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「助かった…のか?」
突然向きを変え、救難信号を発信したあたりに向けて撃ち始めた海賊艦。その隙にデブリの薄い所を突っ切り、リンデット宙域を脱出したロンドモス号。ブリッジには信じられないといった空気が流れていた。しかし、現に海賊艦の位置は既にレーダーの知覚範囲を超え、尚且つ、今はロンドモス号の出せる最高速度まで加速する事ができていた。
「進路を近くにある宇宙港へ、それに救難信号を発信してください。ここまで来れば、海賊より、軍が先に察知するでしょう。それと乗客達の確認と状況の説明を、左舷側はお客様が入らないように封鎖して下さい。副長、あなたは船のダメージの確認をあと、乗っ取られたシールドシステムを取り返して下さい」
「船長。それがシールドシステムは、こちらのコントロール化に再び入りました。どうやら乗っ取っていた奴が返してくれたようです」
「…そうですか…。あれは凄い効率の良いプログラムでしたね。そのプログラムは残っていますか?」
「それが、一切のデータが残っていません。どうやらあの宙域を抜けると同時に使用されていたシールドプログラムが自動的にアンインストールされてしまったようです」
「惜しいですね。この船程度のシールドジェネレータで旧型といえども駆逐艦相手にこれほどまでに持つなんて…。凄いプログラムでした。本格的に導入したいくらいです」
「…そうでも無いですよ。機関部から報告です。シールドジェネレータが壊れました。どうやらあのプログラムはシールドジェネレータに対して安全基準を超えた出力を無理矢理出させていたようです。それに船内各所から、接客用のボットや、備え付の端末の殆どが使用不能になっているようです。状況から、シールドシステムがハッキングされた影響かと思われます。その他にも色々と戦闘とは関係の無いはずの場所で不調になった機器が多数出ているようです」
「…火事場の馬鹿力…という事ですか…」
「無事なのは航海に必要な場所と生存に必要な場所のみです。それ以外はボロボロとしか言いようがありません。一度入港したら、基本的な所以外総とっ変えしないと多分ダメじゃないかと思われます。…修理費で一体いくら掛かるのやら…」
「それは、本社の領分だ。今は生き残れた事を感謝しよう」
「おっと船長、乗客リストに載っている乗客は全員無事である事を確認したと連絡が届きました。最低限当社の面目は保てましたね」
「…そうか」
安心したように言うニトベ副長を他所に、オブライエン船長は、端末の起動して操作すると、画面をじっと見つめた。
「何を御覧になっているんです?」
「ちょっと乗船時の映像をね」
ニトベ副長が興味本位に覗き込むと丁度ある場面で映像を止めた。そこには何の変哲も無い一人の少女が大きな荷物を引き連れながら乗船手続きを行っている姿があった。
オブライエン船長は、その画面に映った日時を記憶し今度は、乗船リストに載っている乗客の手続き日時と照らし合わせる。だが、やはりそこには、彼女の乗船記録は存在しなかった。サスケもさすがに海賊も乗船時の映像まで確認しないだろうと監視カメラの映像まで手を出していなかった。
「彼女に救われたという事か…」
丁度その時、救難信号を受信したミドロス星間連邦のパトロール艦隊から通信が入った。
クレハが気がつくと、脱出艇は今だ見知らぬ宇宙を漂っていた。
「サスケ…ここは何処?天国?それとも地獄?」
「死んで居て溜まるか。ここはリンデット宙域のどこかだ」
脱出艇は慣性航行しているせいで窓の外にあるデブリがゆっくりとした速度で飛んでいるのが見えた。サスケはコンソールでなにやら作業をしている。
「何処に向かってるの?」
「君のお陰で予定が狂った。本来なら、海賊艦が去った後に、ミドロス星間連邦勢力圏まで行ってそこで救助を待つ予定だった。しかし、思わぬ逃亡劇のお陰で、もうそこまで行く推進剤が無い」
「えっ?」
サスケが振り返らずに言った台詞でクレハの背筋が凍る。推進剤が無ければ、この海賊がうようよ居る場所から逃げ出す事も出来ない。そうなれば、敵に見つかって殺されるか、よしんば見つからなかったとしても食糧不足による餓死は免れない。
「それに、この脱出艇も、デブリの破片やら何やらで結構ダメージを受けている。一度どこかで整備なり修理なりしないと危ない」
かなり緊迫した状況だという事を理解したクレハの顔は真っ青になった。
今サスケはクレハと会話しながらも、どうすれば二人生き延びて目的地に着く事が出来るかを冷静に考えていた。
「私は、君の父上から君を安全にミドロス星間連邦へと連れて行くようにお願いされている。機械である私には至らない点も多々あるだろう。だが君が私の努力を無視して勝手な行動をすれば生き残れる場面でも簡単に死ねる。今回の件もそうだ。君が救難信号を出し、通信をしなければ今回の様な危険も必要の無い損害も無かった」
