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暗い部屋に、カーキ色の軍服を身に纏った一人の男が立っている。この男はクレハを誘拐し殺そうとした男達から隊長と呼ばれていた男だ。
彼の前には壁に埋め込まれたモニターがあり、そこには一人の人物が映っていた。
「この落とし前、どうやってつけるのだね少佐?」
画面に映っているのは、この男の上官だ。モニターの向こうの男も軍服を着ているが鍛え上げられた体を持つこの部屋の男とは違い、でっぷりと太っている。
「あの様な自体は想定の範囲外でしたので…申し訳ありません」
「ああ、あの三流ホラー映画の様な報告かね?」
「映像データも添付しておりましたが、ご覧になられましたか?」
「ああ、ホラー映画好きの孫が喜んで見ておったよ」
報告している男は、娘に見せたと言う事に内心、怒りを通り越して呆れすら感じていたが、彼の表情はピクリとも動かない。
だが、モニターに映る男は、その雰囲気を察した。海千山千の狸や狐、果ては鵺と称される貴族達と渡り合ってきた男にとってそれ位は容易な事だ。
「フン。あんなものが実際の作戦行動の映像だと誰が思うかね?君からの報告書に添付されていなければ、信じもしないし、その報告書を書いたものを処刑している」
「誓って報告書の内容は事実です」
「フン。足のつく様なヘマは、してないかね?」
「大丈夫です。あの場所は何人も人間を介させ、用意しました。且つ介した者を何人か消しています。そちらから足がつく事はありません」
「ならば結構。では、今度の作戦の進行状況はどうなっている?」
「それが…」
男が珍しくどもった。いつもは、はきはきと冷静に報告するのだが、今日は違った。タラリと冷や汗を一筋流している。
「どうした?」
「報告いたします。現在ターゲットの位置を確認できていません」
「何だと!?貴様ら一体何をしていた!」
「ターゲットを監視していたのですが、昨日リムジンに乗って学園に行った事は確認したのですが、その後の足取りが不明です」
「馬鹿者が!まんまと出し抜かれおって!探せ!そして殺せ!…で無ければ分かるな」
画面の向こうの男の目が酷薄に光る。
「申し訳ありません。必ず再度補足し、ターゲットを抹殺して見せます」
「たかが貴族の娘一人始末するのに、このような事はワシも言いたくは無い。だが、失態が続くようなら…」
「二度とこの様な事はなりません!!」
「フン。ならばいい。必ず彼女を無残に殺したまえ。あの災厄の娘を…。それがこの国の未来の為だ」
(災厄の娘?たかが一貴族の娘に評するには大仰だな)
たった一人の少女を無残に殺す事が、何故この国の為になるのか、理解できないが一介の軍人の彼には、NOと言う事は出来ない。
公的には存在しない部隊に所属する彼には、軍が全てであり、裏切れば死より恐ろしい未来しか残っていないのだ。
「分かっているだろうが、作戦が終了したら全ての証拠を消せ。この意味は分かるな?」
「ハッ。万事一切の証拠を残さず作戦を完了させます」
その答えに満足したのか、通信が切れた。
「クソッ!あんな訳の分からない事さえなければっ!」
通信が切れると、何とか取り繕っていた仮面が剥がれ落ち、素の感情が顔を出す。
あのまま放置しておけば、あの狂った機械共が、ターゲットを始末してくれるはずだった。だが、何故かそんな事にはならず、逆に動くはずの無いスクラップの装甲車を動かし、自らの力で家へと帰る始末。そのお陰で、ターゲットを始末する前に、自分達に繋がる証拠の隠滅に掛かりきりになってしまった。
そして、いざ作戦を再開しようとしたが、ターゲットの監視を任せていた部下からあがってきたのは、ターゲットを見失ったという最悪の報告だった。
