった。
そして、その次の攻撃で、煙を纏めていた重力装置が破壊され、煙が拡散し、目隠しとしての効果が無くなる。
崩壊していく研究所の先に、フューロベの主砲によって空けられたデブリの穴を通って逃走しようとしている駆逐艦を発見した。
「やはり!」
コズリックは、感が当たった事に歓喜した。あれだけしぶとく自分達の目を逃れここまで来たのだ。戦艦のビーム砲一発で終わるとは思えなかったのだ。
デア・ルーラーのCICに居たクレハとサスケは当然、背後の煙幕が消えた事に気付いた。
「ちょっどうすんのよ!?」
「煙幕消失。プロフェッサー準備は?」
『ギリギリじゃがいけるぞ!』
「タイムマシン起動!カウントダウン開始!」
「はぁ!?最終手段ってもしかしてそれ!?私聞いてないわよ!?」
その荒唐無稽な最終手段にクレハが絶句する。
『5・4・3…』
だが、フューロベは待ってはくれなかった。カウントダウンが続く中、フューロベの主砲が発射された。
「緊急回避!捕まれ!」
「きゃあああああああああああああああ!」
サスケは、目の前にあった手すりをマジックハンドでガッチリと掴む。クレハも、コンソール脇にある手すりを抱きつくようにして掴んだ。
デア・ルーラー各所にあるスラスターを全開にして回避する。
この時、デア・ルーラーはかなり荒っぽい方法で操作されていた。
OSが搭載されていれば、前進ボタンをポンと押せば、自動的に姿勢制御と最適な出力でメインスラスターが吹かされ、艦は前に進む。しかし、緊急廃棄プログラムを実行された為、それは出来ない。それゆえにサスケによってフルマニュアルで駆逐艦を操船していた。
簡単言えば、サスケの前にデア・ルーラーに存在する様々な機器のON・OFFスイッチが全て並んでいて、サスケがその一つ一つのスイッチをポチポチと押す事によって、その機器を動作せているという事だ。
急激な回避行動により、CICに艦体が歪んでいる事を示すメキメキという不気味な音が響く。
『ジェネレーター出力低下!カウントダウン中止!これじゃとタイムトラベル出来んぞ!』
何とか避けきったが、デア・ルーラーの被害は、ジェネレータールームからプロフェッサーが報告したジェネレーターの出力低下以上に甚大だ。
そもそもが老朽艦な上、慣らし運転無しの急激な機動をした為に、回避に使ったスラスターが使用できないレベルまで損傷し、メインスラスターも、ビームの余波でスラスターノズルが一部融解してしまっていた。
その被害状況を纏めると、もうまともな機動は出来なくなっていた。せいぜいのろのろ動ける程度で、まな板の上の鯉と言っていい状況だった。
「それ以上に事態は深刻だ。今の攻撃で推進系が故障した。まともに動けない」
『くっ!?こちらで何とか修理してみるが、何とか時間を稼いでくれ!』
「分かった何とかしてみる」
とは言ったものの、この状態で出来る事など殆ど無い。
「命乞いでもして時間を稼ぐしかない。通信を送るから、適当にあいつらに命乞いしてくれ」
サスケは、急激な起動で壁にお知りをぶつけ、痛そうにさすっているクレハにお願いした。
「イヤよ!何でアイツに命乞いなんてしなきゃならないのよ!そんな事するんだったら死んだほうがマシよ!」
「しかし、そうでもしなければ時間を稼ぐ事は…」
二人が言い合いをしていると、先方から通信が入った。
ハッと顔を見合わせると、クレハが神妙な顔をしてうなづくと、サスケは、通信を受諾すると。画面にコズリックの姿が映った。そこにはそこはかとなく得意げな顔をしたコズリックが居た。
クレハは、それを憎憎しげに睨み付ける事しかできない。
「一体何の用?」
『いや何、敬意を表しようと思ってね。見事だったよ。この脱出プランは、あの建造物の製作者であるマッドサイエンティストかな?それとも君をスクラップ待機場で救った何者かな?』
サスケはその問いに答える為に、こちらの映像を送っているカメラの前に出た。
「私だ」
コズリックの声は困惑していた。何せ目の前に現れたのは、博物館クラスの旧式のボットだったのだから当然だろう。
『お前が?何者だ?』
「トルーデ宇宙軍所属 暁重工社製メンテナンスボット KMB-06認識番号M02457894GF」
『…で、誰が操作しているんだ?』
「私は、誰の操作も受けていない。私は、私の意志でここに居て貴殿に敵対している。ああ、私の用意した兵隊達に右往左往していたお前達は、滑稽だったぞ?何なら、その時の貴様らの動画を送ってやってもいいが?」
『いや結構』
「そうだろう。貴様の誘拐、殺人未遂、レイプ教唆の証拠だからな。せっかくだから送ってやろう。笑えるぞ?」
サスケはそう言うと、本当にその動画ファイルをフューロベへと送りつけた。
それを受け取ったフューロベの通信士官は困惑した様子で艦長を見た。送りつけられた動画ファイルをどう扱えばいいのか分からなかったからだ。
『ちっ。その動画ファイルは、ウィルスの可能性が高い。即刻削除しろ』
『だそうだ』
投げやりにデューイ艦長が通信士官に言った。通信士官は命令に従い送られてきた動画ファイルを削除した。
