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爆発したのはロンドモス号の左舷三箇所。その爆発の範囲は、客室より少し大きいくらい。
爆発の煙により、船体の一部が隠れる。
煙を突き破って何かが飛び出す。飛び出したのは、客室だった。
それは四角い積み木を積み上げて出来た壁から、積み木を一つ抜きだされて行くように船体からすっぽりと抜けていく。
この船では、客室一つ一つが、一種の緊急脱出艇となっている。緊急時には、とうもろこしの軸から、とうもろこしの粒が離れるように船体から脱出する事が出来る。
先の爆発は、脱出艇を射出する為に脱出艇を船体に固定していた爆発ボルトが爆発したものだった。
しかし、現在は緊急事態ではあるが、この状況で脱出艇で脱出するのは自殺行為でしかない。3隻の脱出艇の軌道を見ると、それは海賊艦の上を飛んでいくルートだ。そんなルートで飛んでいけば、海賊艦に搭載されている対空機銃でたやすく撃ち落されてしまうだろう。
(なんで脱出艇が出てるんです!?今は海賊に襲われているとアナウンスされている筈です!?)
オブライエン船長にもわけが分からない。
「一体どの客室が脱出したんです!その部屋の乗客はっ!」
「調べます!脱出したのは客室番号L1124、L2245、L1307!乗客は…え?いっいません!」
「いないとは、どういう事です!」
「その三つの部屋を使用してる乗客はいません!」
その時、ロンドモス号から脱出した脱出艇の機首が、がくんと下がり、海賊艦の方へと向いた。
これにはさすがに海賊達も焦ったのだろう。主砲であるビーム砲にエネルギーを回していた為、艦に装備されていた対空機銃の設定は、デブリや隕石に対するもので、近くに居る船舶には反応しない様になっていた。
それでも、すばやく設定を変更する。とは言え、その一瞬の隙が致命的だった。
放たれた3隻の脱出艇内二隻が破壊され、1隻が海賊艦の甲板へと到達した。脱出艇の機首部分は完全につぶれ、まるで自動車を壁に向かって正面衝突させる衝突安全性能試験を行った自動車のようにぐしゃりとつぶれる。多少海賊艦の甲板にめり込んだが、その程度では海賊艦にダメージは与えられない。
「海賊艦の向きが…!」
しかし、甲板に正面衝突した脱出艇のスラスターは衝突後も生きていた。そのスラスターは甲板に突き刺さりながらも盛大に炎を上げながらぐいぐいと海賊艦を押していく。当然質量差から言って、簡単に海賊艦を押し返すような事は出来ない。
だが、それで艦を制御していたコンピュータに狂いが生じ始めた。
この時代の宇宙船は高度に自動化が進んでいる。例え幾つかのスラスターが故障したとしても、その状態変化を加味した上でコンピュータが操艦し、あたかも故障していないかのように動かす事が出来る。それが出来るのは、そのシチュエーションを想定し、プログラムを組んでいたからだ。だが、今の様に脱出艇が甲板に突き刺さって全力でスラスターを吹かしている状況など、コンピュータは想定していない。それゆえにコンピュータが現在の状態に対応できておらず、逆に事態を悪化させていた。
現に、海賊艦の制御がおかしくなり、うまく回頭出来なくなっていた。
オブライエン船長は、それを見て即座に命令を出した。
「この隙に、何とかこの宙域を脱出します!出力全開!」
ふらふらとしだした海賊艦を尻目にロンドモス号は、スラスターを全開に吹かし更なる加速をかける。今、海賊からの砲撃は止んでいる。
海賊の乗っている駆逐艦は、構造上後ろに向けてのビーム砲を撃つ事ができない。自身の持つブリッジに当たってしまうからだ。その為、後方に撃とうとするならある程度回頭しなければならない。が、脱出艇の衝突により、崩れたバランスによって思うように操艦出来なくなっていた。
ロンドモス号は、海賊船の後方に抜けることに成功した。
艦長席に座る海賊の頭は、苛立つ。簡単な仕事のはずだった、現に途中まではとても順調だった。依頼者の手のものにより、この宙域にワープアウトした貨客船を襲い。積荷を奪い、依頼者の指定した対象者がいる事を確認して船ごと撃沈する。そんな仕事だ。
ワープアウトした船を拿捕し積荷を奪う事には、簡単に成功した。だが、艦長の不用意な一言により、思わぬ反撃を受けた。
(まったく、部下がつかえねぇと、苦労するぜ!)
