15
海賊艦は、くるくると回転しながら吹き飛ぶ脱出艇には目もくれず、ロンドモス号への砲撃を続けている。
普通に飛ばないのは、飛び出した脱出艇が、意図的に射出されたものではなく、攻撃の衝撃で吹き飛ばされたものだと偽装したからだ。それに脱出艇は射出ボタンが押され、射出されると通常は、自動的に救難信号が発信される。が、クレハの乗った脱出艇は、通常の手順では無いやり方で射出された為、救難信号を発することは無い。
それによりばれる事無く、クレハ達の乗った脱出艇は、デブリ帯へと紛れ込むことに成功した。途中、何度か方向を修正する為に、脱出艇のスラスターを吹かしたが、海賊達は目もくれなかった。
逃げ込んだデブリ帯は、密集しており、脱出艇などの小型艇なら何とか入り込む事が出来るが、海賊の使用している様な駆逐艦サイズの船では入る事は出来ない。
デブリ帯に入ると、スラスターを吹かして脱出艇の姿勢を安定させる。グルグルとジェットコースター状態から抜ける事が出来た事に、クレハはホッとした。
サスケは、脱出艇を近くに浮いていたかつて宇宙船であったであろう何かの残骸の陰へと滑り込ませる。
「これで安全圏まで逃げれた。もう奴らの艦では、私達を捕まえる事は出来ないだろう。
「本当?」
「ここまで奴らの船では入ってこれないからな。一旦ここで隠れて。海賊が去った後、次の目的地に向かう」
クレハは、席から立ち上がるとふわりと浮き上がった。
ロンドモス号から離れた事により、人口重力が切られ、部屋の中は無重力になっているからだ。
「一応私は、この脱出艇に異常が無いかチェックしてくる」
そう言うとサスケは、部屋の天井についている丸いハッチへと向かう。元々ある出入り口は、緊急用のシャッターでガッチリと閉ざされており、開ける事は出来なくなっている。変わりに天井のハッチのロックが解除され、そこから出入りするのだ。
ハッチの向こうは、人一人がしゃがんで入れるくらいの狭いエアロックになっており、サスケはその中に入った。
サスケがハッチの向こうに消えるとクレハは、脱出艇のコンソール端末に近づいた。コンソール端末からパッシブレーダーを起動すると、それの結果を球形の空間ディスプレイに表示させる。
球形の空間ディスプレイには、クレハの乗る脱出艇を中心に、自分が先ほどまでいたロンドモス号と、海賊艦が光点として表示される。今はまだロンドモス号が表示されているが、いつ消えても不思議ではない。
クレハが、逃げる事により巻き込まれる人間が居る事は分かっていた。いや、分かっているつもりだった。
人間覚悟を決めたとしても実際その場面に直面した時覚悟が揺らぐ事はよくある事。彼女を守ろうとして死んだSPは、彼ら自身がクレハを守る事を仕事としていた。だが、今海賊に襲われているのは、クレハとは、何の関係も無い人たちだ。その中の一人は、ついさっきまで一緒に楽しく食事を取っていた。
クレハの視界にはコンソール上にある救難信号発信ボタンが映っている。それを押せば、海賊にクレハ達が隠れている場所が丸分かりになる。
サスケの入ったエアロックを見上げると、そこには減圧が済み、外に繋がる扉が開かれている事を示すアイコンがハッチの横に表示されていた。今なら、クレハが中で救難信号発信ボタンを押してもすぐに脱出艇の中に帰ってくることは出来ない。
自分は既に安全地帯に居て、巻き込まれたロンドモス号の人達は、今にも海賊達に殺されそうになっている。それを目の前にして見捨てるという選択肢は、クレハにとって重すぎた。
(サスケ…。ゴメン!)
コンソール上にある救難信号発信ボタンを押した。脱出艇の中には殆ど変化は無い。せいぜい球形空間ディスプレイの中心から波動っぽいエフェクトが表示されるようになっただけだが、それでも確実に救難信号は発信された。
(やるならトコトンやってやる!)