居場所が分かれば、例えそこが警備厳重な監獄の中であろうと、多数の軍人が守っている軍事基地だろうと、その施設の設備から、そこで働いている人員のプロフィールまで全てを調べ上げ、ターゲットを殺害する事は可能だ。だが、居場所が分からなければ手の打ち様がない。
コツコツと、その男の部隊に宛がわれた兵舎の部屋へと歩く。扉の前に立つと、扉の向こうからは、がやがやとした部隊員達の声が聞こえた。
隊長であるその男は、迷い無く扉を開ける。
その瞬間、部屋の中に居た兵士達、クレハを誘拐し殺そうとしたメンバーが扉を凝視する。
「ターゲットを三日以内で見つけろ。出なければ俺自らがお前らを殺してやる。以上だ。行動開始」
声はそんなに大きくは無い。だが、その良く通った声と、その声に押し込められた憤怒が兵士達の心を恐怖に染め上げる。
隊長が言い終わると同時に、恐怖に駆られた男達は、ハッ!と返事をすると無駄口一つ叩かず、大急ぎで行動を開始した。
部下たちは、隊長の言葉に嘘偽りが一切無く、言った事は必ず実行する男である事をいやと言うほど分かっていた。
この部隊には、二種類の人間が居る。この国の為にどんな汚い仕事でもこなすという志の高いもの、そして金がもらえて人が殺せれば何でもいいと言う外道。この二種類の部隊員たちは、ともすれば仲間内で殺しあう程仲が悪い。思想が違いすぎるのだから当然だ。だが、隊長をしている男のカリスマと、振りまく恐怖がこの二種類の男達を纏めていた。
そして三日後、この男達はクレハの行方を掴んだ。部下達はそれこそ不眠不休でクレハを探した。ハッキング能力のある者は、ありとあらゆる交通機関のサーバーをハックしてクレハを探し、ない者は、少々強引な手を使って集めたクロードロン家の周囲にある駅やバス停などに置かれた監視カメラの映像を最後にクレハの存在が確認された時間から、全て自分の目で見てクレハが映っていないかを探した。
その結果、大きな旅行カバンを連れたクレハの姿が、宇宙港へと向かうRLVが出る空港の監視カメラに映っているのが発見された。
そこからの男達追跡は早かった。クレハの向かっている方向から、この空港で利用すると思われる飛行機または、RLVを推定し、その行き先の施設にある監視カメラの映像をハッキングしてクレハの行方を追っていく。その結果わかったのが、クレハは、この国の勢力圏から脱出しようとしている事。そして、既にこの国の宙域から、出るまで後ちょっとの所まで行っているという事だった。
部下の男は、隊長に宛がわれているオフィスに入るなり言った。
「隊長、悪い知らせです」
「何だ?」
「報告させていただきます。ターゲットと思われる人間がミドロス星間連邦行きのチケットを取った事が分かりました。我々が全速力で追ったとしても我々が追いつく前にターゲットはミドロス星間連邦の主権内に入ってしまいます。そうなりますと我々では、手が出せません」
「たった一度の失態で、この様な事になるとはな。貴族のお嬢様と見誤ったか…」
誘拐した時に見たクレハは、何処にでもいるような気は強いが、何の力も無いお嬢様でしかなかった。しかし立った一度見失っただけで、これ程のことをしでかすとは思えなかった。
男の前に浮かんだ空間モニターに、現在男達が居る惑星トルーデを中心とした星系図が表示され、その中心から離れた場所が赤く点滅する。そこが現在ターゲットであるクレハが居ると思われる場所だ。
その二箇所はすぐに分かるほど遠くに離れており、軍にある最高速度を持つ駆逐艦を使っても追いつく事はできない。
「そうですか…」
隊長は、星系図を睨みつけながら自身らが取れる手を考える。
(確かあの辺りには…。仕方がありません気が進みませんが、あの連中を使うとしましょうか)
「全員移動の準備をして下さい。出発は明日の朝0500時です」
「ターゲットを追うのですか?もう追いつける距離ではありませんが?」
部下の男が目を丸くして聞き返すと、平然とした様子で答えた。
「違います。我々がしにいくのは後始末です」




