48年前
「ただいまフーテ。」
「おかえりジルマ、シャイル2人とも無事だった?」
「あたり前だよ。」
フーテはジルマの姉、頭が良くやさしいので誰からも好かれている。シャイルはフーテよりひとつ下で フーテは治すチカラ、シャイルは視るチカラ2人とも大きな力の持ち主だ。2人は互いに尊敬し合い、村のために尽力するという共通の強い想いも同じだった。自然と惹かれ合う2人を周りの人は気付いてはいたが歓迎できない事情があった。
村のおきてだ。その中でも絶対に破ってはいけない鉄のおきてのひとつに“視るチカラと治すチカラは決して交じわってはならない”というものがあるからだ。ただ、どうしてだめなのかは村長はじめ村の年長者でさえ分からなかった。
フーテとシャイルは自身の気持ちを押し隠すことはしなかった。おごりではなく、2人でならどんな困難も乗り越えられると信じて疑わなかった。周りの人々も彼らなら大丈夫だろうと。しかし今まで守ってきたことで平和であり続けたと考える一部の人は激しく反対した。
心苦しかったが村長として2人が夫婦となることを認めるわけにはいかなかった。
ここにも反対しているであろう人物がいた。この2歳の男の子はフーテを見ると泣き出してしまう。
「だめっ。」と言い、フーテにしがみつくのだった。
「嫌われているのかな。」シャイルは頭をかきながら苦笑いした。
「そうじゃないよ。姉さんをお嫁さんにしたいんだ。いくら泣いたって無理だからね。」
「ふふっ、そうなの?困ったわ。」
となりにいた男の子の姉は心の中で弟を応援していた。じつは密かにシャイルに恋心をいだいていたのだ。
たまに聞こえてくる話がある。街の病院で入院している子供のもとに女神様が現れ、病気やケガを治してくれるというものだ。
その話があるたびに村のだれかがジルマにこう聞いた。「あの夜フーテは家にいたかい?」
「うん、いたよ。」と返す。「そうか。」と言いながら去っていく。
どうやらこの話を耳にすると、皆フーテのことを思い浮かべるらしい。ジルマは幾度となくこのやり取りをするのだった。ジルマ本人も最初に聞いたときは姉を思い浮かべるのだったが、確かにその夜姉は家にいた。住んでいる家から街までの道のりも短時間で行き来できるものではなかった。
「みんな同じことを聞いてくるんだ。気持ちは分かるけど、もううんざりしてきたよ。」
「そうなの?それはゴメンね。でも、大抵誤解は解けたころなんじゃないかな。」
「どうかなー。それにしても女神様って僕たちと同じ治すチカラを使っている人なのかな?もしそうなら黒衣をとってくれる人はちゃんといるのかな?何も知らないって事はないと思うけど。」
「う〜ん。何度も現れているみたいだし、むしろ私たちよりもチカラを使いこなしている人たちかもね。」
ほどなくしてフーテの家で両家だけでひっそりと祝われた。2人は村のはずれに小さな小屋を建てそこに住むことになった。おきてを破って村から出て行くこととなったが2人のチカラは村にとって必要であり、2人もまた村のためにチカラを使いたいと願ったのでこの形におさまった。
「フーテとシャイルは村の人みんなから祝福されるべきよ。」スホンはフーテの親友である。ジルマとスホンは時間があればこの家にいた。
「いつまでも文句を言っててもしょうがないでしょ。」
「でも、おきてというだけで理由がわからないのは納得できないの。」ジルマもうなずく。
「そんなに遠くないし2人も会いに来てくれるから不満なんて何もないわよ。」
この日もジルマが小屋に入るとシャイルは窓辺にあるイスに座って本を読んでいた。
「また本を読んでるの?村の古い書物だっけ?150年前に大半を燃やしてしまったのにまだあるのか。」
「ジルマも読んでごらん。いろいろ学ぶ事があるだろうから。」