クレハは、通信機のスイッチ入れた。
最初にそれに気づいたのは、海賊艦のレーダー担当だった。周りの海賊達が獲物に夢中になっている時でもレーダー担当は冷静にレーダーを見続けねばならない。獲物を襲っている最中に、リンデット宙域を警戒している巡視艦隊に背後から襲われるなど洒落にならないからだ。
「お頭!可笑しな場所から救難信号が出てます!」
救難信号に気付いたレーダー担当はすぐに艦長に報告する。
「ナニィ!どこだ!」
なかなか撃沈でき無い事にいらだっていた艦長は、すぐさま問い返した。
「艦の右舷後方、デブリが密集しているあたりです!」
そこへさらに通信担当が、声を上げる
「同じ場所から通信入っています!」
「ふむ…。メインに繋げ!後攻撃は続行しておけ」
「繋ぎます!」
前のめりになっていた体を艦長席の背もたれにどっかりと乗せると足を組みなおす。
画面に映ったのは、非常用の宇宙服を着た若い女…クレハだった。
「お嬢ちゃんが何の用のだ?もしかして俺達に救助要請をしようってんじゃないだろうな?」
「はっ!な訳ないじゃない」
海賊は軽くすごむが、それをクレハはいかにも馬鹿にしているように笑う。その笑い方には、特権階級者が下位の者に対するいかにも底意地の悪さを感じさせる。それは、クレハが学園時代に見てきた嫌な貴族達の姿の真似だ。
(こんな時に学園に居た嫌な子のマネをする羽目になるとはね)
その態度に、不快感を隠さない艦長が顔を凶悪にしてすごむ。
「じゃあ何だって?」
「ちょっとマヌケな海賊の面を拝んでやろうと思っただけよ」
「なにぃ?」
そこで、クレハは不敵に笑う。内心心臓がバクバクなのだが、それを悟られる訳にはいかない。
「だってそうでしょ?余計な事は口走って重要な情報を話すなんてマヌケ以外の何者でも無いでしょう?」
クレハは、サスケの横で海賊艦の艦長とオブライエン船長の会話を聞いていたのだ。
「てめぇ何もんだ?」
「あら、貴方達は私を殺そうと依頼されたんじゃないの?殺害対象の顔すら知らないなんて、おめでたい連中ね。そんな奴の部下やってる愚かと言うか、哀れみすら覚えるわ。あんた達、そんなのトップにして大丈夫?転職をおススメするわよ」
それを、ブリッジに居るであろうクルー全員に聞こえるように言う。艦長の顔は真っ赤になり、怒りのあまりプルプルと震える。
クルーは、恐怖と笑いが無い混ぜになった感情を必死に押さえ、仕事に集中する事により何とか耐えていた。
一見、平然と海賊艦艦長を馬鹿にしているクレハではあるが、海賊の顔は怖いし、この後、サスケに怒られるのも怖い。それでも、精一杯の虚勢と嘲りをこめて海賊艦艦長を鼻で笑う。笑ってやる。
もうヤケクソだ。
海賊なんてヤクザな家業をやっていく上で面子と言うのは非常に大事だ。面子を潰されるという事は周囲から舐められる事。それを好機と見て、他の海賊達が結託して潰しに掛かってくる可能性もある。
「まぁ。お間抜けさんの顔も見れたし、もう用は無いわ。じゃあね。あたしは逃げるとするわ」
最後にそう言うとクレハは、パクパクと口を動かしている艦長を他所に、通信を切った。
通信が切れ、真っ黒になったメインモニターに手近にあった空の酒瓶を掴むと思い切り投げつけた。
バリンと、酒瓶が割れ、破片が周囲に撒き散らされる。メインモニターにも皹が入り、映像を映さなくなった。
それを気にも留めず海賊艦の艦長は己の感情に素直に吐き出す。
「あの糞女を追え!絶対に殺してやる!」
「現在、追い詰めてる獲物はどうするんですか?後ちょっとで落とせるんですよ!」
艦長を止めてくれと、艦長席の隣に立っている副長に他のクルーが何とかしてくれと視線を送る。
「艦長の命令どおりにしろ。通信に出てきた女は、依頼で絶対に殺さなければならんのだ」
