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「えっと。私達は…」
『私達?おぬし以外にも誰かおるのか?』
「あっはい。サスケちょっと来て!」
カメラの撮影範囲外に隠れていたサスケは、内心自分の存在をばらしてしまったクレハに舌打ちする。それでも呼ばれたからには、行かなければならない。下手に隠し立てしてもこちらの立場を悪くするだけだ。仕方が無くカメラの前へと移動する。
『なんだい?古ぼけたメンテナンスボットじゃないかい!まぁいいわい。それで何でそんなとこにおるんじゃ?』
「私達は、元々乗ってた船が海賊に襲撃されたの。おとなしく荷物を渡したのに、あいつらビーム砲を撃ってきたから命からがら逃げ出してきたのよ。あいつら脱出してきた私達に向けてビーム砲撃ってきたのよ!信じらんないでしょ!」
『ああ、あの悪ガキ海賊団に襲われたんじゃな?それで脱出艇でこんな所までふらふらしてきたと…そういうわけじゃな?ワシの発明品を奪いに来たわけではないと?』
悪がきというには悪どすぎるとサスケは思うも黙っている。
「そうよ。…っていうか発明品って貴方科学者なの?」
『ふむぅ。ん?…あれは、もしや…』
老人は、クレハの質問を無視して、考え始めた。手は手元にあるであろう端末を操作して何かを調べている。
サスケは、その間にこっそり通信機を通じてクレハに警告した。
「クレハ。気をつけろ。こんな所に住んでいる人間がまともであるはずが無い」
えっと言う表情でサスケを見るクレハ。クレハは、コクリと頷くと改めて、通信相手である老人を見つめた。老人は考えがまとまったのかうむと頷くとクレハを見た。
『よし、お嬢ちゃんがそのボットをわしにくれたら、おぬしを安全なところまで送り届けてやろうどうじゃ?』
「お断りよ」
クレハは、にっこりと即答した。
『なに?』
驚いたのは、老人だ。ここまであっさりと拒否されるとは思っていなかったのだ。
「この子は、あたしの大事な仲間なの。友達なの。だらかそんな事出来ないわ」
『ならどうする?こんな場所には救助なぞ来んぞ?例え救難信号を出した所でくるのは海賊じゃぞ。捕まったら悲惨じゃぞぉ』
「なら、サスケにこの脱出艇を修理してもらって脱出するわ。なんて言ったってこの子はメンテナンスボットだもの」
『そんな旧式のボットに、現行の脱出艇が修理出来るとは思えんがね。そもそも、修理用のパーツが無いのにどうするんじゃ?』
「あら、貴方には関係ないことでしょ?何で言わなきゃならないのかしら?」
いたずらっ子の様な笑みを浮かべたクレハは、口元に指を当てながら言った。
『…まぁ良かろう。時間がたてば気も変わろう。その脱出艇にも非常用の食料は積んでおるじゃろうしの。そうじゃのうまた三日後、聞きに来るとしよう。気が変わったら言うといい。そうそう自己紹介がまだじゃったな。ワシは、そうじゃのう。…プロフェッサー(教授)とでも呼べ」
「プロフェッサーって偽名ですらないじゃない。あたしは…サニア・ロンドロンよ。後、あたし達が船外に出ても貴方の防衛システムで攻撃されないようにしてくれない」
『おお、そうじゃな。どう足掻くか興味あるしのう。…よし、出来た。これでおぬしらは、ワシの防衛システムには反応しなくなったぞ。それでは、また三日後に会おう。良く考えておくんじゃな!』
プロフェッサーと名乗る老人は、そう言うと通信を切り、作業ポットは、デブリの影へと去っていった。
「ふぅ。これでよかったかしら?サスケ」
作業ポットが見えなくなるとクレハは、一息ついた。
「十分だ。さて俺はこれからこの船の様子を見てくる。…もう余計な事はするなよ?」
コンソールと自分を接続していた端子を外して巻き取りながらサスケは言った。ちくりと皮肉を入れることも忘れない。
「分かったわ。今度する時は貴方に一言言ってからするわ。一応聞くけど何か私にしておいて欲しい事はある?」
もうしないと言わないのが、ある意味気の強いクレハらしい。
「無い。…いくつか動画を船にいた時に落としておいた。エネルギーも余裕があるから、暇ならそれでも見ていろ」
サスケは、器用にカメラアイでじろりとクレハを一瞥すると外へと続くハッチへと向かった。
幸い、この船に搭載されているジェネレーターとそのジェネレーターから出る電力を溜めるバッテリーは無事だった。お陰で今は、ジェネレーターを最低出力で動かしておいても、脱出艇内の設備は通常通りに使え、その余剰電力で動画や音楽くらいなら楽しむ事が出来る。
かつて地球から無数の宇宙船が新たなフロンティアへと旅立っていた頃、何もかも節約して生き残る事を最優先にした脱出ポットが主流だった事がある。
その脱出ポットは、実際に事故にあった時、見事にその脱出ポットに乗った一般人を数ヶ月の漂流の後、生還させる事に成功した。これによりその脱出ポットの有用性が証明されたかに思われたが、実はそうではなかった。