「僕は学校の勉強でいっぱいいっぱいだから。これ以上頭には入らないよ。チカラのことは知りたいけど残ってないでしょ。」
「チカラに関する情報も少しは書いてあるわよ。」
「ほんと?じゃあ例えば、チカラは何で満月の夜に強くなるのか書いてある?女神様が現れるのもその日だっていうよ。」
「それはね。人々はやさしいひかりで照らす満月を見上げ願い祈ったの。平和であり続けますようにと。チカラが生まれる前も後も。その強い想いが影響しているのよ。」
「へぇ。そうなんだ。」
「かもしれない。」
「なんだよ。自分で考えたのかー。」
「うふふ。でも昔の人たちを知ることで何となくだけどそうなんじゃないかな、て思えてくるの。」
それからまもなくジルマとスホンが村へ一緒に帰る途中スホンから
「実はフーテ子供できたんだって。」
「えっほんと?」ジルマは驚いた。
「シャイルには内緒だからね。フーテから言われているの。気をつかわせたくないからって。」
「分かった。ありがとう。」そう言うとジルマは走って家まで帰った。家に入るなり伝えた。両親は顔を見合わせ喜んだ。
「あっでもシャイルには知られないようにね。気をつかわせたくないらしいから。」直接フーテから聞かされたかのような言いっぷりだ。そもそも小屋には治すチカラを使う名目でジルマとスホンだけが出入りしている。この吉報は翌日シャイルの両親さらに数日後には村中にまで広まっていた。皆おもてだってとはいかないが喜んだ。
シャイルもいつのまにかフーテの体を気遣うようになっていた。
「だれかさん2人の様子が急に変わったから気づいたって。」ジルマとスホンは苦笑いするしかなかった。
そんな中、医師になるため街の学校で学びだしたジルマはフーテの体を気にかけながらも、会いに行く時間をつくれないでいた。2週間ぶりに会いに出かけ、その途中スホンに出くわした。
「あっジルマ、フーテの様子はどう?変わりない?」
「えっ僕は2週間ぶりだよ。スホンはいつぶりなの?」
「10日ぶりかな。」すこし間をあけてジルマは走りだした。本来これくらいの期間ならチカラを使っていたとしても負担は少ない。大きなチカラの持ち主ならなおさら。しかしジルマには気掛かりなことがあったのだ。それは村長が言っていた言葉。
「‘大きなチカラを持つ者は必ずそのチカラを使おうとする’それが繁栄と争いを生みだした。自らの力を誇示する者、功績を残す者、他人の為に使う者など使命感のようなものが芽生えるのか。」
シャイルが水を汲んで戻るところだった。
「ああ、久しぶりだな。」ジルマは返事をするでもなくシャイルの腕をつかんだ。
「黒衣がついていない。」
「あれ?フーテにはチカラを使わせていないハズだけどな。」首をひねってシャイルが答えた。
「もしかしたら姉さんは触れるだけでチカラを使えるのかも。家にいる?」
「いると思う。」また走りだした。家に入るなりフーテの腕をつかんだ。
(何もない…)頭が一瞬混乱した。フーテは驚いた表情でジルマを見ている。
「姉さんシャイルには黒衣がついていなかったけど、チカラは使わなかったの?姉さんにもついていないんだけれど。」
「…そうなの?」フーテも不思議に思ったが
「どうしてだろう。わからないわ。」と軽く返した。
シャイルとスホンも息を荒くして入ってきた。
「ハァハァ、フーテ大丈夫?」
「うふふ。なんともないって。」
「そうなの?なんだジルマが急に走り出すから焦っちゃったよ。」
「ともかくなんともなくて良かったよ。」
後日ジルマはこの事を村長に話した。
「たしかに全く何もないというのはおかしいな。黒衣を少なくするまでと思っていたが、100年に1人現れるかのチカラの持ち主ならあるいは可能なのか…。いやいや、なんでもそれで解決しようとするのは良くないな。」
結局納得する理由を導き出すことは出来なかった。