しかし、副長は、艦長の命令に従った。後ちょっとなのにとクルーは思うが、どんな命令だろうと艦長と副長の命令は絶対だ。
即座にロンドモス号への攻撃を中止し、クレハの乗った脱出艇が発信した救難信号目掛けてそう舵手が、海賊艦を回頭させる。
折り良く、海賊艦に突き刺さった脱出艇のジェネレータが無理な使用により壊れた。そうなれば脱出艇はただの重石になっただけで、海賊艦に余計な力は掛からなくなる。そのお陰で海賊艦の回頭はスムーズだ。
艦首をデブリに向けると、即座に砲撃を開始した。
通信を切ると、クレハの前身から力が抜ける。もし重力が働いていたら床にへたり込んでいるところだ。今は無重力である為、だらんと空間に浮かんでいる。
そこへようやくエアロックの与圧が済んだハッチからサスケが文字通り飛び出して来た。
「一体何をしている!安全圏に逃げたといっても位置が完全にばれたら意味が無いだろうが!」
「安全圏まで逃げれたって言ったじゃない!なら、私達が囮になっても良いじゃない!!」
クレハだって、自分が間違っているのは分かっている。だが、それを認めたくは無かった。人を救う事が間違っているなど思いたくも無かった。
「ふざけるな!位置がばれていなければ奴等撃って来るぞ!死にたいのかっ!」
今まで聞いた事の無いような怒鳴り声をサスケがだした。
安全圏とはいっても、それは"相手がこちらを探そうとしても見つけられる前に逃げられる"場所であり、信号をこちらから発信してしまえば当然安全圏などではなくなる。
「ひっ!」
レーダーを見れば、先ほどまでロンドモス号を追いかけていた海賊艦が向きを変え、こちらに向かってきているのが見える。
「…シートベルトを締めて座っていろ」
すぐさまサスケは、こちらに向かってきている海賊艦を確認すると、自らの端子をのばして脱出艇につなげる。そして即座にその場所から移動すべく、準備を開始する。
脱出艇の横を光が通り抜け、カンカンカン!と何かがぶつかる音が脱出艇の中に響く。
「何の光?何の音?」
「決まっている。あいつらの砲撃で破壊されたデブリの破片が脱出艇に当たっているんだ」
「それって…」
「私達を殺しに来てるって事だ!馬鹿者!」
現在は、比較的大きく頑丈そうなデブリの裏に隠れているが、クレハの放った救難信号により大体の位置が完全にばれている為、見つかるのは時間の問題だった。
脱出艇は、デブリ帯の中を信じられないスピードで駆け抜ける。船としては最低限の装備しかないのに。
脱出艇は、基本的に誰にでも使える様に簡単に操作出来る様に作られている。だが、逆に言えば、素人でも簡単に操作が出来る分、細かい動作が不得手だ。脱出艇は、事故の起きた船から脱出し、救助を待つための設備なのだから、そんな物に細かい動作を求めるのが間違っているのだが。
だというのに、脱出艇はまるで流星の如く、デブリの間を右へ左へ上へ下へと縦横無尽に飛ぶ。
「うぅぅぅ!きゃああああああ!あたるぅぅぅぅ!」
たまらずクレハが叫ぶが、クレハに気を回している余裕はサスケには無い。自身の持つ演算能力をフルに活用して、敵の砲撃を避けつつ、このデブリ帯を飛ぶことに全てを費やしている。
乗っているほうは溜まったものではない。先ほど脱出した時はくるくると回るシェイカーなら、こちらはブンブンと振り回されるシェイカー。椅子に思い切り押さえつけられたと思ったら、今度は横に飛ばされそうになり、次の瞬間にはまた押し付けられる。しかも、窓には、デブリが物凄いスピードでこちらに飛んでくるように見える。かつてクレハが学校が貸しきった遊園地に行った時に乗ったレール無しジェットコースターなんて目では無い。
背後からは、デブリ帯に入れない海賊艦からのビームが飛んできており、一瞬も気の抜ける時間は無い。あまりの操縦の激しさにクレハは、いとも簡単に気をうしなった。