自身には一切責任は無いと思っている艦長は、部下を怒鳴りつける。
「操作をマニュアルにしろ!馬鹿野郎!サイドスラスター全開!とっとと回頭させやがれ!獲物を逃がしてみろ!ぶっ殺すぞ!」
「了解!」
海賊艦は、マニュアル操作に切り替えると、強引に回頭させ、ビーム砲をロンドモス号に向けて撃つ。だが、荒い操船+コンピュータ頼りの照準のため、ビームが反れ、虚空を貫く。
艦長は、さらに苛立ちを募らせる。
「砲撃手何やってんだ!ちゃんと狙え!こんだけ近けりゃ直接照準でもいけるだろうが!」
海賊艦の艦長命令により砲撃手は慌てて、コンピュータの支援を切り、直接照準に変えた。
それが功を奏し何発かが、ロンドモス号の直撃コースに入るが、それでもピンポイントで張られたシールドにより防がれる。
「撃って撃って撃ちまくれ!貨客船が積んでるシールドジェネレータ如きが、ビームを受け続けれるわけがねぇ!」
それは事実だった。次第に海賊艦から放たれるビームにピンポイントシールドが耐え切れず、砕け、船体の左舷へとビーム砲が届き始める。
効果範囲を狭め、出力を上げたシールドと言っても、所詮は安全な航路を通る前提で作られた貨客船のシールド。軍用のビーム砲相手には荷が重い。
度重なる攻撃によりシールドに回せるエネルギーが枯渇し始めていた。
シールドは強度が高まるにつれて、不透明になって行き、逆に弱まれば透明になっていく。
ロンドモス号を守っているシールドの不透明度は、確実に下がっており、先ほどまで、海賊艦からは、シールドを通すとぼやけていたロンドモス号の船体がはっきりと見え始めている。
「そら見ろ!シールドはもうもたねぇ!後一息だ!とっととやっちまえ!」
それを見た海賊艦の艦長は、部下に発破を掛けた。
シールドは破られかかっているのは、ロンドモス号のブリッジにいる人間は全員分かっている。相変わらず正体不明の存在にシールドシステムを掌握されているが、シールドが過負荷を起こしている警報音がブリッジで鳴っている。
「乗客を右舷に避難させなさい!」
攻撃の衝撃によろめきながらもオブライエン船長は、必死に指示を出す。
現在の位置関係はロンドモス号の左舷後方に海賊艦がいて、その海賊艦は、脱出艇のお陰で非常にふらふらとした様子で回頭して、なんとかビーム砲の射角を維持している。
「左舷損傷!ですが、シールドのお陰で大分威力が削られているようです!」
「このまま、海賊の後方に回りこみつつ、全速力で距離を取ります!」
だがとうとう、シールドが耐え切れずに砕け、宇宙空間に虹色に輝く欠片を巻き散らす。
そして、ビーム砲がとうとうロンドモス号に当たった。
ドォン!
それは、ロンドモス号の外壁ごと客室を破壊する。即座に破壊された部屋に繋がる廊下のエアロックが閉じられ、酸素の流失を防ぐ。
「くそっ!」
オブライエン船長は、密かに自慢に思っていた。この船の船長になって以来一度も船体に損傷を与えた事が無いという事を。その実績が破られた事に思わず汚い言葉が漏れた。
そこから海賊艦からの猛攻が始まった。ロンドモス号のシールドが崩壊したの見た海賊艦が、ビーム砲をフルチャージではなく、連射を優先して低出力で連射してきているのだ。
当然、装甲など殆ど施されていない貨客船相手には十分な威力を持っている。しかし…。
(何故沈まない?)
数分後、いまだに沈まない自分の船にオブライエン船長は疑問に思った。たしかに海賊艦の猛攻は続き、撃たれるたびに損害報告が上がる。だがそれらは、客室などの外壁に近い部分の損害で、ジェネレータやスラスター、そして竜骨などの重要区画には、殆どダメージが無い。それにより外観はボロボロだが一切航行に支障は無いという可笑しな状態になっていた。
(おかしい?どうすれば、こんな都合のいい損害になる?)