救助された時、その中に入っていた一般人は社会復帰が不可能なほど、精神に傷を負っていた。
確かに乗っていた人間は生存していた。だが、生きるのに最低限度の環境、娯楽も何も無くただ、暗い部屋に押し込められ、食料もコンピュータによって与えられる必要最低限のみ。そんな状況で碌に訓練も受けていない一般人が長い間一人で狭苦しい空間に押し込められたまま数ヶ月も正気を保つ事など出来なかったのだ。
その事件を教訓とし、それ以来脱出ポッドの設計には、例え漂流したとしても、人としての出来うる限りでの文化的生活が出来る様に設計されるようになった。クレハの乗っている部屋が丸々脱出艇になるというのも、その一環だ。
「しょーがない。暇だし見るか…」
クレハは、カプセルベットへ横なる。すると自動的にベットが透明な樹脂製のシールドに包まれた。シールドに包まれると今度は重力発生装置が働き、クレハの体は思い出したかのように重さを感じ始めた。せいぜい数時間だけだった無重力だったとは言え、慣れない無重力からの開放…いや、なれた重力の束縛に息をついた
空間ディスプレイを起動して、サスケが選んだという動画のリストを見るクレハ。リストには、見慣れない動画のタイトルとサムネイルが並んでいた。
「あ、このドラマ見た事ないや。へ~何処のだろ…ってミドロス星間連邦のドラマだ。初めて見た」
トルーデ王国では殆ど断交状態にあるミドロス星間連邦との間には当然ながら貿易はない。ロンドモス号は、名目上トルーデ王国属国とミドロス星間連邦との名目上ミドロス星間連邦国籍の乗客用に用意されていた動画だった。この動画は、本来トルーデ王国国籍及び属国国籍の人間には提供されない動画だったのだが、サスケが態々ダウンロードしておいたのだ。
「あっこれ面白そう」
クレハは、適当にドラマを物色すると、その中の一つの作品を選び出して再生した。
「あれ?寝ちゃってたんだ」
クレハが気がつくと、彼女はベットの上で自分が寝ていた事に気がついた。正面には動画の再生が終了したと表示された空間ディスプレイが浮いている。
周囲はクレハの眠りを感知して、薄暗くなっていた。空間ディスプレイを消して、ベットに被さっていた蓋を上げると人口重力が消え、無重力になった。ベットのマットを掴んで体をうつ伏せにする。クレハが起きた事を感知したコンピュータにより、ゆっくりと部屋が明るくなる。そのままベッドの脇に作られた冷蔵庫を開けるとジュースのドリンクパックを取り出し、飲み口のキャップを捻って外して一口飲む。
口の中にチープな甘さとさわやかさが広がり、喉の渇きを癒す。全部飲み干すとゴミ箱へと空のドリンクパックを入れた。
「はぁ。ねぇサスケ。状況はどう?何か変わった?」
部屋を見回してもサスケはいない。その事から、まだ外に居ると判断したクレハは、現在の状況を確認しようとサスケに通信を入れる。だが、何時までたっても返事はかえって来ない。
(いつもなら、すぐに返事するのに…何かあったのかしら?それとも故障?)
耳掛けた通信機を外して、自身の端末につないでコンディションをチェックするが一切異常は無い。
「サスケ!聞こえてたら返事くらいしてよ!ねぇ!」
もう一度、呼びかける。今度は、不必要なくらいの大声だ。だが、それでもサスケからの返事は無い。窓にへばりついて周囲に居ないか探すが、それでもサスケの姿は無い。
得体の知れない恐怖がクレハに忍び寄る。彼女は、急いでヘルメットを被ると上のハッチに向かった。
ハッチを開けて、その中へと体を入れる。脱出艇のエアロックは狭いので体を曲げて入れ、ハッチを閉めた。そして、外に出る為に減圧する。
減圧を終えると。クレハの耳には周囲の音が無くなった。聞こえるのは自分の荒い息くらいだ。
外側のハッチを開くと、そのまま外に飛び出した。外には何も無かった大量のデブリも、星も、衝突したはずの隕石すらない。真っ暗な空間にただぽつんとボロボロになった脱出艇が浮いているだけだ。
「サスケ!何処にいるの!出てきて!返事をして!」
宇宙服についている推進装置を使って脱出艇の周りを探すが、ネジ一本見当らない。
(サスケは私を見捨てたの?)
ここに来て、一気に一人きりの恐怖がクレハに襲い掛かる。
「う、そでしょ。嘘でしょ嫌よ!サスケ出てきてねぇ!サスケ!一人は嫌よ!ねぇ!」
だが、一向にサスケからの返事は無く、自分の荒い吐息しか聞こえない。前身から嫌な汗があふれ出る。完全に断熱され、寒くも無いのに体の震えが止まらない。
(嘘でしょ嘘嘘嘘嘘ありえない嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!)
「嫌々いやイヤァあああああああああああああああああああああああああああ!」
クレハは絶叫した。