悪し様に非難するサスケにクレハは反論する。
「でもそうしなきゃ彼らは死んでたわ!それに今私達は生きているじゃない!それでいいじゃない!」
「良くない。それに今私達が死んでいないというだけだ。依然として死の危険は続いている。もしこのまま状況が変わらなければ、死を待つだけだ」
「でもあなたなら何とか出来るでしょう!」
そのあまりの言い分にAIであるサスケがぶち切れた。
「君は自分に出来もしない事を他人に押し付けて、それを出来て当然と言うのかっ!それに危険にさらしたのは君だけでは無い!私にも死ねというのか!」
「違うっ!けどっ!わったしのせいで人が死ぬのなんて嫌なのよ!」
クレハを守る為に死んでいったSP達の事が頭をよぎる。
クレハが涙ながらに訴えるが、サスケは冷静に返す。
「繰り返し言うようだが、彼等が危ない目にあったのはクレハのせいではない。襲ってきた連中の責任だ。仮にそれで人が死んだとしても、私達に一切の非は無い」
「そう思えないわよ!もう嫌なのよ!私に巻き込まれて人が死ぬのはっ!」
叫ぶとクレハは、膝を抱えて丸くなった。それ以降はサスケが何を言おうとも答えなくなった。
その時、サスケが漁っていたデータベースに一つの有用な情報が見つかった。
(この場所なら何とかなるかもしれないな…)
仕方なくサスケは、この状態がどうにかなるかも知れない場所に向けてゆっくりと出発した。
それから、数十分後、突然、脱出艇の動きが激しくなり、クレハは、脱出艇の床にたたきつけられた。
「うっイタッ!何!」
一人鬱々としていたクレハだが、突然の衝撃と痛みに頭を上げた
「気がついたか!すぐにヘルメットを被れ!椅子に座りシートベルトを締めろ!」
「何があったの!もしかして奴らに見つかったの?」
慌ててヘルメットを被りながらクレハは、コンソールの上で必死に脱出艇を操作している聞いた。
「違う!海賊では無い!だが、正体不明の存在から攻撃を受けている!」
窓の外に見えるは、クレハが見たときとは比べ物にならないくらい濃密に集まったデブリ帯だった。そんな中をビームが飛んでくる。大した威力も無く、漂っているデブリに当たって脱出艇には当たらないが、それによって弾き飛ばされたデブリは装甲の無い脱出艇には十分脅威だ。
ドン!
十数分の間逃げ惑っていたが、散弾の様に飛んでくるデブリを全て避ける事はサスケにも不可能だ。脱出艇の後部にあるメインスラスターに被弾し、エンジン部が爆発する。操作の利かなくなった脱出艇が海賊に襲われたときとは違い、本当の意味でもんどりうちながらデブリの中を飛ぶ。
「いやぁあああああああああああああ!」
正面衝突は避け、何とか生き残っていたスラスターを使い脱出艇の底面をデブリに向ける事には成功させたが、海賊からの逃亡した時に受けたダメージにより十分に減速できない
ゴギャン!
脱出艇より数倍大きなデブリへと衝突した。
これにより脱出艇の艇としての能力が完全に喪失した。かろうじて内装の気密は確保されているが、もう修理無しにはこの船は動く事もままならなくなった。これでは、攻撃してきた相手に対し、反撃する事も当然逃げる事すら出来ない。
絶望的な状況を冷静に把握しながらもサスケは、自身が生き残る方法を模索する。
(まだ私だけなら逃げれるな…)
サスケの中に、クレハを見捨てて自分のみが脱出すると言う選択肢が現れる。そもそもこの様な事態になったのもクレハが、不用意に救難信号を発信したからだ。足手まといでしかないクレハを連れて逃げるのは、無用なリスクを負う事に他ならない。
(…だが、その判断はまだ早い)
その時窓の向こうから、球体の左右にアームのついた作業ポットがゆっくりと姿を現した。古ぼけているがずいぶんと改造されており、表面には雑多なツールが並び、上下にある球体の頂点部には、作業ポットにあるまじき機関銃が装備されている。そして正面には丸い窓がついており、それを囲むようにライトが配置されている。
作業ポットは油断無くその機関銃をつぶれかけている脱出艇に向けながら近づいてくる。
クレハはその様子をぐっと息を飲んで見つめる。もしこの作業ポットの持ち主が、クレハの追っ手であれば確実に死がまっている。
ある程度まで近づくと作業ポットは、ゆっくりと脱出艇の周りを回りながらこちらを観察している。しばらくすると唐突に脱出艇の通信機が鳴った。目の前にいる作業ポットから通信要請が入ったのだ。
「クレハ。出るんだ」
「いたたた…。うっうん!」
クレハは椅子に座ったまま震える腕を伸ばして、通信装置のスイッチを押す。
すると空間ディスプレイが立ち上がり、そこに薄汚れた白衣を纏った老人の姿が映った。頭はつるっつるになっており、汚らしい格好をしているものの何故か無精ひげすら生えていない。皺くちゃの顔に複眼式の暗視装置の用な物を付けており、素顔は分からない。いかにも妖しいマッドサイエンティストといった風体だった。
『お前達何者じゃ?何故こんな所におる?』
どうやら、追っ手ではないようだ。