それは、サスケがハッキングして手を加えたシールドシステムの成果だった。
威力の低いビームが船の胴体部へと向かう場合は、船体の外壁でギリギリ耐え切れる程度に威力をシールドにより減衰させて当てさせる。スラスターやエンジン、ブリッジなどの船にとって重要な箇所に向かう場合は全力で防御する。そうする事により何とか生き延びていた。
この船のシールドシステムでは、この様な事は本来は不可能だ。ロンドモス号のメインコンピュータのスペックでは、敵の攻撃の威力を測定し、尚且つその攻撃が当たる箇所を見極め、どの程度の力でシールドを張るかを決め、それを瞬時に実行するなど演算速度が追いつかない。だが、サスケはそれを裏技で可能とした。この船に存在する各部屋用に設置されていた端末や客室乗務員ボットなどの、本来船の航行に使用されてない端末の演算能力を無理矢理使用すると言うやり方だった。複数のコンピュータを並列につなげて演算能力が高いコンピュータを作ろうとする事自体は、まだ地球が存在していた以前から普通に存在していた。しかし、それは同スペックのコンピュータをつなげる事が前提で、使用目的も、スペックもまったく違うコンピュータを繋げて演算処理能力を向上させようなど不合理極まりない事だった。そんな事をするなら、同スペックのコンピュータを用意したほうが、断然コストが安く、演算能力も上がる。それはサスケが、スクラップ待機場でいた頃に培った特殊な技術だ。ある物を、最大限利用する。当時は使える物は何でも使わないと生き残る事は出来なかったサスケの苦肉の策だ。
その技術を用いて、この船にあるコンピュータを一つにまとめ上げシールドシステムに使用していた。
それでも、出来るのはロンドモス号の延命でしかない。ロンドモス号が撃沈されるのは、結局は時間の問題でしかなかった。
その時クレハは、万が一の時のことを考えクレハは、部屋のクローゼットに設置されている、緊急用ロッカーに納められていた緊急用宇宙服に急いで着替えている最中だった。
服を脱ぎ散らかし、パンツとタンクトップのみになると、緊急用ロッカーの中から蛍光イエローに塗られた派手な宇宙服が掛かったハンガーを取り出した。この時代の宇宙服は、ゴツイ物ではなく、上下一体になったライダースーツの様になっている。
上着部分の気密性を確保できる特殊ファスナー引き下げてハンガーから外すと、そのままズボン部分に足を通し、足を通し終えると今度は上半身の部分に袖を通す。
最後にファスナーを首元まできっちり閉めて、クローゼットの棚に置かれていた同じ色に塗られたヘルメットを被った。
最後に宇宙服の気密と酸素がちゃんと供給されているかを確認すると、ヘルメットのシールド部分を上げる。
クレハの部屋も今は、脱出艇モードになっており、ログハウス風だった内装が真っ白い部屋へと戻っていた。窓に向かって、コンソールとしっかりと体を固定できる椅子が出現していた。それにより、客室からちょっとした宇宙船のコックピットへと中の様子が様変わりしている。
ちょうどその時、今までで一番大きい振動と、爆発音がした。海賊艦のビームがクレハたちの居る部屋のすぐ傍に着弾したのだ。
「何をしているのサスケ!早く脱出艇を出して!」
大急ぎで椅子に座りシートベルトを締めるとサスケに向かって怒鳴った。
「待て!今出したら奴らの格好の的だ!」
クレハは、椅子に座って大慌てでシートベルトを締めながら、脱出艇のコンソールの下で何がごそごそとしているサスケに怒鳴る。床は不穏な振動が断続的に続いている。
「よし!準備完了だ!出るぞ!」
「ひゃやくしなさいよ!」
クレハは、しっかりとシートベルトを掴んで身を硬くしている。
その時一際大きな衝撃が脱出艇を襲う。
「今だ!」
それに合わせて脱出艇を射出させる。
「きゃああああああああ!」
クレハの乗った脱出ポッドは、くるくると不規則な回転をしながら飛んでいく。脱出した瞬間に重力制御が切れ、クレハの体が、上下左右無軌道に引っ張られ、クレハはまるでシェイカーの中に居るような錯覚に陥った。
サスケは、コンソールに取り付けられている太い手すりに自身のマジックハンドをガッチリと食い込ませて体を固定する。そうしているうちに海賊艦の上部を通り過ぎ、右舷側に抜ける。
サスケの正面にあるモニターでは、外の様子がくるくると回りながら、時折、海賊艦越しに脱出した貨客船の姿が映った。