「残念だ。貴君がか弱き乙女に対し、レイプして殺せと命じているシーンもあったのだがな」
苦虫を噛み潰したような顔をしたコズリックは、画面に映るサスケを睨んだ。
丁度その時、デア・ルーラーを調べていた士官から方向が入る。
『確認しました。あの駆逐艦は旧軍が使用していたフィオランド級駆逐艦です』
『フィオランド級だと?独立戦争時代の艦じゃないか。ふん。旧トルーデ軍所属の艦とは言え、トルーデ王国の船。貴様ら賊に使われるよりは、我らによって沈められた方が、本望と言うものだな』
悪逆女王に率いられていた独立戦争時代の軍を現在のトルーデ王国軍は、態々名称の前に"旧"を付けて呼称していた。それは、悪逆女王との決別であり、新たな王であるウィリアム一世に対する忠誠の証でもあった。
そのコズリックの嘲りに、サスケが唐突に切れた。
「反乱軍風情が、栄えある陛下率いる軍たるトルーデ王国軍の名乗るな!この糞野郎が!何をやっているデア・ルーラー!それでも貴様は、トルーデ王国軍の軍艦か!今全力を出さないで何時出すというのだ!今!貴様はトルーデ軍旗艦でもあるのだぞ!」
隣に居たクレハは、唖然とした様子でその様子を見ていた。
これまでクレハは、これ程までに激高したサスケを見たことは無かった。人と同じように喋ってはいたが、その考え方は機械的で、感覚といえば人間臭い機械と言った感じだった。だが、今のサスケからは、人間じみた怒りを感じていた。
『何を言っている?所詮狂ったボットか…』
この豹変には、さすがのコズリックも動揺した。
「誰が御座していると思っている!動け!」
サスケがそう言ってコンソールを叩いた瞬間、デア・ルーラーのジェネレーターが息を吹き返した。力強い振動音がCICの中に響く。
それは、偶然だったかもしれない。
だが、それはまるでデア・ルーラーがサスケの声を聞き、再び立ち上がったかの様だった。
『おお!おお!これならいける!ワシのタイムマシンを起動できる!』
ジェネレーター室に居るプロフェッサーから歓喜の声が上がる。
「やれっ!タイムマシン起動!」
『やったるわい!』
その声プロフェッサーの声を最後に、通信が切れた。
フューロベのブリッジにいるコズリックは、嫌な予感…いや確信がよぎる。
「ちっ!撃て!あのスクラップを!撃沈しろ!」
コズリックはすぐさま撃沈命令を下した。不本意ながらも命令は命令と砲術士達がデア・ルーラーに照準を合わせて発射ボタンを押す。
主砲が当たる直前。眩い光にデア・ルーラーが包まれた瞬間、フューロベから放たれたビームがデア・ルーラーに直撃した。だが、デア・ルーラーは、何事も無かったかのようにそこに存在した。
「馬鹿なっ!」
駆逐艦…それも数百年前に使用されていたおんぼろ駆逐艦に最新型の戦艦の主砲が防げるはずは無い。たとえ最新鋭の駆逐艦がシールドを張った状態だったとしても、肉眼で明確に目視出来る距離で撃たれた戦艦の主砲に耐えられるはずは無い。
この時デア・ルーラーの中でも、異変が起きていた。
「あsdfghjkl;:!」
サスケに搭載されているセンサーから、膨大なそして、意味不明なデータが送られ、サスケ自身の思考をつかさどるCPUがエラーを大量に吐き出す。
あまりのエラーの多さに、セーフティが働きサスケは強制的にシャットダウンした。
「ああああああ!きゃあああああああああ!」
クレハも、唐突にめまいや頭痛や得体の知れない気持ち悪さに襲われ、意識を失った。この時ジェネレータールームに居たプロフェッサーも同様の症状に襲われていた。なお悪いことに彼は全身の殆どを機械に置き換えていた為、サスケとクレハの両者の間に起きた異常を一身に受け、早々に気絶した。
フューロベからデア・ルーラーを撃沈する為にビーム砲が何発も発射されたが、放たれたビームが届く前にデア・ルーラーは消失した。
それをフューロベは見ていた。まるで幻のようにデア・ルーラーの姿が薄れたと思ったらあっという間にその場から消え去るまでを。
あっけに取られているブリッジクルー。
だが、コズリックは、取り逃がしたという事実を真っ先に認識し、顔を真っ青にして怒鳴り散らした。
「どこだ!奴らは何処に言ったのだ!探せ!この宙域のデブリを全て消失させもだ!」
その顔には先ほどまであった優越感や余裕と言う物は一切無かった。
クレハが、ヘルメット特有の息苦しさで目が覚めると、自身がデア・ルーラーのCICで浮遊しているのに気がついた。
エネルギーが来ていないのかモニターは一つ残らず消えており、室内は非常灯の明かりだけが点いていた。
顔を動かしてみると近くには、機能が停止したサスケが浮いていた。どこかにぶつけたのであろう。彼のトレードマークになっていた双眼鏡のような二つのカメラアイの内、左側のほうがひび割れていた。
「助かったの?」
クレハは、サスケを抱えると、扉を開けCICから出てブリッジへと向かった。
ブリッジに入ると、そのまま窓へと向かった。追っ手が居ないか確かめたかったのだ。
「そんなっ!」
目の前には複数の艦艇がデア・ルーラーを包囲しているのが見えた。
その艦艇には、トルーデ軍のマークが船体に大きく描かれていた。




